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第一章
援軍は敵?
しおりを挟む目から火花が散るような衝撃が脳天を襲った。半開きになっていた顎が連動して閉まり、歯がかちんとぶつかる。
軽くであろうが獲物は石部分である。骨を伝って全身にひびく音がした。
凶器となったその正体は、今しがた味方になったはずのサポートキャラクター、ハリの持つ槍の一撃だった。
「なん……なん……」
あまりの事態に痛みは感じにくくなっているのが唯一の救いだろうか。
ついでに言語中枢も混乱を極め、白痴のごとく意味を成さない音をもらすだけである。
被害者の眼差しを犯人に向けた。ブルータスお前もか。生んだばかりで独裁なんかしてないぞ。産んではいないが親になんてことをするのだ。
現状では、あの女神のような犯行動機は無いはずなのに。
たぶん。おそらく。
「あんたいっつも考えなしにキャラクター作りすぎて、ストーリー破綻させるの忘れてるでしょう。」
「な、なんの話を」
うかんでいた爽やかな笑みを引っ込め、仕事の山を見つけてしまった、これは面倒だ。というような面持ちでこちらを見ているハリがいた。
「逃避したいのは分かりますがね。今やこの事態は、あんたの現実なんですよ。」
「げんじ、つ。」
この場所に落とされて二度目の痛みが実感を急かしている。
何よりも欲しかった他者との接触は、望んでいたものと真逆の認識を突きつけられただけだった。
「私の頭、ついにどうにかしちゃったのかな。」
「残念ながら認識は正常でしょう。今のも小突いただけです。おかしくなるほど叩いちゃいない。」
「……」
……まだ分からない。信じられない。
彼もまた私が創り出したキャラクターなのだから。
これが夢でないとしても、おかしくなった脳みそがつくりだした幻覚、幻聴、果ては狂うと無くなった手足の痛みすら感じると言われる幻肢痛のたぐいかも知れない。
痛み。痛い。この熱を持つ感覚や、鼓動に合わせてズンズン痛む頭がそれだとしたらなんて完成度の高い再現性だろう。もう少しクオリティを下げてもいいのではないだろうかと思う。
ハリを見れば、槍をくるりと回して見せてから言った。
「ここに至るまでの『あらすじ』は把握済みなんで、荒っぽいが手っ取り早い方法を採らせて頂きますよ。」
「あらすじ」
「おたくの経歴とかここに叩き込まれた経緯なんかですよ。」
「女神も……知ってるの。」
「知ってます。あの人は年季が入ってるから、動機についちゃあ同情しますがね……」
ちょっとやり過ぎですね、と呟くようにこぼしてから、それより、と続けてすこし睨むようにこちらを見た。
「俺のこれ。なんでこんなことになってんです。」
「これって?」
「なんでこんな存在がフワフワしちまってるんですか。」
ハリを見る。
黒いTシャツと、下は体のラインがはっきり見えるスパッツに変わり、焦げた茶色のブーツを履いていた。
それだけなら不審な点はなかったのだが、時折黒い色の部分から同色の煙草のけむりのようなものが滲み出し、体の周りを漂っている。光を受けると藍色に煌めくのが銀河の風情で美しい。
「視覚的にも……。」
成る程。とうなづいていると、ハリが槍を構えだしたのでさっと頭を庇った。
「心当たり。ありますね?」
「設定が……ふわふわしてるからかな、て……」
「はあ。理由はなんです。ワザとやったでしょ。」
「後から付けた方が色々捗るかなって……」
「小突くのも疲れるんですがね……」
「あーっあーっ!ごめんなさい!ごめんなさい!」
頭を庇ったまま慌てて後ずさる。
だって設定は生えるものだって何処かの偉い人が言っていた。
ハリは呆れているようだが、凶器やりは納めてくれるようだ。
「だって~だって~褐色素肌もタレ目も犬歯も盛り込み忘れたんだもの~せめてキャラクターの背景設定くらい後悔しないように後から弄れるようにしておきたかったんだよ~!」
