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閑話 テオの留守番とキングマンドラゴラ
(1)
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「ちっくしょう! ぬあぁにが修行だ、ただの家事じゃねーかっ!」
テオはリリアナから受け取った便箋をテーブルにたたきつけた。
そこには、少しクセのある丸っこい文字で【テオの修行メニュー】という見出しが書かれ、その下には留守番中にやる家事の一覧が記されている。
食事を自分で作ることに関しては、まあいい。実際、留守番中は料理に挑戦しようと思っていたところだ。
しかし庭の草むしりや建付けの悪いドアの修理、床磨き、水回りの掃除を押し付けられたのには納得いかない。
おまけにやり方もわからない。
ガーデンでは身分や出自は一切関係ないし、テオはそういったものをひけらかす性格でもない。
しかし実のところテオはウォーリアの里の首長の息子で、それなりにいい暮らしをさせてもらっていた。つまり、家事はまったくの未経験者なのだ。
「こんなのやってられっか!」
便箋を破こうとしたところでふと、砥石をもらう約束をしたことを思い出した。
ハリス愛用の武器であり調理道具でもある出刃包丁は、恐ろしいまでに切れ味がいい。その秘密は砥石にあると踏んでいる。
あの砥石で自分の斧を研いでみたい。
「ん~~っ!」
ひとしきり頭を掻きむしって悩んだ末に、リリアナが残した修行メニューをこなす決意をした。
「こんなの1日で終わらせてやるぜ!」
テオはこぶしを握り締めた。
庭の草むしりは順調にこなした。
しっかり根付いた雑草を引っこ抜くのはなかなかいい修行になると思ったぐらいだ。
ほどよい汗をかいた後、昼食作りにとりかかったところまでは順調だったのだが……。
「なんだよこの包丁、ちっとも切れねーな!」
ベーコンを焼いてバケットに挟んで食べるつもりだった。
ベーコンの塊を食べる分だけ薄切りにしてフライパンで焦げ目がつく程度に焼き、斜めにスライスしたバケットで挟む、それだけだ。いつもハリスやリリアナがやっている行程を見ているから作り方は知っている。
だから簡単にできると思っていたテオだったが、いざやってみるとなにもかもうまくいかない。
まずベーコンがうまく切れなかった。
ハリスはいつも、いとも簡単にスッと薄切りにしているはずなのに。
「まあ味は変わらねえだろ」
言い訳じみたことを呟きながら、分厚くなったり途中でちぎれたりしたベーコンをフライパンに並べて火にかける。
次にバケットをスライスしようとしたら、こっちはもっと厄介だった。外側は硬くて中が柔らかいバケットを、切るというよりは潰してちぎることしかできず、ボロボロの欠片を量産している。
おかしい。リリアナはいつもどうやってあんなにきれいに切っているんだろうか。
「まさか魔法か!?」
そう言った拍子に手元が狂い、バケットを押さえていた左手の人差し指を包丁で少々切ってしまった。
傷口を舐めているとなんだか焦げ臭い匂いがして、ベーコンを火にかけたまま忘れていたことに気付く。
ハッと振り返った時にはすでにベーコンは真っ黒に焦げ、フライパンから煙がモクモク立ち上っていた。
この日のテオの昼食は、ボロボロにちぎれたバケットと黒焦げベーコンというひどいもので、ちっとも美味しくない。
おまけに皿を洗おうとして割り、破片を片付けようとしてまた指を切ったテオは、途方に暮れたのだった。
「あらあ、テオさん顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」
管理ギルドの受付係、エミリーがのんびりした口調でにっこり笑う。
家事が壊滅的に出来ないことを誰かに相談してなんとかしようと思いついたテオだったが、あいにく友人がいない。
顔見知りならいるが、過去にテオの言動が原因でいざこざが起き、険悪になった冒険者ばかりだ。
