45 / 75
6皿目 ソバ粉のガレット
(9)
しおりを挟む
どうも踊らされているようだ――そのことに気付いていたリリアナたちは、あえて乗っかったのだ。
ブルーノ会長の誤算は、コハクの存在だろう。
今回のミッションでリリアナとハリスは、ホテルの客室以外の場所でコハクと行動をともにしていない。
コハクはとても優秀な諜報員として暗躍してくれている。
レオリージャの知能が高いことは知っていたが、ここまでとは思っていないかったリリアナだ。
関所で荷物検査をしている警備隊員に、休憩をとるからもしもまた怪しい動物がいたら引き留めておいてほしいと告げてその場を離れた。
ちょうどこそへ、コハクがやって来た。
ブルーノ会長がどこかへ行くことがあれば、後を付けてほしいと言いつけておいたのだ。
「コハク、お疲れ様」
「にゃーぉ」
コハクの首から録音石を外し、木陰で他に誰もいないのを確認してから再生する。
『大変です! どこから情報が漏れたのか、ガーデンの捜査員たちが関所に陣取って隈なく荷物検査をしています。これは大きすぎて目立つので、今はやめておく方が得策です』
ブルーノ会長の少々大げさな、芝居じみた声が聞こえた。
『では、どうする?』
もうひとりの男の声がする。
『冒険者様、ひとまずこれは私が買い取るというのはいかがでしょう。いずれ、ほとぼりが冷めた頃にまた取引が再開できるでしょうし。その時がくればまたあちらに流せばいいかと』
低い声が響く。
『いいだろう。こちらとしては金が手に入ればそれでいいからな』
『ではこれから金を持ってこさせますから、少々お待ちください!』
ブルーノ会長の弾んだ声が聞こえたところで再生が終わった。
ようやくブルーノ会長のおかしな言動の意味がリリアナにもわかった。
彼はわざと取引を匂わせる噂を流して魔道具のペットの首輪を彷彿とさせる赤い石を巻いたインコを囮にした。リリアナや警備隊の目を関所に向けさせ、その裏でもっと大きなペットを「目立つからやめておいた方がいい」という理由で自分のものにしようとしているのだ。
ガーデン管理ギルドの調査が入ると一報を受けた前後に大きな取引の話があり、この状況をうまく利用してやろうと思いついたのだろう。
実は魔物を飼っているという秘密をもったいつけながらこっそり誰かに打ち明ける行為は、ブルーノ会長の自己顕示欲を大いにくすぐるに違いない。
自分も捕まるかもしれないリスクを犯してまで手に入れたい魔物なのだろう。
コハクに案内されてやって来たのは、街のはずれにある倉庫が建ち並ぶ場所だった。
倉庫の横には、畑が広がっている。
「ソバの倉庫だな。ちょうど種まきが終わったところだから、種用の倉庫は空でしかも人が来ないってことか」
ハリスが呟きながら、小屋の外に置かれていた縄を手に取った。
コハクが一棟の倉庫の前で立ち止まった。
ハリスが勢いよくドアを開けると中には男が4人いて、突然の乱入者に驚いた表情を見せた。そのうちのひとりがブルーノ会長、その隣が商会の職員だろうか、金貨がぎっしり入った木箱を持っている。それに向かい合って初老の男と小柄な冒険者風の恰好をした男がいる。
「あなたたちが黒幕ねっ!」
結果的に探偵の真似事ができたことに満足しつつ、男たちが抵抗する前にリリアナが拘束魔法で動きを封じた。
ハリスが男たちを縄で縛っていく間、リリアナは両手を広げて魔法を維持する。
人の動きを封じる拘束魔法は上級魔法で難易度が高い。しかもそれを4人まとめてとなると、難易度はさらに跳ね上がり、魔力の消費量も多い。
どうにか集中を切らさずに拘束を保ち、ハリスがブルーノ会長以外の3人を縛り終えた時だった。
視界の端でなにかが動いている気がしたリリアナは、好奇心に抗い切れずにチラリと横を向いた。
そこにいたのは青黒い舌をチロチロ動かす大きな緑色のトカゲ。首には赤い石のついたベルトが巻かれているが、倉庫が薄暗いため本物か偽物かわからない。
トカゲは檻には入っておらず大きな木箱の上に乗っていて、のそりと前肢を動かしリリアナに一歩近づこうとした。
それにギョッとして、魔法が解けてしまった。
ブルーノ会長は拘束が解けると素早くトカゲに駆け寄り、トカゲの首に巻いてある首輪を外す。
「さあ、いけ! ドラゴン!」
ブルーの会長の得意げな声が倉庫に響き渡り、ハリスとリリアナが同時に息をのんだ。
「…………」
しかし何も起こらない。
大きなトカゲは、トカゲのままだ。
つまり首輪は偽物で、このトカゲは本当にただの大トカゲだったということだ。
リリアナはそれにホッと胸をなでおろした。
首輪が外された時にハリスとリリアナが同時に驚いたのは、トカゲがドラゴンに変身することではなく、死んでしまうと思ったからだ。
もしも本物の首輪をガーデン以外の場所で無理に外せば、首輪の呪いが発動してペットはその場で絶命する――リリアナたちがその説明を受けたのは、コハクをペット登録した時だからまだ記憶に新しい。
魔物の討伐ランクで最高難易度に位置するドラゴンに、そんな形で死んでほしくない。
「どうした! なんでなにも起こらないんだ!」
まだトカゲがドラゴンだと信じている様子のブルーノ会長を、ハリスが手早く縛り上げる。
偽物の首輪とトカゲ、木箱に入った金貨、録音石に残る会話の記録。
証拠は全て出揃った。
リリアナは急いで警備隊員を呼びに戻り、4人の男たちは連行されていった。
「お腹すいた……」
リリアナがお腹をさする。
「最後にソバの実亭でたらふく食って帰るか」
「やった!」
ハリスの提案にリリアナは両手をバンザイしながら喜んだ。
ブルーノ会長の誤算は、コハクの存在だろう。
今回のミッションでリリアナとハリスは、ホテルの客室以外の場所でコハクと行動をともにしていない。
コハクはとても優秀な諜報員として暗躍してくれている。
レオリージャの知能が高いことは知っていたが、ここまでとは思っていないかったリリアナだ。
関所で荷物検査をしている警備隊員に、休憩をとるからもしもまた怪しい動物がいたら引き留めておいてほしいと告げてその場を離れた。
ちょうどこそへ、コハクがやって来た。
ブルーノ会長がどこかへ行くことがあれば、後を付けてほしいと言いつけておいたのだ。
「コハク、お疲れ様」
「にゃーぉ」
コハクの首から録音石を外し、木陰で他に誰もいないのを確認してから再生する。
『大変です! どこから情報が漏れたのか、ガーデンの捜査員たちが関所に陣取って隈なく荷物検査をしています。これは大きすぎて目立つので、今はやめておく方が得策です』
ブルーノ会長の少々大げさな、芝居じみた声が聞こえた。
『では、どうする?』
もうひとりの男の声がする。
『冒険者様、ひとまずこれは私が買い取るというのはいかがでしょう。いずれ、ほとぼりが冷めた頃にまた取引が再開できるでしょうし。その時がくればまたあちらに流せばいいかと』
低い声が響く。
『いいだろう。こちらとしては金が手に入ればそれでいいからな』
『ではこれから金を持ってこさせますから、少々お待ちください!』
ブルーノ会長の弾んだ声が聞こえたところで再生が終わった。
ようやくブルーノ会長のおかしな言動の意味がリリアナにもわかった。
彼はわざと取引を匂わせる噂を流して魔道具のペットの首輪を彷彿とさせる赤い石を巻いたインコを囮にした。リリアナや警備隊の目を関所に向けさせ、その裏でもっと大きなペットを「目立つからやめておいた方がいい」という理由で自分のものにしようとしているのだ。
ガーデン管理ギルドの調査が入ると一報を受けた前後に大きな取引の話があり、この状況をうまく利用してやろうと思いついたのだろう。
実は魔物を飼っているという秘密をもったいつけながらこっそり誰かに打ち明ける行為は、ブルーノ会長の自己顕示欲を大いにくすぐるに違いない。
自分も捕まるかもしれないリスクを犯してまで手に入れたい魔物なのだろう。
コハクに案内されてやって来たのは、街のはずれにある倉庫が建ち並ぶ場所だった。
倉庫の横には、畑が広がっている。
「ソバの倉庫だな。ちょうど種まきが終わったところだから、種用の倉庫は空でしかも人が来ないってことか」
ハリスが呟きながら、小屋の外に置かれていた縄を手に取った。
コハクが一棟の倉庫の前で立ち止まった。
ハリスが勢いよくドアを開けると中には男が4人いて、突然の乱入者に驚いた表情を見せた。そのうちのひとりがブルーノ会長、その隣が商会の職員だろうか、金貨がぎっしり入った木箱を持っている。それに向かい合って初老の男と小柄な冒険者風の恰好をした男がいる。
「あなたたちが黒幕ねっ!」
結果的に探偵の真似事ができたことに満足しつつ、男たちが抵抗する前にリリアナが拘束魔法で動きを封じた。
ハリスが男たちを縄で縛っていく間、リリアナは両手を広げて魔法を維持する。
人の動きを封じる拘束魔法は上級魔法で難易度が高い。しかもそれを4人まとめてとなると、難易度はさらに跳ね上がり、魔力の消費量も多い。
どうにか集中を切らさずに拘束を保ち、ハリスがブルーノ会長以外の3人を縛り終えた時だった。
視界の端でなにかが動いている気がしたリリアナは、好奇心に抗い切れずにチラリと横を向いた。
そこにいたのは青黒い舌をチロチロ動かす大きな緑色のトカゲ。首には赤い石のついたベルトが巻かれているが、倉庫が薄暗いため本物か偽物かわからない。
トカゲは檻には入っておらず大きな木箱の上に乗っていて、のそりと前肢を動かしリリアナに一歩近づこうとした。
それにギョッとして、魔法が解けてしまった。
ブルーノ会長は拘束が解けると素早くトカゲに駆け寄り、トカゲの首に巻いてある首輪を外す。
「さあ、いけ! ドラゴン!」
ブルーの会長の得意げな声が倉庫に響き渡り、ハリスとリリアナが同時に息をのんだ。
「…………」
しかし何も起こらない。
大きなトカゲは、トカゲのままだ。
つまり首輪は偽物で、このトカゲは本当にただの大トカゲだったということだ。
リリアナはそれにホッと胸をなでおろした。
首輪が外された時にハリスとリリアナが同時に驚いたのは、トカゲがドラゴンに変身することではなく、死んでしまうと思ったからだ。
もしも本物の首輪をガーデン以外の場所で無理に外せば、首輪の呪いが発動してペットはその場で絶命する――リリアナたちがその説明を受けたのは、コハクをペット登録した時だからまだ記憶に新しい。
魔物の討伐ランクで最高難易度に位置するドラゴンに、そんな形で死んでほしくない。
「どうした! なんでなにも起こらないんだ!」
まだトカゲがドラゴンだと信じている様子のブルーノ会長を、ハリスが手早く縛り上げる。
偽物の首輪とトカゲ、木箱に入った金貨、録音石に残る会話の記録。
証拠は全て出揃った。
リリアナは急いで警備隊員を呼びに戻り、4人の男たちは連行されていった。
「お腹すいた……」
リリアナがお腹をさする。
「最後にソバの実亭でたらふく食って帰るか」
「やった!」
ハリスの提案にリリアナは両手をバンザイしながら喜んだ。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。
ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。
※短いお話です。
※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる