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金鉱山とエセ投資家(1)

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「困ったことになったわ」
 ルーン岬でのバカンスを終えて帰邸したところだ。

 わたしの荷物を運んでくれたオスカーとふたりっきりになった途端、優しく抱き寄せられた。

「困ったことって?」
 オスカーが甘く囁いてくる。

 あなたのことよ!

 ルーン岬のイベントでキスして以来、オスカーが甘々オーラを醸し出してくるのだ。
 ふたりっきりの時はもう「ドリスお嬢様」と呼ばなくなった。
 甘く微笑んで「ドリィ」と愛称で呼ぶ。
 
 わたしだってあのキスでときめかなかったわけではない。
 初めてだったんだもの。
 今世でも前世でも!
 しかもその相手がハルアカで何度も攻略したオスカーなのだから、なんとも思わないはずがない。

 後から何度も思い返しては、顔を両手で覆ってのたうち回っている。

 ルーン岬では、海面を硬化させて走るというバグを利用して窮地を脱した。
 しかしバグ利用のペナルティーだろうか、わたしとオスカーは洞窟を抜け砂浜に辿り着いたところで同時に気を失ってしまったらしい。
 次に目を覚ましたのは、ホテルのベッドの上だった。
 ボートを降りた時、わたしたちの姿がないことに気付いて探し回った3人に発見された時、わたしたちは折り重なるように倒れていたらしい。
 
 3人は、なぜ気付かなかったのかと己を責め涙ながらに謝罪してくれた。
 
 仕方ないのよ、そういうイベントなんですもの!
 しかもわたしは、あなたたちの誰かがそうなることを期待していたのよ。
 悪趣味だってわたしを責めてちょうだい!
 
 わたしは心の中でそう叫んでいた。
 謝らなければならないのはこちらのほうだ。

 そのことを除けば、ルーン岬の旅はとても楽しい思い出となった。
 あの海面硬化のバグに関して、オスカーは気を失っていた時に見た夢だと思っているらしい。
 それならばキスのことも夢だと思ってくれたらよかったのに、そこは現実だったと認識しているようだ。
 
 彼はすっかりわたしに心酔してしまったらしい。
 わたしはオスカーの婚約者になるつもりはない。
 それを承諾してしまったら、シナリオ通りの破滅に一歩近づく気がしてならないから困る。

 だから、体を離してちょっと意地悪く言ってみた。
「ねえ。オスカーはキスぐらい、ほかの女の子ともしたことあるでしょう?」と。
 するとオスカーは、赤く染まった顔を片手で覆うようにしてこちらに恨めしそうな視線を返した。
「ドリィは……初めてではなかったのか……?」

 なんと!
 どうやらあれが、オスカーにとってもファーストキスだったらしい。
 
 耳までほのかに赤く染めるオスカーの様子は、反則以外のなにものでもない。
「わ、わたしだって、もちろん初めてよ!」
 思わず本音が漏れる。

 お互い真っ赤な顔で見つめ合い、オスカーがこちらへ手を伸ばしかけた時だった。
 ハンナがオスカーを呼びにやってきた。
 
 どうやらミヒャエルを訪問中の客人のことらしい。
 ミヒャエルがオスカーを呼ぶように言ったようだ。
 
 なんとなく胸騒ぎがしてハンナに誰が来ているのかと尋ねてみる。
「投資のお話を持ち掛けにいらした男性です」
「パパの知り合い?」
「いいえ、飛び込みの営業のような雰囲気でした」

 やはり嫌な予感は当たった。
 もう! お人よしなんだから。
 有無を言わさず追い返してやればいいのに!

「わたしも一緒に行くわ」
 ハンナは旅行の疲れがたまっていないかと心配してくれたけど、そんなことを言っている場合ではない。
 
 応接間に入ると、ミヒャエルの正面に小柄でネズミのような顔立ちの男性が腰かけている。
 互いに挨拶を済ませ、わたしとオスカーはミヒャエルを挟んで両隣に腰かけた。

 男は、ローレン・ビギナーと名乗った。
 それが本名かどうかも疑わしい。

 彼はわたしの記憶の中にある、ミヒャエルを陥れるエセ投資家と顔も名前も同じだった。
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