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悪役令嬢ドリス・エーレンベルク(1)

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 騒ぎを聞きつけたオスカーが部屋に入ってきた。
 うずくまったままのわたしをヒョイッと抱え上げ、横抱きでベッドに運ぶ。

「お嬢様? お医者様を呼びますね」
 金髪をサラリと揺らして覗き込んでくるこの青年は、エーレンベルク伯爵家の執事見習い、オスカー・アッヘンバッハだ。

 ハンナに医者の手配を指示するオスカーの袖をつまんで引き留めた。
「大丈夫だから。少しゆっくりすれば元気になるわ」
「……」

 こちらに向き直ったオスカーは、無言のまま眉間にしわを寄せ青灰の目に不快感をにじませる。
 またいつものわがままか――そう思っているのだろう。
 
 ドリスわたしはオスカーに嫌われている。
 彼がエーレンベルク伯爵家の執事見習いとして住み込みで働き始めたのは半年前。
 わがままを言い平気で嘘をつくわたしに毎日振り回されているオスカーは、口答えこそしないものの最近では表情で嫌悪感を示すようになった。

 そのことに気付きながらもオスカーをそばに置いているのは、彼を男性として慕っていたからだ。
 祖父同士が親友だったよしみで、幼い頃は年に数回顔を合わせていた。
 一人っ子のわたしは5歳年上のオスカーを兄のように慕っていたが、祖父が亡くなると交流が途絶えた。再会したのは3年前、オスカーが16歳の時だ。
 当時11歳だったわたしは、その麗しい容姿に目を奪われ心を掴まれた。それ以来、わたしはオスカーを兄ではなく恋愛対象として見ている。
 
 いくら嫌われていたって、どうせいまの彼はエーレンベルク家から離れられっこない。
 オスカーの実家のアッヘンバッハ男爵家は没落寸前で、わたしの父ミヒャエル・エーレンベルク伯爵が資金援助している。
 彼が我が家へ来る前に3年間通った貴族学校だって、ミヒャエルが学費を肩代わりした。
 もしも嫌気がさしてオスカーが逃げ出したら、アッヘンバッハ家への資金援助も当然打ち切りになるだろう。
 だからオスカーはずっとわたしのそばにいる。
 14歳でそんな打算的なことを考え、わがままを言ってミヒャエルを上手く操ればすべてが自分の思いのままになると信じていた悪役令嬢、ドリス・エーレンベルク。

 ああ、なんてことだ。
 わたしは6年後、そのオスカーに、
「野垂れ死ぬか修道院に行くか、自分で選べ」
と冷たく言われ、この伯爵邸を追い出される運命だ。

 オスカーの袖をつまんでいる手が小刻みに震えだす。
 それに気づいたオスカーが目を揺らして困惑している。
「本当にどこか具合が……」
「大丈夫だって言ってるでしょう」
 額に触れようとしたオスカーの手を振り払う。
「休みたいの! 全員いますぐ出ていってちょうだい」

 頭まですっぽりシーツにくるまって体を丸めると、小さなため息が聞こえた。
 オスカーがベッドから離れる気配がする。
「ドリスお嬢様。ドアの外で待機しておりますので、ベルでお呼びくださいね」
 ハンナもそう言い残して退室した。

 誰もいなくなったことを確認して静かに体を起こす。
 目の前に広がる自室のインテリアは、猫脚で姫系のデザインで揃えられている。それはいいとして、色がショッキングピンクで統一されているのはどうにかならないものか。
 趣味が悪すぎる。わざわざこんな色の家具をオーダーして作らせるだなんて。
 ベッドの天蓋やシーツ、枕もショッキングピンク一色だ。

 こんな部屋じゃ、落ち着かないわっ!
 すぐに模様替えしよう。
 しかし、その前に頭の中をよく整理しておかないといけない。


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