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「うわ、びっくりした。こんにちは」
家族以外の人の出入りもある家だからと聞いているけれど、ここへ来るたびにこの子を見かける。
年齢が6歳ぐらいで、白いポロシャツに黒い半ズボン。手には細い棒を持っている。
話すのはこれがはじめてだ。
「なにしてるの?」
座ったまま体ごとその男の子のほうに向き直った。
「わたしは浮島あかりです。藤堂君とM高で同じクラスなんだよ。今日は藤堂君から書道の墨をもらいにきたの。あなたのお名前は?」
高校は代休だけど今日は月曜日だ。
普通なら保育園か小学校に行っているはずの時間帯だけど……。
「マモル」
「マモル君かあ。藤堂君の弟なんだよね?」
どんな漢字で「マモル」なのか聞いても、この年齢だとちょっと答えられないかもしれない。
名字は教えてくれなかったけど、たぶん藤堂君の年のはなれた弟なんだろうと思う。
「弥一のこと?」
「うん、藤堂弥一君のこと」
ほかにも兄弟がいるんだろうか。
「なんで弥一のこと、弥一って呼ばないの?」
「ええっとそれは……向こうもわたしのこと『浮島さん』って呼ぶし、なれなれしく下の名前で呼び合うほど親しくないっていうか……」
どう説明すればいいんだろう。
マモル君はお友達みんなを下の名前で呼んでいたりするの?
しどろもどろになりながら説明する。
「マモル君はお兄ちゃんのことを『弥一』って呼び捨てにするんだね」
もしもわたしの弟の陽介がわたしのことを「おねえちゃん」ではなく「あかり」と呼び捨てにしたら、
「生意気な呼びかたするんじゃないわよ」
と、はったおすかもしれない。
「弥一が『弥一』って呼んでほしいって言ってた」
なるほど、藤堂君がそう呼ばせているのか。
そう納得しかけたときに、マモル君が不可解なことを言いはじめた。
「1回だけしか呼んでもらってないって」
「え……?」
だれの話をしているの?
「浮島さんに1回だけしか『弥一』って呼んでもらってないって」
ええっ! わたしの話だったの!?
びっくりしながら、藤堂君のことを「弥一」と呼んだことなんてあったっけ? と記憶をたどると、たしかに一度だけそう呼んだことを思い出した。
藤堂君とふたりではじめてこの藤宮神社を訪れたときだ。
妖の言葉をそのまま伝えたんだっけ。
「弥一の背中は居心地が良くて、そこでゆっくり癒されているらしいよ」
って。
あのとき藤堂君は「いきなり下の名前で呼ぶなよ」とか言ってなかったっけ?
そしてそのあとわたしの名前を聞いてきて、妖たちに「あかりって呼べ」とか言ったんだよね。
あのやりとりのどこがどうなって、下の名前で呼んでほしいってことになるのかよくわからない。
「そこんとこ、もっとくわしく教えて!」
座ったままマモル君ににじり寄ったとき、藤堂君が「おまたせ」と言ってもどってきた。
振り返ると、箱入りの墨を数個手に持った藤堂君が立っていて首をかしげている。
「だれかいた? それとも大きな独り言《ごと》?」
独り言って何言ってんの、マモル君がすぐそこにいるのに。
そう思いながら視線を藤堂君からマモル君のほうへもどすと、つい数秒前までマモル君が立っていたはずの畳にはだれもいない。
「あれ? おかしいな。藤堂君って、弟がいるよね?」
もしかして……。
イヤな予感が当たっていませんようにと思いながら、藤堂君がわたしの質問にうなずいてくれるのを期待したけれど、それはあっさり打ち砕かれた。
「弟? いないよ。俺、ひとりっ子だから」
ああ、なんてことだ。
背中がゾクリとふるえた。
家族以外の人の出入りもある家だからと聞いているけれど、ここへ来るたびにこの子を見かける。
年齢が6歳ぐらいで、白いポロシャツに黒い半ズボン。手には細い棒を持っている。
話すのはこれがはじめてだ。
「なにしてるの?」
座ったまま体ごとその男の子のほうに向き直った。
「わたしは浮島あかりです。藤堂君とM高で同じクラスなんだよ。今日は藤堂君から書道の墨をもらいにきたの。あなたのお名前は?」
高校は代休だけど今日は月曜日だ。
普通なら保育園か小学校に行っているはずの時間帯だけど……。
「マモル」
「マモル君かあ。藤堂君の弟なんだよね?」
どんな漢字で「マモル」なのか聞いても、この年齢だとちょっと答えられないかもしれない。
名字は教えてくれなかったけど、たぶん藤堂君の年のはなれた弟なんだろうと思う。
「弥一のこと?」
「うん、藤堂弥一君のこと」
ほかにも兄弟がいるんだろうか。
「なんで弥一のこと、弥一って呼ばないの?」
「ええっとそれは……向こうもわたしのこと『浮島さん』って呼ぶし、なれなれしく下の名前で呼び合うほど親しくないっていうか……」
どう説明すればいいんだろう。
マモル君はお友達みんなを下の名前で呼んでいたりするの?
しどろもどろになりながら説明する。
「マモル君はお兄ちゃんのことを『弥一』って呼び捨てにするんだね」
もしもわたしの弟の陽介がわたしのことを「おねえちゃん」ではなく「あかり」と呼び捨てにしたら、
「生意気な呼びかたするんじゃないわよ」
と、はったおすかもしれない。
「弥一が『弥一』って呼んでほしいって言ってた」
なるほど、藤堂君がそう呼ばせているのか。
そう納得しかけたときに、マモル君が不可解なことを言いはじめた。
「1回だけしか呼んでもらってないって」
「え……?」
だれの話をしているの?
「浮島さんに1回だけしか『弥一』って呼んでもらってないって」
ええっ! わたしの話だったの!?
びっくりしながら、藤堂君のことを「弥一」と呼んだことなんてあったっけ? と記憶をたどると、たしかに一度だけそう呼んだことを思い出した。
藤堂君とふたりではじめてこの藤宮神社を訪れたときだ。
妖の言葉をそのまま伝えたんだっけ。
「弥一の背中は居心地が良くて、そこでゆっくり癒されているらしいよ」
って。
あのとき藤堂君は「いきなり下の名前で呼ぶなよ」とか言ってなかったっけ?
そしてそのあとわたしの名前を聞いてきて、妖たちに「あかりって呼べ」とか言ったんだよね。
あのやりとりのどこがどうなって、下の名前で呼んでほしいってことになるのかよくわからない。
「そこんとこ、もっとくわしく教えて!」
座ったままマモル君ににじり寄ったとき、藤堂君が「おまたせ」と言ってもどってきた。
振り返ると、箱入りの墨を数個手に持った藤堂君が立っていて首をかしげている。
「だれかいた? それとも大きな独り言《ごと》?」
独り言って何言ってんの、マモル君がすぐそこにいるのに。
そう思いながら視線を藤堂君からマモル君のほうへもどすと、つい数秒前までマモル君が立っていたはずの畳にはだれもいない。
「あれ? おかしいな。藤堂君って、弟がいるよね?」
もしかして……。
イヤな予感が当たっていませんようにと思いながら、藤堂君がわたしの質問にうなずいてくれるのを期待したけれど、それはあっさり打ち砕かれた。
「弟? いないよ。俺、ひとりっ子だから」
ああ、なんてことだ。
背中がゾクリとふるえた。
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