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オスカー・アッヘンバッハ(1)

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 ドリスの様子がおかしい。
 朝の支度中に突然倒れたと聞いて駆けつけてみれば、絨毯にうずくまっていた。
 最初はいつものわがままが始まったのかと思っていた。
 仮病がバレるため、侍医を呼ぶと言えばたいてい「もう大丈夫よ」とすぐにケロっとなる。今回もどうせそれだろうと。
 しかし、ベッドに運んだドリスが血の気の引いた顔で震えているではないか。
 
 もしかすると、いつもの仮病ではなく本当に熱でもあるのか……?
 俺はエーレンベルク伯爵家の執事見習いだ。
 ドリスを嘘つきだと決めつけて対処を怠るわけにはいかない。
 しかし額に触れようとすると、乱暴に手を払われる。
 そのヒステリックな様子は一見いつものドリスだったが、彼女の紫紺の目には怯えと戸惑いの色がにじんでいた。

「念のため、旦那様に連絡を」
 メイドのハンナに言いつける。

 旦那様――ミヒャエル・エーレンベルク伯爵は、俺にとって尊敬してやまない英雄のような存在だ。
 冷遇されていた実家から救い出してくれただけでなく、貴族学校へ通うための学費も出してくれた。剣稽古にも付き合ってくれて、本当の息子のように接してくれている。
 ゆくゆくはドリスと結婚して伯爵家の後継者に。ミヒャエルのその願いも喜んで受け入れるつもりでいたのだが……。

 久しぶりに再会したドリスがとんでもなくわがままな少女に育っていたことに驚き、そして戸惑った。
 昔はもっと天真爛漫な愛らしい子だったはずなのに、どう間違ったらこうなってしまうのか。
 ミヒャエルが甘やかしすぎている。それを伯爵家の使用人たちも全員気付いていながら黙認している。良かれと思って注意すればクビになるからだ。
 ドリスの仮病や嘘泣き、使用人の罪をでっちあげる虚言、年齢にそぐわない高価なものを欲しがる浪費癖……ミヒャエルだって本当は、ドリスの問題行動の危うさに気付いているのだ。気付いていながらもドリスに「パパ♡」と笑顔を向けられると、叱れずに許してしまう。

 どうしようもなくわがままなドリスを、生涯の伴侶とすることができるんだろうか。
 いや、できるできないではなく、そうするほか選択肢はない。
 実家にいるより遥かにマシだ。旦那様の温情に報いなければならない。そんな後ろ向きな言い訳で自分の中の苦悩を押し殺してきた。

 そのドリスの様子が、あの倒れた日以来どうもおかしい。
 字をきれいに書けるようになりたいと熱心に練習したり、高価なアクセサリーを手放してそのお金で落ち着いた色調の家具に模様替えしたり。
 まるで人が変わったようにまともな振る舞いをするようになったのだ。

 損得勘定をせずに、誰に対してもお礼を言い笑顔で接している。
 これまで貧しい者たちに目もくれなかったドリスが、孤児院を熱心に支援しはじめた。
 孤児院でのびやかに走り回る様子は、かつての天真爛漫だったドリスを彷彿とさせ、かわいいとすら思った。

 しかしこれは、壮大な演技なのかもしれない。
 いったいなにを企んでいるんだ……?
 そんなうがった見方しかできない自分もどうかとは思うが、彼女のこれまでの素行を思い返すにつけおいそれとは疑念が拭えない。

 ドリス。きみはなにを考えているんだ。
 信じてもいいのか……?

 部屋でひとり、頭を抱えた。

 
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