上 下
42 / 66

ルーン岬のバカンス(5)

しおりを挟む
 洞窟に到着した。
 先にボートから降りたオスカーがわたしたちが降りるのを手を引いてエスコートしてくれる。
 オスカー、ナイスな気遣いよ。紳士的ないい男になったわね!
 
 奥のほうへ進んでいくと、水面も壁面もすべてエメラルドに光る空間に目を奪われる。
 ぐるっと見回して、思わず「わぁっ」と感嘆の声がもれた。
 ゲームよりも実物のほうが遥かに神秘的だ。

「素敵ね」
「そうですね」
 ひとりごとのつもりで呟いたのに、なぜかオスカーがぴったり寄り添ってくる。

 ススッと横に移動すると、オスカーもまた寄り添うようにススッと移動する。
 どうも最近距離感が近いように思うのは気のせいだろうか。
 
 こんなにぴったり監視しないといけないぐらい、わたしは悪さをしそうなオーラでも放っているのかしら……?
 
 でも、これでいい。
 オスカーの女性への距離感が近くなっていることこそが、今回のイベントへの布石なのかもしれない。

「潮の流れが変わってきたので、そろそろ帰りまーす!」
 しばらく洞窟の景色を堪能したところで、ツアーガイドが声をあげる。
「先にボートに戻っているわね」
 わたしはわくわくしながら一番にボートに乗り込んだ。
 
 さあ、いよいよだ。
 ただし3人のうち誰かひとりが取り残されて、あまり怖い思いをしなければいいんだけど……と思う。
 わたしはシナリオを知っているから、溺れもしないしオスカーがカッコよく助けてくれるってわかっているけど、ヒロインはそうではない。
 溺れて死ぬかもしれない! なんてどれほどの恐怖だろうか。
 
 そんなことを考えた後ふと我にかえって、おやと思う。
 どうして誰もボートに乗ってこないんだろう……?

 振り返ると、洞窟内にはもう誰もいない。

 ……え?

 前方を見てギョッとした。
 ほかの人たちを乗せたツアーボートが水路を出ていくところだったのだ。

「待って! 置いてかないでー!」
 慌てて大声で叫ぶ。でも誰にも聞こえていないようだ。
 そしてみんなを乗せたボートはゆっくり曲がり見えなくなった。

 なんでわたしが置いていかれるわけ!?

 これは予備のボートってこと?
 なんでそんな紛らわしいものがあるのよ!
 
 ヒロインの誰かが取り残されるだろうと知りながら、それを楽しむかのように妄想していた罰が当たったのかもしれない。
 たしかに悪趣味だった。

 わたしが載っていないことに誰も気付かなかった。さらには大声で呼んでも誰にも聞こえなかった――これはまさに、イベント強制力が働いている証拠だ。
 
 こうなったら、このボートを漕いで脱出……と思ったが、オールがない。
 いま潮の流れはこちらへ向かってくる方向だから、手でパシャパシャ水をかいて進むのは大変だろう。
 それだったらむしろ、泳いだほうがいいかもしれない。
 いや、泳ぐのも大変そうだ。

 どうしようかと迷ううちに水位が上がってきた。
 
「大丈夫。溺れはしないから」
 自分に言い聞かせるように呟く。
 それでも恐怖と焦りで体が震える。

 ああ! やっぱり誰が取り残されるかって楽しんでいた罰なんだわ!
 正真正銘、悪役令嬢じゃないの!
 
 その時、誰かがこちらへバシャバシャ水しぶきをあげながら泳いでくるのが見えた。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

農地スローライフ、始めました~婚約破棄された悪役令嬢は、第二王子から溺愛される~

可児 うさこ
恋愛
前世でプレイしていたゲームの悪役令嬢に転生した。公爵に婚約破棄された悪役令嬢は、実家に戻ったら、第二王子と遭遇した。彼は王位継承より農業に夢中で、農地を所有する実家へ見学に来たらしい。悪役令嬢は彼に一目惚れされて、郊外の城で一緒に暮らすことになった。欲しいものを何でも与えてくれて、溺愛してくれる。そんな彼とまったり農業を楽しみながら、快適なスローライフを送ります。

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない

おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。 どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに! あれ、でも意外と悪くないかも! 断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。 ※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。

おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます

ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。 そして前世の私は… ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。 サロン勤めで拘束時間は長く、休みもなかなか取れずに働きに働いた結果。 貯金残高はビックリするほど貯まってたけど、使う時間もないまま転生してた。 そして通勤の電車の中で暇つぶしに、ちょろーっとだけ遊んでいた乙女ゲームの世界に転生したっぽい? あんまり内容覚えてないけど… 悪役令嬢がムチムチしてたのだけは許せなかった! さぁ、お嬢様。 私のゴットハンドを堪能してくださいませ? ******************** 初投稿です。 転生侍女シリーズ第一弾。 短編全4話で、投稿予約済みです。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

アイアイ
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

断罪されて婚約破棄される予定のラスボス公爵令嬢ですけど、先手必勝で目にもの見せて差し上げましょう!

ありあんと
恋愛
ベアトリクスは突然自分が前世は日本人で、もうすぐ婚約破棄されて断罪される予定の悪役令嬢に生まれ変わっていることに気がついた。 気がついてしまったからには、自分の敵になる奴全部酷い目に合わせてやるしか無いでしょう。

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)

処理中です...