上 下
4 / 66

悪役令嬢ドリス・エーレンベルク(3)

しおりを挟む
 この人生が破滅に向かわないように、いまできることをやっていこう。
 ベッドを抜け出して机に向かった。
 前世の記憶が戻ったとはいえ、ところどころ抜け落ちている箇所がある。もしかするとこの記憶は一時的なもので、いつか完全に忘れてしまうかもしれない。
 
 机も椅子も、もちろんショッキングピンクだ。きっと最高級の木材を使用して作られているはずなのに、この色のせいで安っぽく見える。
 自分の趣味の悪さにため息をつきながら机の引き出しを開けた。
 ペンとノートを取り出すと、ゲームシナリオや今後起こる予定のイベントを思い出せるだけ書き留め……ようとして、すぐに手を止めた。

 ちょっと! この子ったら、字が汚すぎない!?

 とても14歳とは思えない、幼い子が書くようなミミズ文字だ。
 これじゃ読めないじゃないの!
 
 腹が立ってペンを放り投げたくなる衝動をどうにか堪えた。
 そうだ、悪役令嬢ドリス・エーレンベルクはとにかく短気でわがままでヒステリックなのだ。
 この程度のことで激高してはならない。
 感情を上手にコントロールしなければ、悪役令嬢という設定に飲み込まれてしまうかもしれない。

 大きく深呼吸をする。
 冷静になるよう自分に言い聞かせながら、文字よりも絵を多めにした。
 この方法が大成功だった。文字だけで書くよりも断然早い。
 
 前世で絵が得意だったことがこんな形で活きることになろうとは!
 それにもしも誰かにこのノートを見られても、ただの落書きだと言えば済むだろう。
 
 ドリスが贅沢ざんまいを繰り広げる様子、ミヒャエルとオスカーにわがままを言って困らせる様子、入学式でヒロインを怒鳴りつける様子、学園生活中にヒロインに陰湿な嫌がらせをする様子……。
 夢中で書いているうちに、どれぐらい時間が経っていたのだろうか。
 ドアをノックする音が聞こえて顔を上げた。
 
「ドリィ?」
 ミヒャエルの声だ。
 ノートを閉じて立ち上がる。
「パパ」
 部屋のドアを開けると、心配そうな面持ちのミヒャエルが入ってきた。元気な様子のわたしに安心したのか、ミヒャエルは眉尻を下げて表情を緩めた。
「よかった、元気そうだな。倒れたと聞いて気が気ではなくて帰ってきたんだ」
 騎士服を着ているということは、仕事を途中で放り出して慌てて帰宅したのだろう。
 38歳には見えないほど若々しいミヒャエルは、騎士団の上役を務めている。

「パパったら、心配症ね」
 抱きしめてくるミヒャエルの首に手を回した。
「ドリィこそ、甘えん坊だな」
 
 ミヒャエルがひとり娘のドリスを溺愛するのには訳がある。
 妻のローラは病死しており、ドリスが唯一の家族だからだ。
 しかもミヒャエルはローラの死に目に会えなかった。13年前、戦争に勝利し多くの勲章を胸につけて帰国したミヒャエルを待っていたのは、愛妻の訃報と1歳になったばかりの娘だった。

 それ以来ミヒャエルは、愛する妻の忘れ形見であるわたしを両手放しで甘やかしている。
 これまでのわたしは、それに味を占めてわがままをエスカレートさせていた。
 中には諫める使用人もいたけれど、わたしにとって都合の悪い大人たちは罪をでっちあげミヒャエルに言いつけて排除した。いまエーレンベルク伯爵家にいる使用人たちは、わたしの顔色をうかがう者ばかりだ。

 こうやって抱き合う父と娘の一見微笑ましい光景も、使用人たちは複雑な胸中で見ている。
 しかしあえてここは、いつも通りにおねだりしてみようじゃないか!
「あのね、パパ。お願いがあるの!」
「なんだい、ドリィ」
 ミヒャエルの背後でオスカーが眉間にしわを寄せている。
 またえげつないわがままを言い出すのか!と思っているに違いない。

