ノスフェラトゥの求愛

月見月まい

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「また会いましたね、可愛い人。美しく装った貴女も素敵だ……おや、泣いているのですか?」
 
 大きな影がマデリーヌの前に立った。
 上着から帽子に靴、手袋に至るまで全て黒を基調とした異様な風体の男。
 目元を覆う黒い仮面で表情は読めないが、その青い瞳はまるでマデリーヌの心を覗き込むように、謎めいた光りを放っている。
 初めて会ったのはついこの間だというのに、ひどく懐かしく感じてしまうのはなぜだろう。
 彼の低く穏やかな声を聞いていると不安と悲しみでかき乱された心が落ち着き、苦痛が和らいでいく。

「な、泣いてなんかいません…!目にゴミが入っただけです」 
 
 取り乱してさめざめと泣いている姿を見られたのかと思うと気恥ずかしくて、マデリーヌは涙を拭って目を逸らしたまま答えた。
 思えば最初の出会いも今と似たような場面だった気がする。
 無力さに打ちひしがれ泣いているところを慰めてもらう――これでは初めて会ったときと全く同じ状況ではないか。
 また同じことを繰り返しなんの成長もしていない自分に腹立たしさを感じる。
 己の不甲斐なさを苦く感じながら、どうしてこんな自分に優しくしてくれる人ににそっけない態度をとってしまうのだろうと、ますます自己嫌悪に苛まれるばかりだ。

「……嘘、ですね」
 
 男の言葉に不意を突かれ驚いたマデリーヌは、無言のままじっと見つめてくる相手を見上げた。

「そんな悲しげな顔を見せられては信じろと言われても納得することなど出来ません。私でよければ――いえ、どうか私に貴女を慰めさせてください」 
「えっ?慰めるって一体・・・?」
「お熱いところ悪いが、私のことを忘れないでもらいたい。まだあの女の話を聞かせている途中だからな」
 
 男の言葉に困惑していると、先ほどの男性が二人の間に割って入り、マデリーヌを長椅子の端まで連れて行った。

「……なんだ、あの見るからに胡散臭い男は。小娘よ、悪いことは言わん。ああいう手合いは関わらない方が身のためだぞ?」
「なっ、初対面の方に失礼ですよ!それにあの方は私のことを気遣ってのことですから……」 
 
 どうやら男性はマデリーヌが怪しい男にそそのかされていると思っているらしく、彼なりの忠告のつもりでいるらしい。
 確かに仮面で素顔は分からないし怪しい出で立ちではあるが、彼が悪い人ではないとマデリーヌは信じている。
 なんとか男性にそれは誤解だと釈明しようとした時だった。

「ラヴァンディエ公爵……その方から離れてもらいましょうか」
 
 男は男性に鋭い眼差しを向け、つかつかと歩みながら近づくと耳もとでなにかを耳打ちする。
 すると、男性は目を大きく見開き、愕然とした表情で男を凝視した。

「……貴様、一体……?」

(あんなに怖い顔をしてどうしたのかしら・・・?)  
 
 二人の間に不穏な空気が流れ、何かあったことは明白だった。
 だが、それがどんな内容なのかはマデリーヌには知る由もない。

「では私はここで失礼いたします」
 
 黙り込んだままの男性に優雅に一礼して傍らを通り過ぎると、男はそっとマデリーヌの剥き出しの肩に触れた。

「さあ、行きましょうか」
「え?ええ・・・」 
 
 手袋越しとはいえ、直接肌に触れられてしまいマデリーヌは上擦った声で返事を返す。
 家族以外の男性に触れられた経験がないため、心穏やかではいられないマデリーヌはその場に立ち尽くす男性に一礼すると、男に促されるまま歩き出した。
 男に触れられることで大胆に胸や肩を露出した夜会服を着ていることを強く意識してしまい、今になって羞恥心が沸き上がってくる結果になってしまうのだった。
 男性は二人が通り過ぎるのを止めようとはせず、不可解な物を見るような目つきでじっと見送るだけだった。



 ロビーを出ると、男はマデリーヌを館内の一室に案内した。
 普段は控え室に使われる部屋なのだが、舞踏会が催されている今は人でごった返し活気に満ちた大広間に人が流れてしまっているため、ここは喧噪から逃れて逢い引きする男女の格好の隠れ場所になっているのだった。
 まさか人目を避けて恋人達が密会する小部屋に連れ込まれた――などとは夢にも思わないマデリーヌは、男に乞われるまま、今までのいきさつを彼に話した。
 婚約者の男性に招待され舞踏会にやってくると、婚約者は王の寵姫と呼ばれる女性と一緒にいたこと。
 事情を知る人間によれば、その女性――ロヴィーサ・ド・プレヴァン夫人は元々高位貴族を相手にした高級娼婦で、婚約者である伯爵も彼女の顧客の一人なのではないかという疑惑が浮上したことを語った。

「私、とても不安です。伯爵様がなにをお考えなのかさっぱり分からなくて。私をどうしようとお思いなのか・・・」
「そう・・・ですか。さぞお辛いことでしょう」   
 
 マデリーヌが話をしている間、男は神妙な面持ちのまま黙って聞き入り、ずっと手を握っていてくれた。
 手袋越しに伝わる彼の体温がマデリーヌに安心感を与え、婚約者に裏切られ傷つき途方に暮れていた不安定な心を落ち着けてくれたのだった。

「なんだかとても不思議です。あなたに触れられていると嫌なことも全部忘れられるような・・・安心した気持ちになります」
「貴女の不安を少しでも和らげられたならば光栄です。・・・ですが、今の貴女は少々目に毒ですね。己を自制するのがこんなにも辛いとは思いもよりませんでした」
「己を自制・・・?あっ・・・!」 
 
 男の熱を孕んだじっとりとした視線が肩や胸元に注がれているのに気がつき、マデリーヌは耳まで真っ赤になり顔を伏せてしまう。
 物欲しそうな眼で見られている・・・そう思うだけで身体の奥底からはしたない疼きがこみ上げ、いたたまれなさと恥ずかしさでいっぱいになってしまうのだった。
 マデリーヌが悶々としている間に、男は席を立つと上着と黒い三角帽を脱いだ。
 すると、銀糸のような長い髪が男の肩に流れ、その美しさにマデリーヌは思わず目を見張った。  

(銀の髪・・・?確か伯爵様もとても美しい銀髪だったわ。偶然かしら・・・)
 
 きっとただの偶然に違いない。けれど、なにか胸騒ぎがする。
 なにか大事なことを見過ごしているような――得体の知れないもやもやとした不安感を拭いきれないでいた。  

「こんなにも可憐で、私の心を掻き乱してやまない貴女が誰かのために涙を流している。そんなことが許せるはずがありません。どうか……私に貴女の心の癒やす役目を勤めさせてください」
 
 男の酔わせるような低く張りのあるバリトンにハッとして見上げると、首に巻かれたクラヴァットを緩め、シャツの袖を捲る彼と目が合った。
 出会ったときから変わらない、マデリーヌの心を強く引きつける眼差しに見つめられ、無言のまま視線が絡み合う。 

「・・・これ以上、我慢できそうにありませんね・・・」
 
 沈黙を破ると同時に男の腕が伸び、マデリーヌを引き寄せ腕の中に抱き寄せる。

「え……えっ?」
 
 突然のことに目を白黒させるマデリーヌを部屋に備え付けてある簡易ベッドに押し倒すと、唇を重ねた。
 覆い被さってくる男の重みと体温に息を飲む。
 男の唇から漏れる熱い吐息がマデリーヌの思考を乱し、頭が真っ白になっていく。
 やがてぬめりを帯びた舌が唇を割って口腔へ伸び、マデリーヌの舌を探り当てると貪欲に絡め取った。

「あうんっ・・・ううっ・・・」
 
 容赦のない男の技巧を注がれ、全身から力が抜け落ちていく。
 接吻の心地よさにマデリーヌが酔っていると、男の手が胸元のレースを引き下げ、まだ熟れきっていないふくらみを包み込み、ゆったりとした動作で揉み始めた。

「ひゃっ!そんな・・・ああっ・・・」
 
 敏感な先端を刺激され、全身にもどかしい疼きが波紋のように広がっていく。

「とてもいやらしい・・・快楽に蕩けた貌ですね。ああ、もっともっと乱してしまいたくなる・・・」
 
 心の奥深くまで侵されそうな、低く艶めいた声音で囁かれマデリーヌはビクリと身体を震わせる。

「いやっ・・・そんなこと言わないで・・・おかしくなりそう・・・」
 
声を震わせながら視点の合わない瞳で訴えるも、首筋を強く吸われ、その強い刺激に「んんっ!」と声を漏らすだけしかない。
 マデリーヌの反応を頃合いと判断した男はドレスの裾を捲り上げると、太股を撫で回し始めた。
 白い太股や内股に指が這い回り、執拗な愛撫にマデリーヌの息は上がり灼けるような熱が下腹部をジンジンと焦がしていく。

「もっと欲しいですか?もっと高みへと昇りつめて気持ちよくなりたいですか・・・?」
 
 悪魔の誘惑のような声音で男が尋ねる。
 判断力を失わせる程の快楽で、茫然自失状態のマデリーヌはボーッとしたままコクリと頷いた。
 男は「仰せのままに」と甘く囁くと、マデリーヌの手をそっと握り、固く張り詰めた己の中心に触れさせる。
 それは脚衣のブリーチズ越しからでも分かるほど膨張しており、初めて触れる男性の欲望の質量にマデリーヌは動揺のあまり言葉をなくし、身を固くするのだった――。
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