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旦那様Side

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「そういうわけでね、しばらくヴィーに会わないほうがいいよ。きっと顔を合わせるなり、すんごい威力のソニックブームが飛んできて頭吹っ飛ばされるよ」
 
 仕事に追われる我々の目を盗んでダンジョンへ逃亡したエリックが、悪びれた様子もなく帰ってきた。
 と思ったら個人的な話があると俺を呼び、唇を震わせながら物騒なことを言っている。
 
「いや、来週また冒険者協会の会合があるから、絶対に顔を合わせることになる」
 前回物別れに終わったマーシェスダンジョン最下層の攻略に関する話し合いだ。
 まあ、他にも人がいる場所でいきなり頭を吹っ飛ばしにはこないだろう。
 
 前回、冒険者協会の職員たちに紹介して回ったら、顔見知りがたくさんいすぎてヴィーがいちいち笑顔を引きつらせている様子がかわいかった。
 受付窓口係のアナベルは明らかにヴィーの正体に気づいた様子だったが、職員たちには守秘義務がある。
 特に冒険者の個人情報の取扱いに関しては厳しすぎるほど口を酸っぱくしていつも命じており、たとえ自分の身内であったとしても第三者として応対しろと指導している。
 それをきちんと守った結果だろう。

 協会長という立場からすればコンプライアンスが徹底されていることは大変喜ばしいことだ。
 しかしヴィーの夫という立場で言うと、あの時アナベルにもう少し攻め込んで欲しかったと、いささか不満に思う。

 もともとマーシェスダンジョンの攻略を終えて大樹に花を咲かせたら引退するつもりだった。
 そのタイミングでヴィーにプロポーズしようと決めていたのに。
 ヴィーの素性は知らなかったが、よく「もうお嫁に行けない!」と叫んでいることから察するに既婚者でないことは確かだったし、親に反対されようが何だろうが自分の生涯の伴侶にはヴィー以外考えられなかった。
 
 満開の大樹の下でプロポーズしよう。
 きっと喜んで頷いてくれるはずだ。
 そう思っていたのに、父親の病気の進行と体力の低下が予想以上に速く、回復魔法も追いつかないため、急遽家督を継がなければならなくなったのだ。
 
 花嫁候補の釣書を読んだとき、最後に補足欄の『ヴィーという呼び名で冒険者登録しており、主にマーシェスダンジョンで活動しているとの情報がある』という記載を見て驚いた。
 パーティー内に俺が執心している娘がいることは少し調べればすぐわかったはずだ。
 そこから先の彼女の個人情報を、父がダンジョン規約に抵触しない程度の禁じ手をおかして協会の登録情報から得たものなのか、それとも地道な調査の結果だったのかは不明だが、ヴィーが実は男爵家の令嬢で、家格の差こそあれど平民ではなかったことは幸いだった。
 結婚することができたのだから。

「とにかくさ、怒りの感情がトリガーになってるから怒らせちゃダメだよ。お宝いっぱい抱えてたミミックを吹っ飛ばす威力だからね」
 エリックの焦っている声で現実に引き戻される。
 
 これはダンジョンマスター代理の座を父から引き継いで初めて知ったことだが、ミミックはダンジョンの掃除屋だ。
 ミミックが特定の階層にだけ生息するのではなくどこにでもいるのはそのためだ。
 冒険者たちが落としていったゴミや拾い損ねた戦利品など、何でも食べることでダンジョン内がゴミであふれてしまうことを防いでくれている大変優秀でありがたい魔物だ。

「おまえの魔法の威力はすごいんだから、人に向けて使ってはダメだときちんと教えろよ」
 まともなことを言ったつもりだったが、エリックは不満げに唇を尖らせる。
「何度も言ってるって。だいたいヴィーの自己評価が低いのは、ロイがけちょんけちょんにけなしすぎたせいだからね。自業自得だよ。とにかく絶対に怒らせちゃダメ! わかった?」

「なるほど、奥さんのご機嫌取りをすればいいわけだな」
「ご機嫌取りってなに言ってんの。すでに手遅れだと思うけど」
 
 エリックがため息をついたとき、遠慮がちなノックの音が聞こえた。
 顔を覗かせた上背のある近衛兵が、こちらにもチラリと目を向けて黙礼する。

「エリック殿下、そろそろ会議のお時間です」
 ソファから立ち上がったエリックが、部屋を出ようとしてふと足を止める。
「ねえ、愛人と男色とどっちがいい?」

「何の話だ。どっちも俺の人生には無関係だな」
「だよね、あははっ」

 乾いた笑いを残し立ち去るエリックの後ろで、普段あまり感情を見せない近衛兵が憐れむような目で俺を見ていた。
 
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