白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます

時岡継美

文字の大きさ
上 下
35 / 80

旦那様Side①

しおりを挟む
 遡ること4カ月前。

「政略結婚などしないと何度言ったらわかるんだ」
 花嫁候補の名前が書かれた釣書を開くことなく机に叩きつけた。
「心に決めた女性がいると言ったはずだ」
 
「ロナルドお坊ちゃま、これは旦那様からのご命令でございます。拒否権はありません」
 豊かなロマンスグレーの髪を後ろに撫でつけ、体にほどよくフィットした皴ひとつないバトラースーツを着た執事が抑揚のない声で告げる。
 
「お坊ちゃまと呼ぶなと言ってるだろうが」
 一体この執事はいつまで自分を子供扱いするつもりなのか。

 うんざりした口調で窘めたものの、執事はまったく反省する様子もなくにこりと微笑んだ。
「次期侯爵ともあろうお方が28歳にもなって奥様はおろか婚約者さえいらっしゃらないのですよ。私からすればロナルド様はまだまだ『お坊ちゃま』でございます」

 あと少し。
 あと半年待ってもらえれば、意中の女性に求婚する予定でいた。

 しかしマーシェス侯爵家の当主である父が病に倒れ余命宣告までされてしまったがために、一人息子である自分が家督を継ぐしかなく、急遽身を固めなければならなくなったのだ。
 これも侯爵家に生まれた運命だと思って受け入れるしかないのだろうか。
 
 あの子の笑顔と俺の名を呼ぶ溌溂とした声をふと思い出した。
 それを振り払い、ため息をつきながら仕方なく花嫁候補の釣書を開いたのだった。


 ******

 見損なった——最近立て続けに同じ言葉をぶつけられている。
 初めは領地の庭師、マックから。
 先触れを出さずにいきなり領地を訪れた日のことだ。

 最初のうちは、ヴィーのバラの手入れが上手で、彼女が世話をしたバラは見事な花をつけるし土はふかふかになると我が妻のことをにこやかに称賛していたマックだった。

「まさか魔法でも使っているんじゃないかって思うほどにお上手なんですよ」
 いや、そのまさかだとも言うのも無粋な気がして、無言で頷きながら聞いていた。

 そうしたら突然マックの顔から笑み消え、絞り出すような声で言われたのだ。
「若旦那様、私はあなたのことを見損ないました」と。
 領地に閉じ込められて健気に庭仕事をするヴィーに対して他の使用人たちはぞんざいな態度を取り、ほったらかしにしているらしい。

「あなたが新妻にそんな仕打ちをする人間だとは思いませんでした」
 普段穏やかなマックがここまで言うとは、よほど腹に据えかねているのだろう。

 魔法の鍛錬のための土いじりと、使用人たちの目を盗んでダンジョンに行ける環境が我が妻には必要なのだと説明できたらいいのだが、それよりもまずヴィー自身にいい加減気づいてもらいたいと思っている。ロイが誰なのかを。

 いきなり領地に来たのは、仕事の上司でもあるエリックが、
「いきなり帰るとさ、奥さんの隙だらけの姿を見ることができるんだよ。それがかわいくってさあ」
と惚気ているのを聞いたからだ。

 ヴィーのことなら、隙の無い姿よりも隙だらけの姿の方がよく知っている。
 ダンジョン攻略で疲れ果て白目で眠るヴィーを酒場まで背負って帰ったこともあったし、イカ焼きを喉に詰まらせた彼女の背中をバンバン叩いてやったこともあった。

 ヘビ型の魔物がたくさん出てくる階層で半べそをかいていた時も、大喧嘩をした翌日に目を腫らしてぶすっとした顔をしながらも攻略についてきた時も、本当はかわいいと思っていた。

 そして、いまだにロイの正体に気づかない妻は、いきなり現れた夫にどんな顔をするだろうか。驚いた顔も、嫌そうな顔もかわいいに違いない。
 そう思いながら領地の屋敷に到着すると、メイド長のサリーが大慌てで図書室へと先に行ってしまったのだ。

 ヴィーを毎日図書室に閉じ込めて放置していることに後ろめたさを感じたのかもしれないが、これでは不意打ちではなくなってしまう。ガッカリしているところへ、サリーが大きな悲鳴をあげながら戻ってきた。

