上 下
68 / 75
9皿目 霧の中のトルティーヤ

(4)

しおりを挟む
 霧耐性は、濃い霧に包まれてもある程度の視界や方向感覚を確保できるバフだ。
「落ち着いて離れないように。武器は大きく振り回さないようにな」
 ハリスが冷静に告げる。
 コハクがリリアナの足元に寄り添ってくれた。

 その時、突然テオが叫んだ。
「リリアナ! いるか!?」
「ここにいるわよ」
 テオはリリアナの横に立っていたが、顔はリリアナがいる方向とは逆を向いている。
 そこまではわかるが、テオがどうしてそんな確認をしたのか理由がわからない。
 
 テオの袖を掴もうとした時だった。
「じゃあ、おまえ誰だよ! あ、待てコラ!」
 リリアナの手は空を切り、テオが濃い霧の中へ駆け出していく。

「どこに行くの、待って!」
 追いかけていこうとしたリリアナの腕をハリスが強く掴む。
「待て! 勝手に行くな!」
 叱責されてリリアナは冷静さを取り戻した。ここでリリアナまで離れたらそれぞれ迷子になってしまう。

「テオー! 戻ってらっしゃい!」
 大声で呼んでみたものの返事はなく、もう足音も聞こえない。
 試しにテオが走っていった方向へ魔法で閃光弾を放ってみたが、光は乱反射して霧に吸い込まれテオの姿は見えなかった。

 ******
(テオ視点)

「オイ! 待てよっ!」
 テオはハリスの言っていた注意事項を完全に無視して、人影を追い続ける。

 リリアナたちとともに歩き出そうとした時、リリアナがいる右側とは反対方向、左側になにか気配を感じた。
 首を向ければ至近距離にエメラルドの双眸があったのだ。
 目が合うと、その双眸がパチパチと瞬きをした。まるっきりリリアナのように見える。しかし彼女は逆側にいるはずだ。
 名前を呼ぶとリリアナの返事が逆側から聞こえる。
 じゃあ、これは誰だ?
 ジョセフの容姿は、ネイビーブルーの目にダークブラウンの髪だと聞いているから別人だろう。
 
「じゃあ、おまえ誰だよ!」
 謎のエメラルドの目がくすっとわらったように細められ、離れていこうとする。一瞬ハニーブロンドの髪が見えた。
「あ、待てコラ!」
 迷わず追いかけた。
 魔物がリリアナに化けているんだろうか。誘っているなら乗ってやろうじゃねーか!

 追いかけているうちに霧が薄くなり、怪しい人物の後ろ姿がくっきり見えるようになった。
 長い髪を後ろでまとめたハニーブロンド、冒険服、マジックポーチを腰に着けている姿は、やはりどう見てもリリアナだ。
「オイ!」
 もう一度呼びかけると、偽のリリアナは立ち止まってテオを振り返った。

 テオは斧を振るおうとして逡巡する。彼女がにっこり笑ったからだ。
「リリアナ……?」
 もしも本物のリリアナだったらどうする?
 戸惑って斧を下ろしたテオに向かって、リリアナがとびきりの笑顔で駆け寄ってきた。
 そして、そのまま顔を近づけて唇同士が触れそうになった時――。

「はい、そこまでー!」
 突然横から割り込んできた男の声とともにテオの視界が霧に包まれる。
「うわっ!」
 驚いて後ろへ飛び退いた。

「火ですよ、火! あれは霧の魔物です。物理攻撃はききません。火でやっつけてください!」
 テオの首にしがみつくようにまとわりつく濃い霧が男の声でしゃべりつづける。
「火? 魔法使えねーし!」
 すると霧がため息をついた。
「ですよねえ。あなたどう見ても脳筋だし」
「うるせえ、知るか!」

 再びリリアナの姿をした霧の魔物が迫ってくる。
 テオは慌ててセーフティーカードを取り出すと地面に置いた。招かざる者をシャットアウトする結界が張られ、霧の魔物はテオに近寄れなくなった。
 テオの首にまとわりついている謎の霧は、成り行きで一緒に結界内へ入ってしまったが。

「それで? あんた誰?」
 男の声の霧はおぼろげながら人の形をしている。
「私はジョセフと言いまして……」
「ああ、ジョセフか! あんたのこと探してたんだよ。俺はテオ」
 テオがジョセフの言葉を遮って、手をポンと打つ。
「つーか、なんで霧になってんだ?」
「それはですね――」
 ジョセフが霧になってしまった経緯を語り始めた。

 ジョセフが仲間と一緒にこのエリアを訪れた時、濃い霧に包まれたと思ったら突然、目の前に故郷で暮らす娘が現れたという。
 こんな場所に娘がいるはずがない。
 そう思いながらも追いかけずにはいられなかった。娘が立ち止まり、かわいらしい笑顔で抱き着いてキスしてきた。
 そして娘の唇から吐き出される霧を吸った瞬間、自分も霧になっていたらしい。

「霧になっちゃったんで指輪が抜け落ちて、帰れなかったんですよ! 一応、拠点には戻ってみたんですけどね、霧のままだと門へ帰還させてもらえなくって」
 なるほど、そういうことだったのかとテオは頷いた。
「チャーリーたちが何度か探しにきたみたいだが、会えなかったのか?」

 ジョセフは大きなため息を吐く。
「会えましたよ。でも話しかけても注意を引こうとしても無反応だったんです。私、まだいっぱしの霧にはなりきれていなかったんでしょうね、ハハハ」
 どうにも能天気な男だなと思いながら、テオの頭にふとした疑問が浮かぶ。
「いっぱしの霧は、人間と会話できるのか?」
「私の声が届いて会話できたのは、テオさんが初めてですよ! どういう能力です?」

 霧と会話できるスキルなど持ち合わせていない。
 ということは、霧耐性アップのバフのおかげかもしれない。
「バフが切れたらもう会話できなくなるかもしんねえから、いまのうちに言っときたいこと全部教えろ」
「ええっ!?」
 会話できる冒険者を見つけて安堵し、くつろぎモードになっていたジョセフが慌てはじめた。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...