そこで思いついたのがエミリーしかいなかったという訳だ。
「あのさ、こんなこと頼むのどうかと思うんだけど……」
いつもの威勢の良さはどこへやら、頭をかきながら歯切れ悪くテオが切り出した時だった。
「お取込み中に申し訳ございません。緊急の依頼です!」
ギルドの奥から別の係員が駆け寄ってきてエミリーにメモを渡す。
それを見たエミリーはまた「あらあ」と呟いた。
「大変ですよテオさん。キングマンドラゴラが大暴れしているとの情報が入りました」
「はっ!?」
キングとつくぐらいだから相当なデカさだろう。
「まさかテオさん、またあなたがやらかしたのでは?」
エミリーが笑顔を引っ込めて疑いの眼差しをテオに向ける。
テオは慌てて否定した。
「いやいやいや、俺知らねえし!」
マンドラゴラといえば、3カ月前に初心者講習会でテオが軽率な行動をとったがために、ハリスに説教を受けたアレだ。
しかもその後、1カ月間毎日畑を耕し続ける羽目になった。
あらゆる可能性を想定して検証を重ねた結果、なぜたったの2週間であそこまでマンドラゴラが急成長したのか、その理由がわかった。
テオのように体力のある者が畑の土を深くまでしっかり耕すことと、カリュドールの血肉、発芽促進剤。この3つの条件が揃った状態で乾燥マンドラゴラの欠片を畑に蒔くと、マンドラゴラにとってはこれ以上ないぐらいに心地のいい状態になり成長が早まるのだ。
ガーデン管理ギルドは理由がわかった時点でお触れを貼りだし、この組み合わせでマンドラゴラを育てることを禁止した。
畑を耕し続けて懲り懲りしたテオは、もう二度とマンドラゴラと関わり合いになりたくないとすら思っている。
だからテオの仕業ではない。
ということは、単純に運よく長年冒険者に狩られることなく生き延びているマンドラゴラなのかもしれない。
とにかく断じて自分には関係ないと否定するテオに対し、エミリーも笑顔で頷く。
「嘘はついていらっしゃらないようなので信用します。でも討伐は手伝ってくださいね」
そしてギルド近辺に居合わせた冒険者たちで緊急討伐隊が組まれ、皆でキングマンドラゴラの討伐に向かったのだった。
テオはリリアナから受け取った便箋をテーブルにたたきつけた。
そこには、少しクセのある丸っこい文字で【テオの修行メニュー】という見出しが書かれ、その下には留守番中にやる家事の一覧が記されている。
食事を自分で作ることに関しては、まあいい。実際、留守番中は料理に挑戦しようと思っていたところだ。
しかし庭の草むしりや建付けの悪いドアの修理、床磨き、水回りの掃除を押し付けられたのには納得いかない。
おまけにやり方もわからない。
ガーデンでは身分や出自は一切関係ないし、テオはそういったものをひけらかす性格でもない。
しかし実のところテオはウォーリアの里の首長の息子で、それなりにいい暮らしをさせてもらっていた。つまり、家事はまったくの未経験者なのだ。
「こんなのやってられっか!」
便箋を破こうとしたところでふと、砥石をもらう約束をしたことを思い出した。
ハリス愛用の武器であり調理道具でもある出刃包丁は、恐ろしいまでに切れ味がいい。その秘密は砥石にあると踏んでいる。
あの砥石で自分の斧を研いでみたい。
「ん~~っ!」
ひとしきり頭を掻きむしって悩んだ末に、リリアナが残した修行メニューをこなす決意をした。
「こんなの1日で終わらせてやるぜ!」
テオはこぶしを握り締めた。
庭の草むしりは順調にこなした。
しっかり根付いた雑草を引っこ抜くのはなかなかいい修行になると思ったぐらいだ。
ほどよい汗をかいた後、昼食作りにとりかかったところまでは順調だったのだが……。
「なんだよこの包丁、ちっとも切れねーな!」
ベーコンを焼いてバケットに挟んで食べるつもりだった。
ベーコンの塊を食べる分だけ薄切りにしてフライパンで焦げ目がつく程度に焼き、斜めにスライスしたバケットで挟む、それだけだ。いつもハリスやリリアナがやっている行程を見ているから作り方は知っている。
