51 / 66
デビュタント(4)
しおりを挟む
「あのね、オスカー。こんな手は卑怯だわ」
「こうでもしないと、ドリィはいつまでものらりくらりと婚約の話を先延ばしにするだろう?」
舞踏会のホールにつながるバルコニーにオスカーを連れ出して抗議した。
それなのにオスカーは悪びれもせず笑う。
「ドリィもやっとデビュタントを迎えたんだ。もう早すぎることなんてない。そろそろ頷いてくれないか」
「でも!」
食い気味に反論する。
「オスカーはルーン岬の使い道を知ってるくせに」
ミヒャエルとオスカーに猛反対された時、わたしはきちんとルーン岬を買う目的を説明したはずなのに。
今から1年半後に隣国バルノ王国との間で戦争が起きる。
その発端となるのが、実はルーン岬なのだ。
もともとバルノ王国と我がオジール王国は、領土や海洋資源をめぐっていざこざが絶えない。
ミヒャエルが17年前に出征したのも、このバルノ王国との戦争だった。
その時はミヒャエルの活躍によりオジール王国が勝利を収めた。
バルノ王国にとってはそれがおもしろくなく、ずっとくすぶっていたのだろう。
買い手がつかずに廃墟と化したルーン岬にいつの間にかゴロツキたちが集まり占拠するようになる。
ルーン岬はもともと船着き場も整備されておらず海からの侵入は不可能だった。それをリゾート開発で整備してしまったがために狙われたのだが、オジール王室も騎士団もその危険性にまったく気付いていなかった。
実はゴロツキたちは、バルノ王国の工作員だったのだ。
オジール側にも手引きした人物がいたのかもしれない。
バルノ軍はルーン岬を足掛かりに突然攻めてきた。山をひとつ隔てた王都まで一直線に。
悪路とはいえ、おあつらえむきにトンネルを掘っていたのだから、馬で駆け抜ければあっという間だ。
そのためオジール軍は苦戦を強いられることとなった。
この戦争を描いているのが、悪役令嬢ドリス退場後のハルアカの後半部分にあたる。
ミヒャエルの死の悲しみとドリスの死の葛藤を抱えながら懸命に戦うオスカー。それを支えようと奮闘するヒロイン。
そして戦争終結後に茜空をバックにオスカーからプロポーズされたら大団円だ。
つまり、ルーン岬リゾートを放置しておくわけにはいかない。
わたしはこの件に関して、前世の記憶やゲームシナリオといった点を省いてミヒャエルとオスカーに話した。
そういう懸念があるから廃墟のままにしておかないほうがいいと説いたのだ。
ミヒャエルはこれを騎士団の上官にも話してくれた。
しかし一笑に付されたという。我が騎士団の警備体制にケチをつける気か、と。
前回の戦争で大勝した慢心なのかもしれない。
とにかく、相手にされなかったようだ。
そしてわたしたちは、潤沢な資産でルーン岬リゾートを買い、そこに私設警備員を置くことに決めたのだ。
それはオスカーだって承知している話なのに、どうして「わたしたちの別荘」に食いつくのか。
おまけにどうしてそれが「たったいま婚約しました」になるのよ!
「もちろんわかってる。でも、俺たちの別荘として使うのはいいアイデアだと思った」
「それはそうだけど……」
「今度はふたりっきりでもう一度海に行きたい」
オスカーがあまりにも幸せそうに笑うものだから、反論できなくなってしまう。
「……そうね」
火照ってきた顔を見られたくなくてプイッと横を向く。
バルコニーの近く、ホールを歩く給仕係に話しかけているリリカが見える。
飲み物を受け取りたいようだ。
おや? と思ったのは、給仕係が戸惑うような表情を見せたこと。
リリカのことを17歳ではなく、もっと幼いと思ったのだろうか。
その可能性は大いにある。
口元を緩ませながらオスカーに視線を戻すと、目が合った。
ずっとわたしを見ていたらしい。
「よそ見して笑ってるだなんて、ドリィはつれないな」
「リリカがかわいくて笑っていただけよ?」
オスカーが眉尻を下げて苦笑する。
「だから捕まえおきたくなるんだ。俺だけを見ていてほしい」
わたしのこと好きすぎない? どうなってんの?