「……で、その忘れた設定とやらは別のキャラクターにつけるんで?」
何故だろう。心なしか先程よりムッとしている気がする。
ハリの逆鱗の在り処が行方不明だ。
「もしくは俺は仮につくったやつで、創り直したやつに与えるんですか?」
「や、それはない。」
即答した。
ハリがすこし、目を見開いた。
「イルカに脅されたから慌てて決定しちゃったけど、ハリは創り直さないよ。会いたかったし。」
「カイルです。」
「うわっまだいたのかお前!」
静かだったので役目を終えて消えたものと思っていたが、死角からヌッと青いドットがすべりこみ、カカカカと鳴いた。うるさい。
視線をハリに戻すと、口元を隠すように手を当て明後日を見ていた。
笑われているのかも知れない。
「とにかく今はそれ以上設定固めないよ……もしかして嫌だったりする?」
「あー。嫌っていうか、存在が定義されきってないと、この世界に干渉できないかもしれないですよ。」
「干渉?」
「おたくのサポートができなくなるかもってことです。」
徐に足元の小石を拾うハリ。
軽い動作でそれを近くの木に向かって投げた。
「ん??」
「はぁ成る程。こうなるか。」
木にぶつかる、と思われた小石は瞬きのまに搔き消えた。
「見てください。」
指差したその先を見てみると、投げたはずの小石が鎮座していた。
「あれ……」
「巻き戻ってますね。なかったことになってる。」
もう一度同じ小石を同じ木に投げてみても、小石は何事もなかったように元の位置に戻っていた。
「おかしいのは小石は拾える、ってことですね。常識みたいなもんがデタラメになってる。これじゃ何があるかわかりませんよ。」
紺も真似をしてみた。今度はお馴染みの物理法則で、小石はイルカの近くに跳ね返って落ちた。
当たれば良かったのに。
「悪いことは言いませんからまともに固めて……ちょっと?」
ハリは自分の製作者の瞳に不穏な輝きをみた。
「なにこれ……!おもっしろい!」
「は。」
「ゲームのバグみたい!いや……?ある意味チート技かも……?」
「いやちょっと」
「あ!あとさ、私のこと呼ぶ時の名前、なんか固定して?」
言い捨てるや否や、ぶつぶつと呟きながら自分の世界に閉じこもってしまった。
ハリが唖然としていると、ちらっと目線をよこして、
「あ、もし良かったら……マスター、なんて、どうかな??なんて。」
うふうふと浮かれながら提案が飛んでくる。
「おたくねぇ」
無言でじっと見つめてくる製作者に言葉を途切らせる。
ため息をつきつつ、あー、はいはい。と応じて言った。
「あー、マスター?設定を」
「わはーっ!ますたー!だって!ひやー!」
ハリを置いてけ掘りにして、両手で顔を隠しながら小声を張り上げるという器用なことをしつつ悶える紺。槍をふりあげるも、視界に入らないのか防御行動にすらうつらないので戒めにならない。
ふ、と吐息をはいて込み上げてきた何かを逃す。
怒りではなかった。
「はいマスター、今後のことを話しましょう?」
「んむゆ」
片手で紺の顔をつかむ。暴走が止まったことに安堵すると、かわりに話の進行を促すハリ。
「あ、はい。」
さすがに三十路をすぎれば我に帰るのも早い。
おかえり自分。また会おう私の中の中学二年生。
「もういいです。俺はこの状態のままできることをすりゃあいいんですね?」
「あ、はい、アリガトウゴサイマス。ごめんなさい……。」
「牢固たるマスター。まず現在地を知る必要がございます。明敏なご指示をいただけますよう。」
「現在地……えっと、この世界?ってまず日本じゃない……よね?」
周囲の植生や空気の香りの違い。全体的な色彩がやや鮮やかなものが多い気がする。足元に生えていたキノコなどは煎じなくとも毒物に成り得そうな配色だった。
「女神やつが言っていたでしょう。続きを書かせるって。ここはマスターが書きかけて放置した世界のどれかでしょうね。」
