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6皿目 ソバ粉のガレット

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 リリアナはいま、ハリスとテオとともにガーデンの街の外れにある一軒家で暮らしている。
 もともと寝泊まりする場所はバラバラだったのだが、リリアナが借りていた小さな集合住宅はペット禁止のため、コハクと一緒にいたいリリアナがハリスの持ち家に転がり込んだ。
 その後すぐ、今度はテオが間借りしていた宿屋で他の客と喧嘩して大暴れしたせいで主人に叩き出され、テオもハリスの家で世話になることとなり共同生活が始まった。
 幸いハリスの家は広くて部屋数も多いため、プライバシーを保ちながら暮らせている。
 一緒に暮らしてみて気付いたのは、ハリスの大いびきと寝起きの悪さだろうか。リリアナが家中に響き渡るハリスのいびきを初めて聞いた時は、大きな獣が侵入してきたのではないかと驚いて飛び起きたほどだった。

「はい、これテオの修行メニューだから」
 ギルドの依頼を受けた翌朝、リリアナはテオに封書を渡した。
 調査内容と旅費がふたり分しか出ないと説明したのは昨晩のこと。
 
「留守中に暇を持て余さないように特別な修行を用意しておくから」
 ハリスの提案に、テオは気乗りしない様子だった。
 しかし、ハリスが独り言のように呟いた言葉を聞くや否や態度を変えた。
「きちんとこなせたら、欲しがっていた砥石をやろうかと思っていたんだが……」
「やってやろうじゃねーか!」

 ハリスが出刃包丁を研いでいる様子を興味深げに眺めては、その石を使わせろとせがんでいたテオだ。
 それを餌に釣ればおとなしく留守番するだろうと踏んだリリアナの読みは当たった。

 ちなみに修行メニューは、食事を自分で作ることのほかに、庭の草むしりや建付けの悪いドアの修理、床磨き、水回りの掃除など、後回しにしてきた家事全般だ。
「いまごろ、修行メニューを見て悔しがってるかも」
 馬車に揺られながらリリアナは、テオのその姿を想像してクスクス笑った。

 ******

 リリアナとハリスがマルドの街に到着したのは、翌日の午後だった。
 その足で、街の流通を取り仕切るブルーノ商会を訪ねる。ハリスが要件を告げると、突然の訪問にも関わらず小柄な男性がにこやかに出迎えてくれた。
「ようこそマルドへいらっしゃいました。私は商会長をしておりますセリング・ブルーノでございます。さあ冒険者様、どうぞ中へ」
 商会長はもっと高齢だと思い込んでいたリリアナは、彼の若さに面食らう。高く見積もってもせいぜい30代半ばといったところだろうか。ハリスよりも確実に年下だ。

 通された応接室は、よく言えば豪華、悪く言えば成金趣味の調度品が所狭しと飾られている。
 リリアナが暖炉の上に置かれた乳白色の大きな角を見ていることに気付いたブルーノ会長が、自慢げに鼻を膨らませた。
「これは大型の魔牛の角なんですよ。大変貴重な逸品でしてね、本当は売り物ではないのだと言う古美術商に何度も頼みに行って、特別に売ってもらったのです」
「そうでしたか……」
 もったいつけた言い方にリリアナは曖昧な返事をする。

 待って! これ魔牛の角じゃなくて、ただの木だわ!
 リリアナも大きな商家の娘だ。しかも魔牛の角ならいつも実物を採集しているから、触って確認しなくてもひと目見ただけでこれが偽物だとわかる。
 しかしこれから話す本題とは無関係のため、苦笑してごまかしたのだった。
 
 
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