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8皿目 アルミラージのホットスープ
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冒険者がいると悟られないようオウルベアが出てきそうな氷樹林の風下で、しかもかまくらの中で調理しているが、それでもなるべく短時間で終わらせたい。
そのためハリスは、アカニンジンにすぐに熱が通るよう薄く切ったようだ。
「辛み成分が出すぎて、刺激が強いかもしれないな」
たしかにスープだったら野菜がゴロっと入っている方が食べ応えがあるし、時間をかけてじっくり煮込んだ方が味が良くしみて美味しい。
「時間を短縮して早く火を通す方法はないのかしら。 魔法は?」
炎系の魔法を使うという手もあるが、加減を間違うと黒焦げにしてしまいそうだ。今度、レオナルド魔道具商会で調理系の魔導書がないか探してみようと考えるリリアナに、ハリスがおもしろいことを教えてくれた。
「鍋の圧力を高めれば中が高温になって一気に加熱できるんだが……」
「じゃあ、重力魔法ね?」
重力魔法とは対象の周囲の重力を操作する魔法で、重くすれば敵を足止めすることができ、軽くすれば高く滞空時間の長いジャンプができる。熟練した上級者になれば、空を飛ぶことも可能だ。
「ただなあ」
鍋をかき混ぜるハリスは歯切れ悪く言う。
「昔、試した時に魔法を止めた途端に鍋の蓋が吹っ飛んで、中身も全部吹きこぼれた。その挙句ヤケドして、それ以来やってない」
ハリス先生も、そんな大失敗することがあるのね!?
しかし、頬についた芋のかけらを食べてみたところ、驚くほどやわらかくて味もしっかりしみていたらしい。
リリアナがその時の惨状を想像しているうちに、料理が完成した。
ハリスはどういうわけか、アルミラージの肉団子スープを2つ用意した。見た目はどちらも同じだ。
食べ比べてみろと言われて、リリアナとテオはふたつの皿を交互に食べてみる。
具材は肉団子とアカニンジンのみで、スープに使用しているだしや香辛料も同じ。アカニンジンの色がほんのり移った赤いスープの色味も変わりない。
アルミラージの肉は脂身が少なく、鶏のささ身に似た淡白な味わいだった。
茹でてもパサつくことはなくふっくらしている。よく味わうとどことなく獣臭さを感じるが、強めにきかせた臭み消しの香辛料との相性が良く、むしろそれがクセになる。
アカニンジンの辛みがしみ出たスパイシーなスープは、アルミラージの旨味も含んでいるため飲みやすい。
間違いなく美味しい。
心地よい温かさに思わず笑みがこぼれる。
次に、もう片方のスープを食べてみた。
肉団子を口に含んだところまでは最初のスープと同じだと思ったが、噛むにつれて獣臭さが増していく。食べられたものではないというほどではないが、正直言って臭みが強くて不味い。
「なんだか臭いわ」
「だな」
テオも同様の感想を持ったようだ。
リリアナはハリスがふたつの鍋を同じ工程で調理しているのを見ていたから、そこで味の差がついたわけではない。香辛料の加減も同じように感じた。
ということは、個体差だろうか。
「最初から片方のアルミラージは美味しくて、もう片方は臭かったってこと?」
ハリスが頷く。
「そうだ。臭みが残っていたのは、テオが仕留めたアルミラージだ。なにが違ったかわかるか?」
「知らね」
テオは自分の仕留め方にケチをつけられたと思ったのか憮然としている。それにあの時、すぐにアルミラージを追いかけていったから、ハリスがどうやって倒したのかテオは知らないだろう。
「追いかけまわさずに手早く仕留めた方がいいってことかしら」
あの時ハリスは、おろし金を投げてアルミラージを失神させた後にひと刺しで仕留めていた。
「その通りだ」
ハリスが満足げに口角を上げる。
「追いかけまわされてストレスがかかると、肉が不味くなる生き物がいるんだ。捕食する側がこの肉は不味いと認識すれば餌にされなくなるだろうっていう防衛本能なんだろうな」
ハリスの説明を聞いて、なるほどと頷くリリアナだった。
臭みの残るスープは、はぐれて遭難したりホワイトアウトで動けなくなるような万が一の非常食となるように密閉容器に入れてそれぞれのマジックポーチに入れ、残りのスープを食べながらオウルベアがやってくるのを待った。
アルミラージの肉団子スープで体が芯から温まり、さらにはかまくらの中でコハクがリリアナに寄り添ってくれているため、寒さが全く気にならない。
「こんなに快適なら、このままここで一泊してもいいかも!」
そんな冗談も飛び出すなごやかな雰囲気でくつろいでいた時、氷樹林からなにかがゆっくり出てくるのが見えた。
三人が息をのんでじっと目を凝らす。
雪と同じ真っ白な巨体。金色の目が光っている。
大当たりのホワイトオウルベアだ!
ハリスが絶対に飛び出すなよとでも言いたげに、腕を横に伸ばしてテオを制している。
オウルベアは、かまくらに隠れて様子をうかがっている三人に気付くことなく、ゆっくりとアルミラージの皮を置いた岩に近づいてきた。
拘束魔法をかけるには距離がありすぎる。ならばさっき話題に上がったこの魔法だろう。
ハリスが手で合図を出したところで重力魔法を放つ。
オウルベアの動きがぎこちなくなった。
「よし! うまくかかった!」
リリアナの弾んだ声を聞いてハリスとテオが飛び出していく。
三人の魔法と物理攻撃の連携で、オウルベアを簡単に仕留めることができた。
事前にハリスが口を酸っぱくしてテオに言い聞かせていたこともあり、綺麗な白い毛皮を極力傷つけずかつ汚さずに倒した。
さっそくその場で解体作業が始まる。
「雲行きが怪しくなってきたな」
テオの声で、作業を手伝っていたリリアナが顔を上げる。
たしかに空模様がどんよりしてきた。
「急ごう。テオは荷物を片付けてきてくれ」
「わかった」
テオがかまくらへ駆け出していく。
ハリスの手の動きがさらに早まり、リリアナも気を引き締めてそれをフォローする。
かまくらでオウルベア鍋を食べるのを楽しみにしていたが、早くガーデン入り口まで戻ったほうがよさそうだ。
安全地帯で調理して、またリストランテ・ガーデンに肉を少しおすそ分けしてもいいかもしれない。
この時のリリアナは、その程度の危機感しか抱いていなかった。
そのためハリスは、アカニンジンにすぐに熱が通るよう薄く切ったようだ。
「辛み成分が出すぎて、刺激が強いかもしれないな」
たしかにスープだったら野菜がゴロっと入っている方が食べ応えがあるし、時間をかけてじっくり煮込んだ方が味が良くしみて美味しい。
「時間を短縮して早く火を通す方法はないのかしら。 魔法は?」
炎系の魔法を使うという手もあるが、加減を間違うと黒焦げにしてしまいそうだ。今度、レオナルド魔道具商会で調理系の魔導書がないか探してみようと考えるリリアナに、ハリスがおもしろいことを教えてくれた。
「鍋の圧力を高めれば中が高温になって一気に加熱できるんだが……」
「じゃあ、重力魔法ね?」
重力魔法とは対象の周囲の重力を操作する魔法で、重くすれば敵を足止めすることができ、軽くすれば高く滞空時間の長いジャンプができる。熟練した上級者になれば、空を飛ぶことも可能だ。
「ただなあ」
鍋をかき混ぜるハリスは歯切れ悪く言う。
「昔、試した時に魔法を止めた途端に鍋の蓋が吹っ飛んで、中身も全部吹きこぼれた。その挙句ヤケドして、それ以来やってない」
ハリス先生も、そんな大失敗することがあるのね!?
しかし、頬についた芋のかけらを食べてみたところ、驚くほどやわらかくて味もしっかりしみていたらしい。
リリアナがその時の惨状を想像しているうちに、料理が完成した。
ハリスはどういうわけか、アルミラージの肉団子スープを2つ用意した。見た目はどちらも同じだ。
食べ比べてみろと言われて、リリアナとテオはふたつの皿を交互に食べてみる。
具材は肉団子とアカニンジンのみで、スープに使用しているだしや香辛料も同じ。アカニンジンの色がほんのり移った赤いスープの色味も変わりない。
アルミラージの肉は脂身が少なく、鶏のささ身に似た淡白な味わいだった。
茹でてもパサつくことはなくふっくらしている。よく味わうとどことなく獣臭さを感じるが、強めにきかせた臭み消しの香辛料との相性が良く、むしろそれがクセになる。
アカニンジンの辛みがしみ出たスパイシーなスープは、アルミラージの旨味も含んでいるため飲みやすい。
間違いなく美味しい。
心地よい温かさに思わず笑みがこぼれる。
次に、もう片方のスープを食べてみた。
肉団子を口に含んだところまでは最初のスープと同じだと思ったが、噛むにつれて獣臭さが増していく。食べられたものではないというほどではないが、正直言って臭みが強くて不味い。
「なんだか臭いわ」
「だな」
テオも同様の感想を持ったようだ。
リリアナはハリスがふたつの鍋を同じ工程で調理しているのを見ていたから、そこで味の差がついたわけではない。香辛料の加減も同じように感じた。
ということは、個体差だろうか。
「最初から片方のアルミラージは美味しくて、もう片方は臭かったってこと?」
ハリスが頷く。
「そうだ。臭みが残っていたのは、テオが仕留めたアルミラージだ。なにが違ったかわかるか?」
「知らね」
テオは自分の仕留め方にケチをつけられたと思ったのか憮然としている。それにあの時、すぐにアルミラージを追いかけていったから、ハリスがどうやって倒したのかテオは知らないだろう。
「追いかけまわさずに手早く仕留めた方がいいってことかしら」
あの時ハリスは、おろし金を投げてアルミラージを失神させた後にひと刺しで仕留めていた。
「その通りだ」
ハリスが満足げに口角を上げる。
「追いかけまわされてストレスがかかると、肉が不味くなる生き物がいるんだ。捕食する側がこの肉は不味いと認識すれば餌にされなくなるだろうっていう防衛本能なんだろうな」
ハリスの説明を聞いて、なるほどと頷くリリアナだった。
臭みの残るスープは、はぐれて遭難したりホワイトアウトで動けなくなるような万が一の非常食となるように密閉容器に入れてそれぞれのマジックポーチに入れ、残りのスープを食べながらオウルベアがやってくるのを待った。
アルミラージの肉団子スープで体が芯から温まり、さらにはかまくらの中でコハクがリリアナに寄り添ってくれているため、寒さが全く気にならない。
「こんなに快適なら、このままここで一泊してもいいかも!」
そんな冗談も飛び出すなごやかな雰囲気でくつろいでいた時、氷樹林からなにかがゆっくり出てくるのが見えた。
三人が息をのんでじっと目を凝らす。
雪と同じ真っ白な巨体。金色の目が光っている。
大当たりのホワイトオウルベアだ!
ハリスが絶対に飛び出すなよとでも言いたげに、腕を横に伸ばしてテオを制している。
オウルベアは、かまくらに隠れて様子をうかがっている三人に気付くことなく、ゆっくりとアルミラージの皮を置いた岩に近づいてきた。
拘束魔法をかけるには距離がありすぎる。ならばさっき話題に上がったこの魔法だろう。
ハリスが手で合図を出したところで重力魔法を放つ。
オウルベアの動きがぎこちなくなった。
「よし! うまくかかった!」
リリアナの弾んだ声を聞いてハリスとテオが飛び出していく。
三人の魔法と物理攻撃の連携で、オウルベアを簡単に仕留めることができた。
事前にハリスが口を酸っぱくしてテオに言い聞かせていたこともあり、綺麗な白い毛皮を極力傷つけずかつ汚さずに倒した。
さっそくその場で解体作業が始まる。
「雲行きが怪しくなってきたな」
テオの声で、作業を手伝っていたリリアナが顔を上げる。
たしかに空模様がどんよりしてきた。
「急ごう。テオは荷物を片付けてきてくれ」
「わかった」
テオがかまくらへ駆け出していく。
ハリスの手の動きがさらに早まり、リリアナも気を引き締めてそれをフォローする。
かまくらでオウルベア鍋を食べるのを楽しみにしていたが、早くガーデン入り口まで戻ったほうがよさそうだ。
安全地帯で調理して、またリストランテ・ガーデンに肉を少しおすそ分けしてもいいかもしれない。
この時のリリアナは、その程度の危機感しか抱いていなかった。
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