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「花子さん、ありがとう」
 お礼を言うと、花子さんは照れくさそうに笑った。
 
「それで、ついでといっちゃなんだけど、ドアが閉まっているあの個室に誰かいるかわかる?」

 花子さんは3番目のドアの前に立つと、ドアをゆっくり押した。
『ドアがこわれてるみたい』

 なんだ、それだけか。
 もう、おどかさないでよ。

「花子さん、ありがとう」
 もう一度お礼を言うと、今度はうれしそうに笑う顔がなんともかわいらしい。

「これからもいたずらっ子のカイナデからトイレの平和を守ってね」
 冗談半分にそう言ったつもりだったのだけど、花子さんはぱあっと顔を輝かせて大きくうなずいた。

『うん、わかった! じゃあ今日からあたし、このトイレを守るね!』

 いや、ちょっと待って。
 それだいじょうぶなの? だってトイレの花子さんだよ?

 女子トイレを出て藤堂君に事情を話すと、彼はハッとしたようにわたしを見つめた。

「まさか、この山からカイナデを引っこ抜いたのも、無防備に背中を向けて襲わせたのもわざとか。そして花子さんにミッションを与えてトイレに戻す。やっぱり浮島さんはすごいな」

 ちがうから! そんなこと狙ってないから!

 すぐに否定したかったのに、ほかの花子さんたちが騒ぎはじめた。
『あたしも!』
『あたしも役に立ちたいな』
『ねえ、あかり。ミッションは?』

 偶然とはいえ、これはたしかに藤堂君からトイレの花子さんたちをはがすチャンスだ。
「じゃあ、3階と4階にあと3か所トイレがあるから、それぞれ一か所ずつ担当してトイレの平和を守るっていうのはどうかな」
 
 この提案に残り3人の花子さんたちは大喜びして、それぞれの担当トイレへと向かっていったのだった。
 
 昨日のタマちゃんのような死者の霊は成仏させてあげるのが一番だけど、闇落ちして人間にひどい悪さをする妖の場合は、清らかな心を取りもどしたら元の場所に帰るのが一番なんだろうと思う。

「トイレの花子さんの居場所はやっぱり、学校のトイレなんだね」
「そういうことだな」

 トイレの花子さん騒動というハプニングはあったものの無事トイレットペーパーの点検を終えたあと、事務室に寄って3階東側の女子トイレのドアがこわれていることを事務員さんに伝えてから学校を出た。

 
 結局今日も、藤堂君と一緒に自転車で下校することになった。

 ちょうどいい機会だから、花子さんたちの前では言えなかったことを聞いてみることにした。
「あの花子さんたち、また闇落ちして生徒たちを怖がらせる存在になったりしないよね?」

 すると藤堂君は、いい質問だと言ってくちびるのはしっこをにやりと上げる。
「俺さあ、カイナデとトイレの花子さんの関係でずっと考えていたことがあるんだけど、ちょっと、うち寄って行かね?」
「はあっ!?」
 またわたしに何かやらせる気?

 断る気まんまんのわたしの表情に気づいたのか、藤堂君があわててつけ加える。
「物理の宿題も一緒にやろうぜ」
「くっ……おねがいします」

 物理ほど苦手な科目はない。
 今日の物理の授業で、先生が黒板に書く数式の意味がさっぱり理解できなくてぽかんとながめていたのを藤堂君に見られていたのかもしれない。
 
 あっけなく決着がついて、藤堂君はしてやったりという顔でまたにやりと笑ったのだった。

 
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