「家庭教師を雇ってもらいたいの!」
「…………」 
 甘い笑顔を見せていたミヒャエルが真顔になって体を離し、困惑している。
「ドリィ? 勉強は好きじゃないんだろう?」

 もちろん好きじゃない。
 これまで幾度かドリスに家庭教師がつけられたことはあったが、クビにした使用人と同様、難癖をつけてすぐに追い出してきた。
 でも14歳であんなミミズ文字は恥ずかしい。
 貴族の子供たちは家庭教師について年齢相応の教養を身に着けてから貴族学校に入学するのが一般的だ。しかしドリスはわがままを言ってそれを拒否し続けたまま14歳になった。
 このままじゃ、とんでもなくお馬鹿な状態で入学することになるじゃないの。どうしてくれるのよ!
 あと2年でどうにか後れを取り戻さないといけない。

 しかしこれまでも、どんな習い事も続かなかったドリスだ。
 さすがのミヒャエルも諦めているのか、今更なにを言い出すんだと驚いている。

「じゃあ、わたしが本気だってことを証明してみせるわ! オスカー、わたしの家庭教師をしてちょうだい!」
 腰に手を当て、もう片方の手でオスカーをビシっと指さす。
 
 オスカーはますます表情を険しくした。
 それでも呻くように「かしこまりました」と答えたのだった。
 

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

めんどくさいが口ぐせになった令嬢らしからぬわたくしを、いいかげん婚約破棄してくださいませ。

hoo
恋愛
 ほぅ……(溜息)  前世で夢中になってプレイしておりました乙ゲーの中で、わたくしは男爵の娘に婚約者である皇太子さまを奪われそうになって、あらゆる手を使って彼女を虐め抜く悪役令嬢でございました。     ですのに、どういうことでございましょう。  現実の世…と申していいのかわかりませぬが、この世におきましては、皇太子さまにそのような恋人は未だに全く存在していないのでございます。    皇太子さまも乙ゲーの彼と違って、わたくしに大変にお優しいですし、第一わたくし、皇太子さまに恋人ができましても、その方を虐め抜いたりするような下品な品性など持ち合わせてはおりませんの。潔く身を引かせていただくだけでございますわ。    ですけど、もし本当にあの乙ゲーのようなエンディングがあるのでしたら、わたくしそれを切に望んでしまうのです。婚約破棄されてしまえば、わたくしは晴れて自由の身なのですもの。もうこれまで辿ってきた帝王教育三昧の辛いイバラの道ともおさらばになるのですわ。ああなんて素晴らしき第二の人生となりますことでしょう。    ですから、わたくし決めました。あの乙ゲーをこの世界で実現すると。    そうです。いまヒロインが不在なら、わたくしが用意してしまえばよろしいのですわ。そして皇太子さまと恋仲になっていただいて、わたくしは彼女にお茶などをちょっとひっかけて差し上げたりすればいいのですよね。    さあ始めますわよ。    婚約破棄をめざして、人生最後のイバラの道行きを。       ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆     ヒロインサイドストーリー始めました  『めんどくさいが口ぐせになった公爵令嬢とお友達になりたいんですが。』  ↑ 統合しました

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

転生したら避けてきた攻略対象にすでにロックオンされていました

みなみ抄花
恋愛
睦見 香桜(むつみ かお)は今年で19歳。 日本で普通に生まれ日本で育った少し田舎の町の娘であったが、都内の大学に無事合格し春からは学生寮で新生活がスタートするはず、だった。 引越しの前日、生まれ育った町を離れることに、少し名残惜しさを感じた香桜は、子どもの頃によく遊んだ川まで一人で歩いていた。 そこで子犬が溺れているのが目に入り、助けるためいきなり川に飛び込んでしまう。 香桜は必死の力で子犬を岸にあげるも、そこで力尽きてしまい……

処理中です...