結婚詐欺を疑うレベルだと思うのは気のせいだろうか。
「こうでもしないと、ドリィはいつまでものらりくらりと婚約の話を先延ばしにするだろう?」
舞踏会のホールにつながるバルコニーにオスカーを連れ出して抗議した。
それなのにオスカーは悪びれもせず笑う。
「ドリィもやっとデビュタントを迎えたんだ。もう早すぎることなんてない。そろそろ頷いてくれないか」
「でも!」
食い気味に反論する。
「オスカーはルーン岬の使い道を知ってるくせに」
ミヒャエルとオスカーに猛反対された時、わたしはきちんとルーン岬を買う目的を説明したはずなのに。
今から1年半後に隣国バルノ王国との間で戦争が起きる。
その発端となるのが、実はルーン岬なのだ。
もともとバルノ王国と我がオジール王国は、領土や海洋資源をめぐっていざこざが絶えない。
ミヒャエルが17年前に出征したのも、このバルノ王国との戦争だった。
その時はミヒャエルの活躍によりオジール王国が勝利を収めた。
バルノ王国にとってはそれがおもしろくなく、ずっとくすぶっていたのだろう。
買い手がつかずに廃墟と化したルーン岬にいつの間にかゴロツキたちが集まり占拠するようになる。
ルーン岬はもともと船着き場も整備されておらず海からの侵入は不可能だった。それをリゾート開発で整備してしまったがために狙われたのだが、オジール王室も騎士団もその危険性にまったく気付いていなかった。
実はゴロツキたちは、バルノ王国の工作員だったのだ。
オジール側にも手引きした人物がいたのかもしれない。
バルノ軍はルーン岬を足掛かりに突然攻めてきた。山をひとつ隔てた王都まで一直線に。
悪路とはいえ、おあつらえむきにトンネルを掘っていたのだから、馬で駆け抜ければあっという間だ。
そのためオジール軍は苦戦を強いられることとなった。
この戦争を描いているのが、悪役令嬢ドリス退場後のハルアカの後半部分にあたる。
ミヒャエルの死の悲しみとドリスの死の葛藤を抱えながら懸命に戦うオスカー。それを支えようと奮闘するヒロイン。
そして戦争終結後に茜空をバックにオスカーからプロポーズされたら大団円だ。
つまり、ルーン岬リゾートを放置しておくわけにはいかない。
わたしはこの件に関して、前世の記憶やゲームシナリオといった点を省いてミヒャエルとオスカーに話した。
そういう懸念があるから廃墟のままにしておかないほうがいいと説いたのだ。
ミヒャエルはこれを騎士団の上官にも話してくれた。
しかし一笑に付されたという。我が騎士団の警備体制にケチをつける気か、と。
前回の戦争で大勝した慢心なのかもしれない。
とにかく、相手にされなかったようだ。
そしてわたしたちは、潤沢な資産でルーン岬リゾートを買い、そこに私設警備員を置くことに決めたのだ。
それはオスカーだって承知している話なのに、どうして「わたしたちの別荘」に食いつくのか。
おまけにどうしてそれが「たったいま婚約しました」になるのよ!
「もちろんわかってる。でも、俺たちの別荘として使うのはいいアイデアだと思った」
「それはそうだけど……」
「今度はふたりっきりでもう一度海に行きたい」
オスカーがあまりにも幸せそうに笑うものだから、反論できなくなってしまう。
「……そうね」
火照ってきた顔を見られたくなくてプイッと横を向く。
バルコニーの近く、ホールを歩く給仕係に話しかけているリリカが見える。
飲み物を受け取りたいようだ。
おや? と思ったのは、給仕係が戸惑うような表情を見せたこと。
リリカのことを17歳ではなく、もっと幼いと思ったのだろうか。
その可能性は大いにある。
口元を緩ませながらオスカーに視線を戻すと、目が合った。
ずっとわたしを見ていたらしい。
「よそ見して笑ってるだなんて、ドリィはつれないな」
「リリカがかわいくて笑っていただけよ?」
オスカーが眉尻を下げて苦笑する。
「だから捕まえおきたくなるんだ。俺だけを見ていてほしい」
わたしのこと好きすぎない? どうなってんの?
結婚詐欺を疑うレベルだと思うのは気のせいだろうか。
11
お気に入りに追加
98
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】私ですか?ただの令嬢です。
凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!?
バッドエンドだらけの悪役令嬢。
しかし、
「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」
そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。
運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語!
※完結済です。
※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)
※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。
《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》
【完結】悪役令嬢が可愛すぎる!!
佐倉穂波
ファンタジー
ある日、自分が恋愛小説のヒロインに転生していることに気がついたアイラ。
学園に入学すると、悪役令嬢であるはずのプリシラが、小説とは全く違う性格をしており、「もしかして、同姓同名の子が居るのでは?」と思ったアイラだったが…….。
三話完結。
ヒロインが悪役令嬢を「可愛い!」と萌えているだけの物語。
2023.10.15 プリシラ視点投稿。

やり直し令嬢の備忘録
西藤島 みや
ファンタジー
レイノルズの悪魔、アイリス・マリアンナ・レイノルズは、皇太子クロードの婚約者レミを拐かし、暴漢に襲わせた罪で塔に幽閉され、呪詛を吐いて死んだ……しかし、その呪詛が余りに強かったのか、10年前へと再び蘇ってしまう。
これを好機に、今度こそレミを追い落とそうと誓うアイリスだが、前とはずいぶん違ってしまい……
王道悪役令嬢もの、どこかで見たようなテンプレ展開です。ちょこちょこ過去アイリスの残酷描写があります。
また、外伝は、ざまあされたレミ嬢視点となりますので、お好みにならないかたは、ご注意のほど、お願いします。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。

婚約者を奪い返そうとしたらいきなり溺愛されました
宵闇 月
恋愛
異世界に転生したらスマホゲームの悪役令嬢でした。
しかも前世の推し且つ今世の婚約者は既にヒロインに攻略された後でした。
断罪まであと一年と少し。
だったら断罪回避より今から全力で奪い返してみせますわ。
と意気込んだはいいけど
あれ?
婚約者様の様子がおかしいのだけど…
※ 4/26
内容とタイトルが合ってないない気がするのでタイトル変更しました。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。
何度も断罪を回避しようとしたのに!
では、こんな国など出ていきます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる