74 / 123
フリューゲルの森編
竜山脈④
しおりを挟む
彼は俺たちの前までやってくると立ち止まり、攻撃を仕掛けてくるでもなく、見下ろしながら言った。
『客とは珍しい。よもや、それが微小なるにんげ・・・ん?』
クリスタルドラゴンは俺たちを一人一人見ながら言葉を紡いでいくが、俺に視線を向けたところで首をかしげた。
おい、俺は人間だぞ。そんな不思議そうに首をかしげるな。
『貴殿は・・・人間・・・で、良いのだろうか?』
「間違いなく人間だ。ほら」
『ぬッ!?』
「おい」
人間だと証明するために頭部の装備を解除して顔を見せると、彼は目を見開いて後ろへ飛び退いた。
『貴様は・・・! 貴様はァ・・・ッ!!』
いきなり敵意むき出しになったと思ったら、その瞳には恐怖の色が滲み出ていた。
俺なんかしたっけか?
『・・・なるほど、お前も被害者だったのだな』
『主、彼を何回殺したのですか・・・』
はぁ、とため息を吐く二匹。
「三回だな。殺る度に強制脱獄クエストが発生するから経験値的に効率悪かったし」
牢にぶちこまれると多額の金を払って出るか、脱獄するかの二択になるのだが、当時の俺は金持ちではなかったので脱獄の方を選んでいた。
それが面倒でレベリングを諦めたのだ。
「生物としてすろ見られていなくて、魔物達が可哀想になってきますね」
「ゲームだったからってのが大きいな。数値しか見てなかったし」
今はどうだろう?
向かってくる者は変わらず切り払っている。
オリジン達は言葉が通じるしなぁ。
「今の俺としては、なるだけ殺したくはないな。特に意思疏通が出きる相手には。まあ、敵意や殺意を向けられたら容赦はしないけども」
「なんか思考や行動がアバターの方に傾いてない?」
「・・・かもしれないな」
石島奏多であるならば盗賊とはいえ人間を殺すのに躊躇いを感じるだろう。カプリスの様に殺せても罪悪感を感じるだろう。それを感じないのは、思考がゲーム内のキャラであるノアの思考に侵されているからなのかもしれない。
敵意、殺意をもって襲いかかられたのなら、防ぐよりも殺す方に思考が働くのもノアとしての思考なのだろう。
はたして石島奏多の思考は残っているのか。
気が付いていないだけで、元々石島奏多の深層心理はこのような傾向にあったのかもしれない。
いや、それじゃ危ない奴じゃねーか。
「でも、キャラは写し身って言うし、元からその思考もあったんじゃない?」
カプリスもそこに行き着いたのか。
「とりあえず・・・。まぁ、そう言うことだ。こちらは戦う気はない。どうか敵意を向けないで欲しい。殺したくなる」
「発言がやべぇー奴だ!」
軽いジョークを混ぜながらクリスタルドラゴンに言う。
『・・・信じられないな』
『そこは我らが保証しよう』
『えぇ、軽く三桁は殺された私達が保証します』
『三桁・・・。そうか主等もか』
オリジン達のお陰で敵意が薄れる。
そして、ここに被害者の会が出来上がったようだ。
あれだけ戦うのを楽しみにしていたギルターなんか、前足でぽんぽんとクリスタルドラゴンの足を慰めるように優しく叩いてるしな。
「俺は悪者か何かですかね?」
「悪者だね」
「悪者でしょう」
『間違いなく悪だ』
『えぇ、間違いなく』
『この悪魔め!』
満場一致で悪になりました。これは酷い。
『それで、結局貴殿達は何をしに来たのだ?』
落ち着いたところでクリスタルドラゴンが聞いてくる。
「最初は戦う為に来たんだ」
『やだ』
「知ってる。だから正直、用と言う用はないんだよな」
山越すだけならちゃんとした道がある。
今回は彼に会うために山頂まで来ただけだ。
『ふむ、ならば山に来た理由はなんだ?』
「山向こうにあるフリューゲルの森に行くためだ」
『山越えと言うわけか。ふむ。しかし、フリューゲルの森に行くのは止しといた方がいい』
「なんでー?」
