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オスカーと3人のヒロイン(1)

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 2年後――。

 16歳になったわたしは、貴族学校の入学式を迎えた。
 真新しい制服に身を包み、オスカーのエスコートで伯爵家の馬車から降りて正門をくぐる。
 
「パパと一緒がよかったのに」
 背の高いオスカーを見上げながらぷくっと頬を膨らませると、彼は困った顔で笑った。
「仕方ありません、急病なのですから」
 
 これでもオスカーとの身長差はかなり縮まったほうだ。
 2年前は大人と子供というほどに差があったのだが、その後成長期に入ったわたしの身長が頭ひとつ分ほど一気に伸びた。
 
「どちらかというと、病気ではなく怪我でしょう? もう、パパったら」
 外聞が悪いため急病ということになっているが、実はギックリ腰だ。
 昨夜、学校の制服姿を披露したわたしを喜びのあまり抱き上げようとして腰をやってしまい、入学式の付き添いどころではなくなったというわけだ。
 
 ミヒャエルにとってドリスは、いつまでたっても小さな愛娘のままらしい。
 背が伸びただけでなく、胸とお尻にふっくらと脂肪がついてきて大人へと成長する過渡期だというのに。
 
「旦那様は若く見えますがもう四十路ですから。それと、そろそろ『パパ』と呼び続けるのはどうかと思いますよ」
「だって、パパはずっとパパだもの」

 ハルアカでのドリスは、ミヒャエルのことを最初から「お父様」と呼んでいた。
 そう、わたしがミヒャエルのことを「パパ」と呼ぶのは、ゲームシナリオへのささやかな抵抗だ。
 
 2年前、家庭教師としてマイヤ夫人がやって来たときにも同じように注意されたけれど、その晩わたしは早速ミヒャエルに泣きついた。
 もちろん噓泣きだ。
「マイヤ夫人の言うことはわかるけど、わたしはこれからもパパのことを『パパ』って呼びたいの」
「わかったよドリス。ではこうしよう。マイヤ夫人がいない時はパパと呼んでくれていい。これは、ドリスと私だけの秘密だよ」
「うん! パパ大好き♡」
 抱き着くと、ミヒャエルは娘が可愛くて仕方ないといったデレデレの甘い笑顔でぎゅっと抱き返してくれた。
 
 ふたりだけの秘密もなにも、オスカーはもちろんのことマイヤ夫人以外の伯爵家で働く全員が知っている公然の秘密なのだが、今後もこの呼び方をやめるつもりはない。
 だってパパはパパだからという意味不明な言い訳で居直るわたしを、オスカーはまた困った顔で笑いながら見ている。
 
 こんなささやかな抵抗も虚しく、ゲームシナリオの強制力は発動している。
 ゲーム内でもドリスの入学式の付き添いはオスカーだった。
 そこで早速ドリスの悪役令嬢っぷりを印象づけるイベントが発生する。
 このイベントを回避するためにオスカーではなくミヒャエルに付き添いを頼んでいたのいうのに……なんでギックリ腰なんかになるのよっ!
 
 ゲームのシナリオでは、この後の展開はこうだ。
 正装のオスカーがキラキラのエフェクトを蒔き散らかしている様子はとてもカッコよく、自分が注目の的になっていることに自尊心がくすぐられたドリスは、得意げに顎をツンと上げて歩くのだが、そのせいで段差につまずいて派手に転んでしまう。
 オスカーが優しく助け起こしてくれたものの周囲の嘲笑が聞こえて屈辱にまみれたドリスは、たまたま後ろにいた新入生に、
「今、わたしの靴を踏んだのは誰!? わざとやったわね!」
と言いがかりをつけるのだ。
 もちろん誰もそんなことはしていない。
 ドリスが足元をよく確認せずに勝手に転んだだけなのだから。
 そして言いがかりをつけられたその新入生というのが、プレーヤーが操作するこの物語のヒロインだ。
 つまりこのトラブルは、オスカーとヒロインの「出会いのイベント」でもある。

 転倒して笑いものになるだなんて、随分と意地悪なシナリオだわ! 絶対に転ぶものですか!

 目前に迫る段差を確認する。
 足を軽く上げて普通にまたげばいいだけだと言い聞かせながら一歩前に踏み出した時だった。
 
「あっ!」
 背中を押されるようなドンという強い衝撃があり、わたしは前のめりに派手に転んだ。

「ドリスお嬢様! 大丈夫ですか!?」
 オスカーに助け起こされながら、後ろを睨む。
「誰? わたしのことを突き飛ばしたのは!」
 たとえ転ぶことがあっても人のせいになどしないと決めていたはずなのに、腹が立って思わず責める言葉が出てしまった。
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