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第二章・チュートリアル

実家感覚でリスポーンしました

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   ――涼しい風が吹き付ける……。

  このゲームにおいてのスタート地点である【リスト村】の広場の中央でたたずんだまま、プレイヤーは意識を取り戻した。
   断片的にだが、記憶はすべて消されてないまま引き継がれていたのが幸いをなしたようなのだが、プレイヤーは即座に逃げようとしたのだが設定されたストーリーからは逃れることはできない。

 「おお、目覚めたかね? ずっと広場でボーッと突っ立っておったものじゃから、心配していたのだ。」

   一人の老人が心配そうにプレイヤーを見つめるも、何も心配は要らないと伝えると安堵した表情で胸を撫で下ろす。
   プレイヤーもこの老人が面倒なことを事前に知っているために適当に話を切り上げては、長々と続くチュートリアルを聞かずに済んだのか胸を撫で下ろし、その場をさっそうと離れようときびすを変えそうとするもお決まりの事を聴かれる。

 「そういえばお主はこの村では見かけないな? ……さて、その身なりからすると冒険者じゃな?」

   軽いインナーの軽装に初期ジョブの剣士の為の木の剣が腰に沿えてあるのを見て、老人は眼を丸くしている。
   当たり前のように神剣カルヴァドスは無くて、あの鋼独特の重みが恋しい。

 「そうだな、冒険者だな。」

   話を流そうと圧倒的な棒読みで受け答えはするものの、少しだけ違和感が生じたプレイヤー。
   通常のプレイとは何か違ってエヌ・ピー・シーの言葉に心がこもっているのが感じられ、台詞も何かしら違うのだから、本来のルートを少し外れてプレイしているのだ。

   つまりは、チュートリアルの長ったらしい話を聞かなくて済むように会話をある程度ならねじ曲げる事が可能だということだ。

 「ほぉ、珍しい。」

   老人は頷くもプレイヤーはどうでも良いどころかツッコみたいが、それではメタすぎると、何でやねんの右手を押さえ付ける。

   ――このゲームの冒険者、五千万人も居るから珍しくもなんとも無いんだよな。

 「そ、そうなんだ……へぇ、珍しいねぇ。」

 「まぁ、こんな辺境の村じゃからな。 冒険者など都市部まで出払ってしまうから、珍しいんじゃよ。」

   確かに思えばそうである、こんな村など序盤のクエストさえ終わればあとは用済みなので金輪際来たくもないだろう。
   村には若者はほぼ居らず、お爺さんお婆さんばかりの寂れた高齢化社会の具現なものに何を期待して滞在しろと言うのだから。

 「さてと、長話になってしまったな。 ワシは【ボム】じゃよ。 この近くで爆弾屋を営んでおる。 まぁ、気軽にボム爺さんと呼んでおくれ。」

 「よろしくな、ボム爺。」

   ネットの界隈ではこのお爺さんは敬意を払って【ボム爺】と呼んでいる。
   
 「さて、お主は?」

   このイベントはねじ曲げることはできなかったようだが、プレイヤーネームを決める大切な儀式だと思えば当たり前だと納得する。
   この儀式だけでも数十分は考え込む人も少なくはないのではないだろうか。

 「俺は……あー……あ、【アルマ】だよ。」

   プレイヤーは魔王と同じ名前を付けたようで、ボム爺もたいそう驚いている様子である。

 「なっ、アルマとな!? 魔王と同じ名前など……縁起が悪いのう。 お主の親の顔が見てみたいわい。」

   もちろんながらこのエヌ・ピー・シー達はこの世界を当たり前のように現実として区別しているため、アルマが操作されたキャラとは誰も思いもしないし、親なんてこの世界には存在しない。

 「そ、その頃は魔王は居なかったから。」

   適当にごまかすも、なぜだか解らないがストーリーのねじ曲げが発生し、本来誰にも語られることの無い運営の公式歴史が繰り広げられる。
   
 「冗談を言いなさんな、魔王は千五百年前にこの地に降り立ったのだぞ? お主のような若造が産まれているわけがない……ハッハッハ。」

   非常にウザいのである。
   アルマは一応現実でもこのゲームのファンとしてゲームの公式ガイドブックを全冊持っているつもりだが、そんな設定など書かれているはずもなかった。

   しかしよくよく考えると大変なことを思い出す。

 「ってことは魔王は千五百歳の年増のババァじゃねぇかっ!?」

   愛する人の知りたくもない実年齢を生々しく聞かされたアルマはたまったものではない。
   
 「な、なんじゃ急に大声をあげよって……。」

 「あー……、すんません。」

   ――そんな、アルマさんは年増のババァだったなんて……、運営許すまじ。

   黒いオーラが出る勢いでアルマが赤い瞳をゆらゆらと揺らめかせるも、そろそろ本当のルートだと十分と立ち話してれば起こるイベントがあるのだからキョロキョロと辺りを見渡す。

 「ん? どうしたんじゃ?」



 【カンカンカーンッ!!】



   大きな鐘の音が村の広場に甲高く鳴り響くこの合図は、魔物の襲撃の合図であり、戦闘のチュートリアルが本来は始まるところ。

 「ま、魔物じゃあっ!?」

   広場の柵が破壊されて出てきたのはチュートリアルでお馴染みのスライム……ではなく、かなりこの世界では強く、中盤の中ボスの【タイラントグリズリー】が筋肉モリモリの右腕を振るっては次々と民家や柵を破壊して行く。

 「なっ、本来のストーリーと違う!?」

   タイラントグリズリーは攻撃力が高くソロではかなり苦戦するために、中盤でもある程度レア度の高い装備や武器が無くては厳しく、マルチ前提で行かなくては普通にストーリーを進めただけのレベルなら、ギリギリにまで勝てなくなっているように設定されているモンスター。

   レベル一のアルマにはどうすることも出来ないが、このままでは村が全滅するどころかゲーム事態が壊れてしまう可能性も考えられるとなると、覚悟を決めてやるしかないのだ。

 「くそっ!!」

 【バシッ! 1DAMAGE】

   バシッとタイラントグリズリーの右腕を攻撃するも、攻略チャートでは百万弱の体力を誇る強敵に理論上耐久できるステータスでもないアルマは足腰が震える。

   ――くっ……。

 「アルマよ……、逃げよう。 勝ち目はないし、命はひとつしかない。 それに村は破滅しても復興すれば良いだけじゃ。 今は都市から救助が来るのを待とう……。」

 「それはダメなんだぜ……、この村は俺が守らなきゃいけないっ! 崩壊なんてバッドエンドなんて……くそ食らえだぁああああぁぁぁぁっ!!」

   木製の剣言えども本気で凪ぎ払うだけなら相当なダメージを負わせることだって過言ではないが、それはあくまでも小型の生き物に限り、ましてやゲームのようにあからさまな体力設定があるような者には通用しないとわかっていても、やるしかなかった。

 【ズバッ! 21DAMAGE】

   攻撃力が五のアルマにとっての会心の一撃は本来のレベル一のキャラでは出し得ないような火力を叩き出す。
   それでも百万弱の体力を誇る強敵からしてみれば、二十一ダメージなど蚊に刺された程度のものだろう。

   しかし……。

 「グ、グォオオッ!?」

   タイラントグリズリーが切り傷ができた右腕を押さえながら走って逃げて行くではないか。
   本来であれば攻撃を一回でも加えたなら、怒りで自身に攻撃のバフを付与するパターンなのだが、それもストーリーをねじ曲げる今のアルマに出来ることが功をなしたのか、ホッと一安心しては座り込むアルマ。

 「や、やったのか……?」

 「そのようじゃな、む……村の損害は最小限に留まったが、復興には二ヶ月はかかるであろうな。」

   倒壊した民家や柵が無惨にも木片と化している中で、疲弊してならないアルマはせめて本来にあるはずのない出来事でストーリーをねじ曲げてしまったお詫びとして片付けを率先して手伝うことに。

   ただしストーリーをねじ曲げたと言うことを口に出さずにして、ただただ、タイラントグリズリーを退けた英雄として称賛される事に心を痛めながらも夜を迎えようとしていた。
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