カプリスが首をかしげる。
『かつての平穏だった森ではなくなったのだ。美しいホワイトウッドの木々も黒く変色しているとも聞いた』
黒く変色ねぇ。
あの美しい森が穢されたのか。それは許せないな。
「情報をありがとう。元より、俺たちはその異常を原因を消すために向かってんだ」
「そそ。最初は観光しに行くつもりだったんだけどねー」
『そうか。貴殿ならば易いことだろう。ならば、我からも一つ手を貸そう』
そう言うと彼は天に向けて吼えた。
すると、彼の顔の先に魔力が集まり、一つの綺麗な結晶となった。
その結晶は浮力を失うと、俺の手元に落ちてきた。
『それは【浄化の水晶】。ホワイトウッドの黒化はおそらく瘴気によるものだ。原因を排除したあとにそれを使え。少々時間はかかるだろうが、元の美しい森へと浄化してくれるだろう』
「・・・ありがとう」
『フリューゲルの森は我の第二の故郷だ。頼んだ』
「ああ」
【山守】である彼、クリスタルドラゴンは本来この地域の魔物ではない。
北方にある大陸に住む魔物なのだが、幼少期に透明度が高過ぎた彼を仲間達が追い出した。
まだ幼い彼は海を渡り、力尽き美しい白き森に落ちた。そこで彼は心優しいフリューゲルに助けられる。しばらくフリューゲル達と共にした彼だったが、やはり彼も魔物。成長するにつれて沸き上がる破壊衝動に彼は恐怖し森を離れ、この山脈に住み着いた。
最初こそ破壊衝動に身を任せていた彼も歳月を重ねるごとに落ち着きを取り戻す。
その頃には山脈で最強となり、頂上を住みかとするようになった。祭壇は暇潰しに彼が作ったとかなんとか。
設定資料集にはこんな感じに載ってたな。
俺が三回でやめた理由もこれを読んだってのもある。
オレだってそこまで腐っちゃいないさ。
「さて、そろそろ森が見えて──」
俺は眼下に広がる光景を見て口を閉ざす。
「・・・これがフリューゲルの森?」
「酷いですね」
『瘴気で満ちてるな』
『正直な所、近寄りたくないです』
白く美しかったフリューゲルの森は見る影もなく、濃い薄紫の霧がかかり、鈍よりとした、まるで放棄された墓地のような雰囲気を醸し出していた。
そして、ゲーム時代にはなかった巨大な樹が一本。それを中心に森が黒化していた。
明らかにあの樹が原因だな。
これじゃスクショする気も起きないな。
美しくない。
「行くぞ」
「うん」
「はい」
『ああ』
『ええ』
俺達はフリューゲルの森へと急いだ。
─────────────────────
お読みいただきありがとうございます!
感想等もお待ちしておりますよ!
『客とは珍しい。よもや、それが微小なるにんげ・・・ん?』
クリスタルドラゴンは俺たちを一人一人見ながら言葉を紡いでいくが、俺に視線を向けたところで首をかしげた。
おい、俺は人間だぞ。そんな不思議そうに首をかしげるな。
『貴殿は・・・人間・・・で、良いのだろうか?』
「間違いなく人間だ。ほら」
『ぬッ!?』
「おい」
人間だと証明するために頭部の装備を解除して顔を見せると、彼は目を見開いて後ろへ飛び退いた。
『貴様は・・・! 貴様はァ・・・ッ!!』
いきなり敵意むき出しになったと思ったら、その瞳には恐怖の色が滲み出ていた。
俺なんかしたっけか?
『・・・なるほど、お前も被害者だったのだな』
『主、彼を何回殺したのですか・・・』
はぁ、とため息を吐く二匹。
「三回だな。殺る度に強制脱獄クエストが発生するから経験値的に効率悪かったし」
牢にぶちこまれると多額の金を払って出るか、脱獄するかの二択になるのだが、当時の俺は金持ちではなかったので脱獄の方を選んでいた。
それが面倒でレベリングを諦めたのだ。
「生物としてすろ見られていなくて、魔物達が可哀想になってきますね」
「ゲームだったからってのが大きいな。数値しか見てなかったし」
今はどうだろう?