だから簡単にできると思っていたテオだったが、いざやってみるとなにもかもうまくいかない。
まずベーコンがうまく切れなかった。
ハリスはいつも、いとも簡単にスッと薄切りにしているはずなのに。
「まあ味は変わらねえだろ」
言い訳じみたことを呟きながら、分厚くなったり途中でちぎれたりしたベーコンをフライパンに並べて火にかける。
次にバケットをスライスしようとしたら、こっちはもっと厄介だった。外側は硬くて中が柔らかいバケットを、切るというよりは潰してちぎることしかできず、ボロボロの欠片を量産している。
おかしい。リリアナはいつもどうやってあんなにきれいに切っているんだろうか。
「まさか魔法か!?」
そう言った拍子に手元が狂い、バケットを押さえていた左手の人差し指を包丁で少々切ってしまった。
傷口を舐めているとなんだか焦げ臭い匂いがして、ベーコンを火にかけたまま忘れていたことに気付く。
ハッと振り返った時にはすでにベーコンは真っ黒に焦げ、フライパンから煙がモクモク立ち上っていた。
この日のテオの昼食は、ボロボロにちぎれたバケットと黒焦げベーコンというひどいもので、ちっとも美味しくない。
おまけに皿を洗おうとして割り、破片を片付けようとしてまた指を切ったテオは、途方に暮れたのだった。
「あらあ、テオさん顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」
管理ギルドの受付係、エミリーがのんびりした口調でにっこり笑う。
家事が壊滅的に出来ないことを誰かに相談してなんとかしようと思いついたテオだったが、あいにく友人がいない。
顔見知りならいるが、過去にテオの言動が原因でいざこざが起き、険悪になった冒険者ばかりだ。
そこで思いついたのがエミリーしかいなかったという訳だ。
「あのさ、こんなこと頼むのどうかと思うんだけど……」
いつもの威勢の良さはどこへやら、頭をかきながら歯切れ悪くテオが切り出した時だった。
「お取込み中に申し訳ございません。緊急の依頼です!」
ギルドの奥から別の係員が駆け寄ってきてエミリーにメモを渡す。
それを見たエミリーはまた「あらあ」と呟いた。
「大変ですよテオさん。キングマンドラゴラが大暴れしているとの情報が入りました」
「はっ!?」
キングとつくぐらいだから相当なデカさだろう。
「まさかテオさん、またあなたがやらかしたのでは?」
エミリーが笑顔を引っ込めて疑いの眼差しをテオに向ける。
テオは慌てて否定した。
「いやいやいや、俺知らねえし!」
マンドラゴラといえば、3カ月前に初心者講習会でテオが軽率な行動をとったがために、ハリスに説教を受けたアレだ。
しかもその後、1カ月間毎日畑を耕し続ける羽目になった。
あらゆる可能性を想定して検証を重ねた結果、なぜたったの2週間であそこまでマンドラゴラが急成長したのか、その理由がわかった。
テオのように体力のある者が畑の土を深くまでしっかり耕すことと、カリュドールの血肉、発芽促進剤。この3つの条件が揃った状態で乾燥マンドラゴラの欠片を畑に蒔くと、マンドラゴラにとってはこれ以上ないぐらいに心地のいい状態になり成長が早まるのだ。
ガーデン管理ギルドは理由がわかった時点でお触れを貼りだし、この組み合わせでマンドラゴラを育てることを禁止した。
畑を耕し続けて懲り懲りしたテオは、もう二度とマンドラゴラと関わり合いになりたくないとすら思っている。
だからテオの仕業ではない。
ということは、単純に運よく長年冒険者に狩られることなく生き延びているマンドラゴラなのかもしれない。
とにかく断じて自分には関係ないと否定するテオに対し、エミリーも笑顔で頷く。
「嘘はついていらっしゃらないようなので信用します。でも討伐は手伝ってくださいね」
そしてギルド近辺に居合わせた冒険者たちで緊急討伐隊が組まれ、皆でキングマンドラゴラの討伐に向かったのだった。
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