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わたし、浮島あかりは生まれつき不思議なものが見えてしまう体質だ。
母方のひいおばあちゃんがそういう体質だったらしい。
だからお母さんは、幼いわたしが何もないはずの天井の隅っこに向かって「ばいばーい」と手を振っていても、見えない何かと笑いながら会話していても、遺伝しちゃったのねえと笑って見守ってくれていたという。
それが一変したのは、わたしが7歳の夏のことだった。
両親と弟といっしょに家族旅行で海水浴をしたときのこと、わたしは見知らぬ同じぐらいの年の女の子と意気投合して砂の山を作ったり貝がら拾いをして遊んだ。
「ねえ、一緒に泳ごうよ」
その子に手を引かれて一緒に海に入ると、もっと向こうへ行こうと誘われて手を繋いだまま二人でどんどん沖へと進んでいった。
波に足を取られそうになってずいぶん深い所まで来てしまったと気づいたわたしは顔を上げ、もどろうと言おうと思ったら手をつないでいたはずのその女の子がいつの間にかいなくなっていた。
あれ? と首をかしげた時、突然足を何かに強く引っ張られて海の中に引き込まれた。
足元を見ると、さっきまで手をつないでいたはずの女の子がわたしの足にしがみついていて、目が合うとニタアっと笑われた。
叫ぼうとして開いた口の中に大量の海水が入ってきて、このままじゃ溺れてしまうと思ったとき、わたしはライフセイバーのお兄さんに助けられた。
わたしの様子がおかしいと思って注意して見ていたらひとりで海に入っていくからあわてて助けに来てくれたらしい。
両親はその時、わたしがおとなしく砂遊びをしていると油断してまだ2歳だった弟の相手にかかりっきりになっていた。
ライフセイバーのお兄さんに抱きかかえられて家族の元へもどったわたしは、もうひとり、自分と同じぐらいの背格好の女の子がいたはずだ、溺れているかもしれないから早く助けてあげてほしいと懸命に訴えたのだけど、お兄さんは困った顔で笑いながら
「きみは確かにひとりだったよ」
と言ったのだ。
後から宿泊先の旅館のおかみさんに、お母さんが「今日海で娘が溺れそうになった」という話をしたら、あの海には昔溺れて亡くなった女の子の霊がすみついていて、数年に一度、似たような水難事故が起こるのだと聞かされたらしい。
お母さんはその日から変わってしまった。
海、川、沼、山など、この世ならざるものがすみついていそうな場所、事故が起こりそうな場所にわたしを決して連れて行かなくなり、とても神経質な母親になってしまったのだ。
わたしはそんなお母さんに少しでも安心してもらおうと、もう何も見えなくなったふりをするしかなかった。
「いつのまにか、なんにも見えなくなっていたの」
そう言うと、お母さんはホッとした様子で
「よかった」
と言った。
お母さんはきっと、わたしに霊だの妖だのという奇妙なものが見えていたのは10歳までだと信じているにちがいない。
だからわたしは、妖を山ほど背負っている藤堂君に決して近づいてはならないのだ。
そんなことを考えているうちに、委員決めのホームルームが終わろうとしていた。
最後に天野先生がしめくくる。
「では委員さんに決定した人たちは、来週月曜日の放課後に各委員会の顔合わせがありますので必ず出席してください」
近づきたくないっていうのに、どうすんの!?
母方のひいおばあちゃんがそういう体質だったらしい。
だからお母さんは、幼いわたしが何もないはずの天井の隅っこに向かって「ばいばーい」と手を振っていても、見えない何かと笑いながら会話していても、遺伝しちゃったのねえと笑って見守ってくれていたという。
それが一変したのは、わたしが7歳の夏のことだった。
両親と弟といっしょに家族旅行で海水浴をしたときのこと、わたしは見知らぬ同じぐらいの年の女の子と意気投合して砂の山を作ったり貝がら拾いをして遊んだ。
「ねえ、一緒に泳ごうよ」
その子に手を引かれて一緒に海に入ると、もっと向こうへ行こうと誘われて手を繋いだまま二人でどんどん沖へと進んでいった。
波に足を取られそうになってずいぶん深い所まで来てしまったと気づいたわたしは顔を上げ、もどろうと言おうと思ったら手をつないでいたはずのその女の子がいつの間にかいなくなっていた。
あれ? と首をかしげた時、突然足を何かに強く引っ張られて海の中に引き込まれた。
足元を見ると、さっきまで手をつないでいたはずの女の子がわたしの足にしがみついていて、目が合うとニタアっと笑われた。
叫ぼうとして開いた口の中に大量の海水が入ってきて、このままじゃ溺れてしまうと思ったとき、わたしはライフセイバーのお兄さんに助けられた。
わたしの様子がおかしいと思って注意して見ていたらひとりで海に入っていくからあわてて助けに来てくれたらしい。
両親はその時、わたしがおとなしく砂遊びをしていると油断してまだ2歳だった弟の相手にかかりっきりになっていた。
ライフセイバーのお兄さんに抱きかかえられて家族の元へもどったわたしは、もうひとり、自分と同じぐらいの背格好の女の子がいたはずだ、溺れているかもしれないから早く助けてあげてほしいと懸命に訴えたのだけど、お兄さんは困った顔で笑いながら
「きみは確かにひとりだったよ」
と言ったのだ。
後から宿泊先の旅館のおかみさんに、お母さんが「今日海で娘が溺れそうになった」という話をしたら、あの海には昔溺れて亡くなった女の子の霊がすみついていて、数年に一度、似たような水難事故が起こるのだと聞かされたらしい。
お母さんはその日から変わってしまった。
海、川、沼、山など、この世ならざるものがすみついていそうな場所、事故が起こりそうな場所にわたしを決して連れて行かなくなり、とても神経質な母親になってしまったのだ。
わたしはそんなお母さんに少しでも安心してもらおうと、もう何も見えなくなったふりをするしかなかった。
「いつのまにか、なんにも見えなくなっていたの」
そう言うと、お母さんはホッとした様子で
「よかった」
と言った。
お母さんはきっと、わたしに霊だの妖だのという奇妙なものが見えていたのは10歳までだと信じているにちがいない。
だからわたしは、妖を山ほど背負っている藤堂君に決して近づいてはならないのだ。
そんなことを考えているうちに、委員決めのホームルームが終わろうとしていた。
最後に天野先生がしめくくる。
「では委員さんに決定した人たちは、来週月曜日の放課後に各委員会の顔合わせがありますので必ず出席してください」
近づきたくないっていうのに、どうすんの!?
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