上 下
10 / 66

アルト・ハイゼン(1)

しおりを挟む
 エーレンベルク家に、家庭教師のマイヤ夫人がやって来た。
 ミヒャエルがどうしてもと頼み込んで連れてきたカリスマ家庭教師らしい。
 
 チェーン付きの銀縁メガネをかけ、ダークブラウンの髪をきっちりとシニヨンにしてまとめ、首の詰まった濃紺のワンピースを着ている。
 家庭教師の見本のような出で立ちだ。

 マイヤ夫人の気難しそうで厳しそうな見た目にびびりまくってしまう。
 しかしそれは思い過ごしだったのか、マイヤ夫人はとても穏やかな口調で自己紹介をしてにっこり微笑んでくれた。
「ドリスです。よろしくお願いします」
 ホッとしながらぺこりと頭を下げると、マイヤ夫人がわずかに目を細めた。
「なっておりませんわね。伯爵家のご令嬢としてふさわしい自己紹介の練習から始めましょう」
 口角は上がっているけれど目が笑っていない。

 うわぁ、やっぱり怖いっ!
 
「す、すみませんっ!」
「伯爵令嬢たる者、むやみやたらと頭を下げ謝罪の言葉を口にしてはなりません」

 ひ~~っ!

 初日は自己紹介の練習だけで終わってしまった。
 緊張感でヘトヘトになってしまったけれど、マイヤ夫人は厳しい一辺倒ではなかった。
 どこがダメだったか、どこが良かったか、どうすればもっと良くなるかを根気強く繰り返し教えてくれたし、目は笑っていないけれど常に微笑みを絶やさずにいてくれた。

 夕食の席で今日習った自己紹介とカーテシーを披露すると、ミヒャエルは大げさに褒めてくれた。
「どこへ出しても恥ずかしくない立派なレディだね」
 紫紺の目を細めて、愛おしそうにこちらを見つめている。
 恥ずかしさもあるけれど、褒められるのはやっぱり嬉しい。

 ハルアカの悪役令嬢ドリスは、どこへ行ってもみんなに眉を顰められる厄介者だったが、わたしは謙虚で清楚な悪役令嬢になると決めているのだ。
 今日はその大きな一歩を踏み出した日になるだろう。
 
「マイヤ夫人はどんな印象だった? 怖くはなかったか?」
「最初だけ少し怖かったけど、優しく教えてもらったから大丈夫だよ。ありがとうパパ」
 改めてお礼を言うと、ミヒャエルは目を潤ませて甘く笑った。

 ゲームの中では、ドリスの家庭教師に関することは彼女の生い立ちを説明するダイジェストで簡単に語られるのみだった。
 おそらく最初の家庭教師は今回と同様にマイヤ夫人だったはずだ。
 名前こそ出てこなかったが、回想ムービーに似たような出で立ちの女性が映っていた記憶ならある。
 
 マイヤ夫人からは、子供の嘘泣きや脅し、買収になど屈しない芯の強さを感じる。
 それでもハルアカのドリスは、自分の意のままに操れないと判断した時点でミヒャエルに泣きついたのだろう。
 注意がヒステリックで怖くて縮こまってしまう、あの人が苦手……そんなことを言って嘘泣きすれば、ミヒャエルはマイヤ夫人の言い分に耳を傾けることなく即刻クビにしたにちがいない。

 わたしは、ハルアカのドリスではない。だから今回はそんなことをしないと誓おう。

 文字を書けるようになったことで思惑よりも早く「彼」に邂逅することになろうとは、この時のわたしは予想だにしていなかった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢の妹に転生しちゃったけど推しはお姉様だから全力で断罪破滅から守らせていただきます!

くま
恋愛
え?死ぬ間際に前世の記憶が戻った、マリア。 ここは前世でハマった乙女ゲームの世界だった。 マリアが一番好きなキャラクターは悪役令嬢のマリエ! 悪役令嬢マリエの妹として転生したマリアは、姉マリエを守ろうと空回り。王子や執事、騎士などはマリアにアプローチするものの、まったく鈍感でアホな主人公に周りは振り回されるばかり。 少しずつ成長をしていくなか、残念ヒロインちゃんが現る!! ほんの少しシリアスもある!かもです。 気ままに書いてますので誤字脱字ありましたら、すいませんっ。 月に一回、二回ほどゆっくりペースで更新です(*≧∀≦*)

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

めんどくさいが口ぐせになった令嬢らしからぬわたくしを、いいかげん婚約破棄してくださいませ。

hoo
恋愛
 ほぅ……(溜息)  前世で夢中になってプレイしておりました乙ゲーの中で、わたくしは男爵の娘に婚約者である皇太子さまを奪われそうになって、あらゆる手を使って彼女を虐め抜く悪役令嬢でございました。     ですのに、どういうことでございましょう。  現実の世…と申していいのかわかりませぬが、この世におきましては、皇太子さまにそのような恋人は未だに全く存在していないのでございます。    皇太子さまも乙ゲーの彼と違って、わたくしに大変にお優しいですし、第一わたくし、皇太子さまに恋人ができましても、その方を虐め抜いたりするような下品な品性など持ち合わせてはおりませんの。潔く身を引かせていただくだけでございますわ。    ですけど、もし本当にあの乙ゲーのようなエンディングがあるのでしたら、わたくしそれを切に望んでしまうのです。婚約破棄されてしまえば、わたくしは晴れて自由の身なのですもの。もうこれまで辿ってきた帝王教育三昧の辛いイバラの道ともおさらばになるのですわ。ああなんて素晴らしき第二の人生となりますことでしょう。    ですから、わたくし決めました。あの乙ゲーをこの世界で実現すると。    そうです。いまヒロインが不在なら、わたくしが用意してしまえばよろしいのですわ。そして皇太子さまと恋仲になっていただいて、わたくしは彼女にお茶などをちょっとひっかけて差し上げたりすればいいのですよね。    さあ始めますわよ。    婚約破棄をめざして、人生最後のイバラの道行きを。       ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆     ヒロインサイドストーリー始めました  『めんどくさいが口ぐせになった公爵令嬢とお友達になりたいんですが。』  ↑ 統合しました

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

処理中です...