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9皿目 霧の中のトルティーヤ

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「ねえ、先生。カエルをそのまんま煮たり焼いたりしないわよね?」
 おそるおそる尋ねるリリアナに、ハリスはくくっと笑う。
「安心しろ、わからないようにするから」

 昆虫型の魔物だけでなく、ヘビ、トカゲ、カエルのようなゲテモノ系全般が苦手なリリアナだ。できれば遭遇したくないし戦いたくない。ましてしょくすだなんてもってのほかだ!と思っているが、このエリアの耐性バフがつくのならそうも言っていられない。
 ここへ来た第一の目的はジョセフの手がかりを見つけることなのだから。
 
 まさか、ひと抱えほどの大きさのあるカエルをそのまま姿煮や姿揚げにはしないだろうと思ってはいるが、念のためカエルの肉だとわからないようにしてほしいと懇願するぐらいは許されるだろう。

 リリアナは毒カエルを捌くハリスに背を向け、マンドラゴラの調理にとりかかる。まずは真水でもう一度よく洗って泥をしっかり落とすところからだ。
 
「毒は爪だけなのか?」
 テオは毒ガエルに興味津々の様子でハリスの横にいる。
「前肢と内臓は食べないほうがいい」
 毒ガエルの爪は相手を麻痺させる弾丸や矢じりの材料になるため、なかなかいい値段で買い取ってもらえるらしい。

「テオ、小麦粉の生地を作ってもらえるか? 今日はトルティーヤだ」
 オオナマズの処理に取り掛かりはじめたハリスの指示にテオが頷く。
 テオを留守番させてマルド地方での潜入捜査を終えて帰ってきて以来、テオは積極的に調理を手伝うようになった。
 
 短気で不器用なテオに繊細な作業を任せることはできない。そこでテオには小麦粉をこねる作業から始めてもらったのだが、最近ではそれがすっかり板についてきた。
 小麦粉だけでなく家ではソバ粉をこねるのもテオに任せている。
 おかしいのは、調理する時に必ず花柄エプロンを身に着けることだ。本人曰く「気合を入れるため」らしい。ガーデンの中にもいつも持ち込むものだから、リリアナとハリスは最初のうち笑いをこらえるのに苦労した。
 
「美味しくなれ!って思いながらこねると、本当にそうなるんだ」
 先日、テオの作ったソバパスタをとても美味しいと褒めたら、彼は得意げに笑った。
「主食が干し肉だった野生児がそんなことを言うだなんて!」
 感激したリリアナが思わずテオの頭を撫でると、
「子供扱いすんじゃねえ!」
と顔を真っ赤にしていたのは、照れ隠しだろうか。
 リリアナは隣で小麦粉に水とオリーブオイルを混ぜるテオの横顔をチラリと見て、思い出し笑いをかみ殺す。
 
 テオが麺棒で丸く薄く伸ばした生地をフライパンで両面焼く。トルティーヤ生地の完成だ。
 焼き上がった生地をそのまま置いておくと時間が経つにつれ乾燥して硬くなってしまう。それを防ぐために通常ならば具が完成するまで布巾をかぶせておかないといけない。しかし湿度の高いこのエリアでは不要だ。

 リリアナがマンドラゴラの体を薄く切って、トルティーヤの上にのせていく。それを終えると今度は、ハリスが捌いてくれたオオナマズの身をひと口大に切ってフリッター作りに取り掛かった。

 毒ガエルの調理はすべてハリスにお任せだ。
「ナマズとカエルは両方とも味が淡白だから、カエルの方は香味炒めにするか」
 その言葉だけでお腹の虫が騒ぎ始めたリリアナは、ナマズを揚げながらチラリとハリスに視線を向けた。
 カエル肉の見た目は鶏肉によく似ている。ハリスはカエル肉を細長く切り、マンドラゴラの葉の部分も同じように切ると、あらかじめ熱しておいたフライパンへと放り込む。

 フライパンからジュウジュウ大きなと白い湯気が上がり、ハリスが豪快に鍋振りしながら炒めている。
 あまり見惚れている場合ではない。カエルの香味炒めがあっという間に完成しそうだ。
 早くナマズのフリッターも完成させてトルティーヤを食べたい!
 リリアナは気合を入れ直してナマズを揚げ続けた。

 
「いただきまーす!」
 リリアナは具材を全て包み込むようにくるりと巻いて、大きく口を開けトルティーヤにかぶりついた。
 もちもちでやわらかい生地の次にシャキッとした歯ごたえのマンドラゴラのスライスの食感がくる。中心のナマズはふっくらと、カエルはプリプリしていて色々な食感が楽しい。
 ハリスの言った通りナマズとカエルはどちらも淡白な白身魚のような味わいだが、脂はしっかりのっている。カエルは香味炒めにして正解だったと思う。ナマズのフリッターとカエルの香味炒めが絶妙に調和して、ジューシーな旨味が口いっぱいにあふれ出た。
 泥臭さはまったくなくて、カエルの味付けに使ったガーリックパウダーとチリパウダーの香りが食欲を掻き立てる。
 
 コハク用のトルティーヤは、外側をサッと炙ったナマズとカエル肉を巻いた。
 それをコハクが美味しそうに食べる様子に満足しながら最後のひと口を飲み込むと、リリアナはまたトルティーヤに手を伸ばす。
「どうしよう、美味しくて止まらないわ」
「いつものことだろ。『カエルなんてイヤよっ!』って言ってたくせに」
 リリアナをからかうテオは、すでに2本目を食べている途中だ。
 
「本当はイヤよ、カエルも虫も。でも料理の見た目でそれってわからなければ美味しく食べられるみたいね」
 リリアナは今回、毒々しい模様の気持ち悪い毒ガエルを美味しく食べられたことで、料理の見た目の大切さを再認識した。
 すると黙ってトルティーヤを食べていたハリスが口を挟む。
「でもゲテモノ料理っていうのは、あえて姿焼きとか姿揚げにして楽しみたいっていう風潮もあるからな。人によって『ゲテモノ』の基準もまちまちだし」

 そう言われてみるとたしかに、魚の串焼きや姿揚げだって「怖い」「気持ち悪い」と思う人がいるかもしれない。
「人によってダメな基準が違うから、個々に料理の見た目を変えられるような魔法があればいいってことかしら?」
 リリアナが何気なく発したひと言で、ハリスは首を僅かに傾げてなにか考えるようにトルティーヤにかじりついていた。
 
 ほどよくくつろぎ、泥と霧の耐性アップバフもついたところでジョセフの捜索を再開する。
 辺り一帯が濃い霧に包まれたのは、その直後のことだった。
 
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