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デビュタント(1)

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 半年後。

「いたたたたっ!」
「お嬢様、我慢なさいませ!」
 ハンナがコルセットの紐を引っ張るたびに息が詰まって苦しいし痛い。

「ほどほどにしてちょうだい。これじゃ何も食べられないじゃない」
「食べる必要などございません!」
 鬼だ。今日のハンナは鬼になっている。

 ここオジール王国で生まれ育った貴族の子供たちは、17歳になる年にデビュタントを迎える。
 国王陛下の名前で招待状が届き、王城の大ホールでお披露目のダンスを踊る。
 社交界デビュー。大人の世界の仲間入りだ。
 
 そう。大人になるために、わたしは今コルセットでぎゅうぎゅうに締め付けられるという苦行を強いられているわけだ。
 この日のために用意したドレスはブルー。
 ドレスを着て髪を整え化粧を施す。
 支度をすべて終えたところでオスカーが入ってきた。

 オスカーが身に纏うのはシルバーグレーの上品なスーツ。クラバットをはじめとする小物類は紫紺で統一されている。
 相変わらずの隙のないカッコよさだ。もう本当にお手上げレベルに洗練されていて笑うしかない。

「素敵ね」
 少しおどけた感じで言ってみたものの、ずっと見つめ続けていたくなるぐらいに素敵だ。
 
 オスカーが甘く微笑んだ。
「ドリィ。きみこそ誰にも見せたくないぐらい綺麗だ」
 そう言ってわたしの腰に手を回すと、こめかみに唇を落とす。

 ここで、んんっ! と咳払いが聞こえる。
「本日のドリスお嬢様はデビュタントなのですから、ほどほどにしてくださいませ」
 ハンナが呆れている。
 
 わたしとオスカーが親密な関係になっていることは誰の目から見ても明らかなようだ。
 エーレンベルク伯爵家の使用人たちがみんな「心得ております」とでも言いたげにわたしとオスカーを見守ってくれている様子は、逆にとても恥ずかしくて居心地が悪い。
 それはミヒャエルも同様だ。
 
 デビュタントは父親か兄にエスコートしてもらうのが通例で、わたしはもちろんミヒャエルがしてくれるものだと思っていた。
 それなのにミヒャエルは仮病を使ってまでその役目をオスカーに譲ったのだ。
 ドレス選びの時にやたらとブルーを推してきたのも、オスカーの目の色に合わせてのことだろう。
 当然オスカーが身に着けている小物類が紫紺であるのも、わたしの目の色に合わせてある。

 社交界デビューは婚約発表の場ではないのに、勘違いしていると思われそうだ。
 実際ハルアカでも、悪役令嬢ドリスは同じことをして失笑を買っていた。
 違うのはオスカーの気持ちだろう。
 ハルアカでは「嫌だけど仕方ない……それに、行けばヒロインに会えるかもしれない」という気持ちだったのに対し、今のオスカーはわたしのエスコートにノリノリだ。

 どうしてこうなった!?

 出発する前にミヒャエルの部屋へ赴く。
「パパ?」

 ミヒャエルはベッドで寝ていた。
 仮病だと思っていたのに、どこか顔色が悪い気もする。
 しかしもう一度呼ぶとパチッと目を開けて体を起こし、元気そうな様子でこちらへやってきた。

「ドリィ、素敵なレディになったね」
 目を潤ませながら、セットが崩れないように緩く抱きしめてくれる。
 
「パパと一緒に行きたかったわ。本当よ」
「そうか。悪いね、胸が痛いから仕方ないんだ。許してくれ」
 昨日は腰が痛いって言ってなかったっけ!?

「オスカーと楽しんでおいで」
「うん、いってきます」

 ベッドでのミヒャエルの顔色をなんとなく気にしながら、オスカーと共に馬車に乗り出発した。
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