上 下
32 / 80

夜会に参加しました⑤

しおりを挟む
 夜会の会場は、筆頭公爵家であるバージェス公爵家の邸宅。
 招待客は王族と高位貴族のみらしい。
 旦那様曰く「何かしら理由をつけて、酒を飲んで遊びたい大人たちの集会」なんだとか。

 田舎の男爵家出身のわたしは、都会のきらびやかな社交パーティーに参加した経験がない。
 つまり、今回が社交界デビューみたいなもので、実はとても緊張していた。
 マーシェス侯爵家の名前に泥を塗るようなことがあってはならない。
 侯爵夫人としての役目を果たしてこその自由があるのだから。

 旦那様は顔見知りと会うたびにわたしのことを紹介し、こちらも精一杯の笑顔で「妻のヴィクトリアです。よろしくお願いします」と挨拶をする。
 その挨拶回りがひと段落ついたところで、旦那様がキョロキョロと視線を巡らし始めた。
 
「エリックが来ているはずなんだけど……」
 独り言とはいえエリック殿下を呼び捨てにするとは、ふたりの仲の良さがうかがえる。
 わたしも是非ともお会いしたい。
 
 探してくるから椅子に座って待っているように言われ、壁際の椅子に腰かけて旦那様の後ろ姿を目で追った。
 
 離れていく後ろ姿まで秀麗でかっこいいだなんて、反則だ。
 そんなことを思っていたら、派手なドレスをまとった女性が旦那様の腕に絡みつきながら何か囁いている様子が見えて胸がざわついた。
 
 もしかして、あの人が旦那様の愛人だろうか。
 ダンジョン攻略が順調でオラオラな状態なら余裕の笑みでその様子を見ていられたのかもしれない。
 しかし、何もかも上手くいっていないこの状況では、些細なことが堪える。

 見ているのが辛くなって目を伏せていると、
「どうされました? ご気分が優れないなら風に当たりに行きませんか。それとも別室で休憩します?」
と声を掛けられた。
 
 見上げると、目の前に見知らぬ男性が気持ちの悪い笑みを貼り付けて立っている。
 
「大丈夫です。お気遣いありがとうございます。ここで待っているように旦那様に言いつけられておりますので」
 はっきり断っているつもりなのに、相手の男はそれでもしつこく行こうと誘ってくる。

 視線を巡らせて旦那様の姿を探したが、見当たらない。
 さっきのあの女性とどこかへ行ってしまったんだろうか。
 
「ヴィー、どうした。僕と行こうか」
 横から別の声がして、強引に腕を引っ張られた。
 
 しつこく絡んできた男が邪魔するなとでも言いたげな険しい顔でその人物を睨んだ……と思ったら、さっと顔色を変えて頭を下げた。
 
「エリック殿下、ご機嫌麗しゅう存じます」
「堅苦しい挨拶はいらないよ。この子は僕がもらっていくから」

 エリック殿下!?
 驚いているうちに、腰に手を回されて強引にバルコニーに連れ出されてしまった。

「よく化けてるじゃないか。僕でなければ君が誰だかわからないよ、ヴィー。最高にキュートだね」
 
 いやいや、待て待て。
 こういう軽い口調でにこにこしながらわたしのことを「ヴィー」と呼ぶ男性の心当たりならある。

 でも、まさか……。
 それに容姿が違いすぎる。

「エリック殿下、握手してくださいっ!」
 
 彼はふふっと笑って手袋をスルッと外し、素手でわたしが差し出した右手を握ってくれた。
 
 ああ、やっぱり。
 このじんわりと伝わってくる熱さは——。

「エルさん」
「あはっ、大正解! さすがだね、ヴィー」

 
しおりを挟む
感想 53

あなたにおすすめの小説

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき@バカふり160万部突破
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

王太子妃が我慢しなさい ~姉妹差別を受けていた姉がもっとひどい兄弟差別を受けていた王太子に嫁ぎました~

玄未マオ
ファンタジー
メディア王家に伝わる古い呪いで第一王子は家族からも畏怖されていた。 その王子の元に姉妹差別を受けていたメルが嫁ぐことになるが、その事情とは? ヒロインは姉妹差別され育っていますが、言いたいことはきっちりいう子です。

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

婚約者に騙されて巡礼をした元貧乏の聖女、婚約破棄をされて城を追放されたので、巡礼先で出会った美しい兄弟の所に行ったら幸せな生活が始まりました

ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
私は婚約者に騙されて、全てを失いました―― 私の名前はシエル。元々貧しいスラムの住人でしたが、病弱なお母さんの看病をしていた時に、回復魔法の力に目覚めました。 これで治せるかと思いましたが、魔法の練習をしていない私には、お母さんを治せるほどの力はありませんでした。 力があるのに治せない……自分の力の無さに嘆きながら生活していたある日、私はお城に呼び出され、王子様にとある話を持ちかけられました。 それは、聖女になって各地を巡礼してこい、その間はお母さんの面倒を見るし、終わったら結婚すると言われました。 彼の事は好きではありませんが、結婚すればきっと裕福な生活が出来て、お母さんに楽をさせられる。それに、私がいない間はお母さんの面倒を見てくれる。もしかしたら、旅の途中で魔法が上達して、お母さんを治せるようになるかもしれない。 幼い頃の私には、全てが魅力的で……私はすぐに了承をし、準備をしてから旅に出たんです。 大変な旅でしたが、なんとか帰ってきた私に突きつけられた現実は……婚約などしない、城から追放、そして……お母さんはすでに亡くなったという現実でした。 全てを失った私は、生きる気力を失いかけてしまいましたが、ある事を思い出しました。 巡礼の途中で出会った方に、とある領主の息子様がいらっしゃって、その方が困ったら来いと仰っていたのです。 すがる思いで、その方のところに行く事を決めた私は、彼の住む屋敷に向かいました。これでダメだったら、お母さんの所にいくつもりでした。 ですが……まさか幸せで暖かい生活が待ってるとは、この時の私には知る由もありませんでした。

妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?

木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。 彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。 公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。 しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。 だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。 二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。 彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。 ※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。

処理中です...