「た、大変ですっ! 若奥様がっ!」
「どうした?」
 真っ青になって震えるサリーをどうにか落ち着かせてから事情を聞く。

 ヴィーに声を掛けても応答がないため、眠っていると思って少し力を入れて肩を叩いたところ、その右腕が肩からちぎれて落ちてしまったというのだ。
 なるほど、土人形か。
 ヴィーはまだダンジョンから戻ってきていないという訳だな。

 不覚にも自然と口元が緩んでしまったらしい。
「若旦那様! これは本当の話です。笑っている場合ではございません。早くっ、早く若奥様の手当をしないとっ!」
 凄まじい握力で腕を掴まれ、サリーに引っ張られた。

 困ったな、どうごまかそうか……と迷っているうちに、図書室の前に着いてしまう。

「本当なんです! 旦那様、驚かれないでくださいね」
 サリーが覚悟を決めたように勢いよく扉を開けると——土人形ではなく本物のヴィーが立っていた。

 間に合ったのか、よかった。
 サリーには申し訳ないと思いつつ、疲れていて見間違えたのではないかと強引にこの一件を終結させた。

 ヴィーが澄まし顔をしながらも、実は焦って懸命に取り繕おうとしている様子が垣間見えて、なるほどたしかにエリックの言う通り普段とは違う姿を見るのもいいものだと思った。

しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

【完結】聖獣もふもふ建国記 ~国外追放されましたが、我が領地は国を興して繁栄しておりますので御礼申し上げますね~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
 婚約破棄、爵位剥奪、国外追放? 最高の褒美ですね。幸せになります!  ――いま、何ておっしゃったの? よく聞こえませんでしたわ。 「ずいぶんと巫山戯たお言葉ですこと! ご自分の立場を弁えて発言なさった方がよろしくてよ」  すみません、本音と建て前を間違えましたわ。国王夫妻と我が家族が不在の夜会で、婚約者の第一王子は高らかに私を糾弾しました。両手に花ならぬ虫を這わせてご機嫌のようですが、下の緩い殿方は嫌われますわよ。  婚約破棄、爵位剥奪、国外追放。すべて揃いました。実家の公爵家の領地に戻った私を出迎えたのは、溺愛する家族が興す新しい国でした。領地改め国土を繁栄させながら、スローライフを楽しみますね。  最高のご褒美でしたわ、ありがとうございます。私、もふもふした聖獣達と幸せになります! ……余計な心配ですけれど、そちらの国は傾いていますね。しっかりなさいませ。 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ ※2022/05/10  「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過 ※2022/02/14  エブリスタ、ファンタジー 1位 ※2022/02/13  小説家になろう ハイファンタジー日間59位 ※2022/02/12  完結 ※2021/10/18  エブリスタ、ファンタジー 1位 ※2021/10/19  アルファポリス、HOT 4位 ※2021/10/21  小説家になろう ハイファンタジー日間 17位

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

追放された薬師は騎士と王子に溺愛される 薬を作るしか能がないのに、騎士団の皆さんが離してくれません!

沙寺絃
ファンタジー
唯一の肉親の母と死に別れ、田舎から王都にやってきて2年半。これまで薬師としてパーティーに尽くしてきた16歳の少女リゼットは、ある日突然追放を言い渡される。 「リゼット、お前はクビだ。お前がいるせいで俺たちはSランクパーティーになれないんだ。明日から俺たちに近付くんじゃないぞ、このお荷物が!」 Sランクパーティーを目指す仲間から、薬作りしかできないリゼットは疫病神扱いされ追放されてしまう。 さらにタイミングの悪いことに、下宿先の宿代が値上がりする。節約の為ダンジョンへ採取に出ると、魔物討伐任務中の王国騎士団と出くわした。 毒を受けた騎士団はリゼットの作る解毒薬に助けられる。そして最新の解析装置によると、リゼットは冒険者としてはFランクだが【調合師】としてはSSSランクだったと判明。騎士団はリゼットに感謝して、専属薬師として雇うことに決める。 騎士団で認められ、才能を開花させていくリゼット。一方でリゼットを追放したパーティーでは、クエストが失敗続き。連携も取りにくくなり、雲行きが怪しくなり始めていた――。

「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?

白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。 「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」 精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。 それでも生きるしかないリリアは決心する。 誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう! それなのに―…… 「麗しき私の乙女よ」 すっごい美形…。えっ精霊王!? どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!? 森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。

処理中です...