なんか見覚えないですかと聞かれたが、正直外国の森っぽいですねとしか感想を抱かなかった身としては如何ともし難く。ついハリからでる煙を目で追いながらあーとかうーとか唸った。
阿呆を見る目でみてから、「探索するしかなさそうですね」と周りを見回し出すハリ。
若干それに傷つきながら同じく周囲に目をやる。
ふと夕飯を食べ損ねていたことを思い出し、腹に手を当てた。ファンタジーであっても新陳代謝は働いてくれているようだ。ありがたくないことである。
「このドット、哺乳類だし食べれないかな。」
「一定時間入力が無かったのでアプリケーションを終了します。」
「は?!まてこらっ」
あろうことかイルカはキューンと音を立てて丸まりながら小さくなってゆき、クケケクケケと声をあげながら消えてしまった。
表情?はわからなかったが食べられる危険を察知したかのようなタイミングに意志を感じざるを得なかった。
「あいつやっぱなんか入ってるだろ……」
「あれは消したんで?」
「やーたぶん、また呼べばでてくるんじゃないかな……。」
アプリケーションとか言っていたし。
腹がくちくならないかぎり呼びかけに応じない気がしたけれど。
どちらにせよ、今は食糧事情の展望を明るくしたかった。
「その為には人のいるとこ……なんなら『登場人物に会いたいよね』」
「マス……」
ハリのギョッとした表情が見えたと思ったら次の瞬間目の前に人がいた。
正しくは、茶色の格子模様のベストと白いシャツ、濃茶の細身のスラックスが1メートル前にくらいに忽然と姿を現したのである。
「……君、だれ?」
降ってきた言葉に顔をあげればヘーゼルの瞳とかち合った。
少し濃い同色でゆるいウェーブの癖っ毛が短く揺れている。睫毛は密度も高くさわれば柔らかそうで、程よく高い鼻梁と乙女の潤いの唇がある。
一言でいって、美少年だ。
有名人に話しかけられたかのように動揺しながら応じようとした。
腹にタックル。かと思えば体が宙に浮き、地面が目の前に来た。視界が後ろから前に振動を伴いながら過ぎて行く。
「アホマスター……!」
「ハッリッ?」
結構なスピードで俵のように担ぎながら運ばれている。ハリだった。
「なんでっ逃げて……」
「アンタ手ェみてみなさいよ!」
がくがくと揺さぶられながら手を見た。
見たはずだった。
「えっ……??」
流れていく地面が見える。
手首のところまで透けていた。
「舌噛みますよ黙っててください!」
木の根を飛び越えながら掛かる重力に体を固くしながら従う。
逃げている?あの少年から?
手が透けていることと関係がある?
しばらく揺られ運ばれて沢に出た。
草地に降ろされ両肩を掴まれる。
「え、え、手が、これどうしよ」
「アンタねぇ……!」
ぎっと睨まれる。
ひぇ、と身をすくませるのを見るや、はぁと息を吐いてばしんと紺の尻を叩いた。
「自殺願望でもあるんですか?女神の言ったことを信じてないんですか。」
「え、何のこと」
「この世界に登場人物として認識されれば物語に取り込まれるってくだりです。」
信じていなかろうがこの通り起きている、とばかりに手首をとってみせる。
「さっき登場人物に会いたいと言ったでしょう。登場人物に認識されるってことは、どんな端役でさえハナシに出るっとことでしょうが!」
「えええ……言っただけなのにいいい……!」
そんな、と手を擦り合わせた。
あれ、と目を見開くとハリを見る。
「か、感触はあるみたい……」
「……俺もここのルールを全部知ってるわけじゃない。たぶんアンタと同じくらいのことしかわからないんです。……迂闊なことをせんでくれますか。」
チートだと思ってたらサポートキャラですら訳のわからない世界に放り出されたのか。
そんな、と涙目になるしかなかった。
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