向かってくる者は変わらず切り払っている。
オリジン達は言葉が通じるしなぁ。
「今の俺としては、なるだけ殺したくはないな。特に意思疏通が出きる相手には。まあ、敵意や殺意を向けられたら容赦はしないけども」
「なんか思考や行動がアバターの方に傾いてない?」
「・・・かもしれないな」
石島奏多であるならば盗賊とはいえ人間を殺すのに躊躇いを感じるだろう。カプリスの様に殺せても罪悪感を感じるだろう。それを感じないのは、思考がゲーム内のキャラであるノアの思考に侵されているからなのかもしれない。
敵意、殺意をもって襲いかかられたのなら、防ぐよりも殺す方に思考が働くのもノアとしての思考なのだろう。
はたして石島奏多の思考は残っているのか。
気が付いていないだけで、元々石島奏多の深層心理はこのような傾向にあったのかもしれない。
いや、それじゃ危ない奴じゃねーか。
「でも、キャラは写し身って言うし、元からその思考もあったんじゃない?」
カプリスもそこに行き着いたのか。
「とりあえず・・・。まぁ、そう言うことだ。こちらは戦う気はない。どうか敵意を向けないで欲しい。殺したくなる」
「発言がやべぇー奴だ!」
軽いジョークを混ぜながらクリスタルドラゴンに言う。
『・・・信じられないな』
『そこは我らが保証しよう』
『えぇ、軽く三桁は殺された私達が保証します』
『三桁・・・。そうか主等もか』
オリジン達のお陰で敵意が薄れる。
そして、ここに被害者の会が出来上がったようだ。
あれだけ戦うのを楽しみにしていたギルターなんか、前足でぽんぽんとクリスタルドラゴンの足を慰めるように優しく叩いてるしな。
「俺は悪者か何かですかね?」
「悪者だね」
「悪者でしょう」
『間違いなく悪だ』
『えぇ、間違いなく』
『この悪魔め!』
満場一致で悪になりました。これは酷い。
『それで、結局貴殿達は何をしに来たのだ?』
落ち着いたところでクリスタルドラゴンが聞いてくる。
「最初は戦う為に来たんだ」
『やだ』
「知ってる。だから正直、用と言う用はないんだよな」
山越すだけならちゃんとした道がある。
今回は彼に会うために山頂まで来ただけだ。
『ふむ、ならば山に来た理由はなんだ?』
「山向こうにあるフリューゲルの森に行くためだ」
『山越えと言うわけか。ふむ。しかし、フリューゲルの森に行くのは止しといた方がいい』
「なんでー?」
カプリスが首をかしげる。
『かつての平穏だった森ではなくなったのだ。美しいホワイトウッドの木々も黒く変色しているとも聞いた』
黒く変色ねぇ。
あの美しい森が穢されたのか。それは許せないな。
「情報をありがとう。元より、俺たちはその異常を原因を消すために向かってんだ」
「そそ。最初は観光しに行くつもりだったんだけどねー」
『そうか。貴殿ならば易いことだろう。ならば、我からも一つ手を貸そう』
そう言うと彼は天に向けて吼えた。
すると、彼の顔の先に魔力が集まり、一つの綺麗な結晶となった。
その結晶は浮力を失うと、俺の手元に落ちてきた。
『それは【浄化の水晶】。ホワイトウッドの黒化はおそらく瘴気によるものだ。原因を排除したあとにそれを使え。少々時間はかかるだろうが、元の美しい森へと浄化してくれるだろう』
「・・・ありがとう」
『フリューゲルの森は我の第二の故郷だ。頼んだ』
「ああ」
【山守】である彼、クリスタルドラゴンは本来この地域の魔物ではない。
北方にある大陸に住む魔物なのだが、幼少期に透明度が高過ぎた彼を仲間達が追い出した。
まだ幼い彼は海を渡り、力尽き美しい白き森に落ちた。そこで彼は心優しいフリューゲルに助けられる。しばらくフリューゲル達と共にした彼だったが、やはり彼も魔物。成長するにつれて沸き上がる破壊衝動に彼は恐怖し森を離れ、この山脈に住み着いた。
最初こそ破壊衝動に身を任せていた彼も歳月を重ねるごとに落ち着きを取り戻す。
その頃には山脈で最強となり、頂上を住みかとするようになった。祭壇は暇潰しに彼が作ったとかなんとか。
設定資料集にはこんな感じに載ってたな。
俺が三回でやめた理由もこれを読んだってのもある。
オレだってそこまで腐っちゃいないさ。
「さて、そろそろ森が見えて──」
俺は眼下に広がる光景を見て口を閉ざす。
「・・・これがフリューゲルの森?」
「酷いですね」
『瘴気で満ちてるな』
『正直な所、近寄りたくないです』
白く美しかったフリューゲルの森は見る影もなく、濃い薄紫の霧がかかり、鈍よりとした、まるで放棄された墓地のような雰囲気を醸し出していた。
そして、ゲーム時代にはなかった巨大な樹が一本。それを中心に森が黒化していた。
明らかにあの樹が原因だな。
これじゃスクショする気も起きないな。
美しくない。
「行くぞ」
「うん」
「はい」
『ああ』
『ええ』
俺達はフリューゲルの森へと急いだ。
─────────────────────
お読みいただきありがとうございます!
感想等もお待ちしておりますよ!
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
5,260
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる