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旦那様が領地にやって来ました③

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 ドレスといっても、客人がいるわけでもなく旦那様とふたりっきりの食事だ。
 華美な装飾のドレスではなく普段使いに近いのものでいいだろう。

 旦那様の指示で用意したと聞いているワードローブの中から、ウエストに切り替えがあるフレアワンピースタイプのシンプルな青いドレスを選び、それと同系色の青いリボンで髪を結び直す。
 これは婚約中に旦那様からプレゼントしてもらったリボンだ。
 
 食堂に現れたわたしを見て、先にテーブルについていた旦那様がスッと目を逸らした。
 その目の動きで、あの初夜の出来事がフラッシュバックする。

 またイタイと思われたのだろうか。
 着替えてこいと言ったのは、旦那様なのに……。

 それともこのリボンを見て、ちらりとでも罪悪感が芽生えたのか。
 だとしたら、してやったりだ。後ろめたさぐらい感じていただきたい。

「明日、冒険者協会の会合があってね。仕事が立て込んでいたら日帰りで出席するつもりでいたんだけど、早く終わったからこちらに泊まることになった」
「そうでしたの。お疲れ様です」

 どうせ愛人に急用ができて逢引の約束がなくなったとかでしょう?

「ヴィクトリアは元気にしていたか?」
「はい」

 結婚式の翌日から1か月も音沙汰無しでよくそんなわざとらしいこと聞けるわね。わたしに興味なんてないくせに。

「……」
「……」

 会話がまったく弾まないまま、旦那様と向かい合って料理を口に運ぶ。
 旦那様は時折わたしのほうへ目を向け、どんな話題を出そうかと考えあぐねている様子でなんだか気まずい。

 これだったら、普段のひとりの食事のほうがまだマシだ。
 一般的な新婚夫婦でもラブラブでいられるのは最初の3年間だけだと聞くけれど、仮面夫婦だと最初からこんなにも居心地が悪いものだとは……。

 それとは対照的に、久しぶりに当主が訪れたとあって使用人たちは張り切って給仕をし、旦那様もにこやかに「ありがとう」「これは塩加減がちょうど良くて美味しいね」と声を掛けている。

 こういうところは見倣ったほうがいいだろうとは思う。
 わたしも実家ではもっと和気あいあいの雰囲気で食事をしていた。

 とはいえ、ぞんざいな扱いを受けていると言っては過言だが、普段は料理を並べてもらった後はわたしが食べ終えるまで誰も来ることがなくほったらかしで、この広いテーブルにひとりぽつんと座って食事をしているのだ。「いただきます」と「ごちそうさまでした。美味しかったわ」は必ず言うようにしているけれど、使用人たちがわたしに対してこんなイキイキとした笑顔を向けてくることはない。

 もしもダンジョン攻略という趣味がなければ、わたしはこの家でどう過ごしていたんだろう。
 疎外感が募って、せっかく美味しいはずの料理の味がまったく分からなかった。

 夕食を終えて旦那様と連れだって廊下を歩いているときに、少し潜めた低い声で問われた。
「ここの使用人たちと上手くいっていないのか?」

 食事の様子でそう思われたのだろうか。
 使用人たちの、わたしに対する態度を見て違和感を感じたのだろう。

 先に壁を作ったのがどちらだったかはわからない。
 庭師のマック以外は、わたしのことを放置されっぱなしのお飾り妻だと心の中で小馬鹿にしているのも知っている。でもそのおかげで、わたしはこっそり毎日のようにダンジョンに通えているのだから、この状況をむしろありがたいと思ってさえいる。

 たまにしか来ないくせに、わたしと使用人たちを仲良くさせようとか妙な気を起こされても困る。

「使用人たちがどう思っているかはともかく、わたくしはこの状況に不満はございません。要領が悪くて申し訳ありません。今日はもう休みますね。おやすみなさいませ」
 余計なことを言われる前に逃げよう。

 早く王都に帰ってくれないかしら。
 そう思いながら、まだ何かを言いたそうな顔をしている旦那様を置いてその場を離れ、足早に自室に入ったのだった。

 そして翌日、朝食の席で旦那様から厄介なことを提案されてしまった。
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