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1章:最悪の旅立ち
夜猫の二拍子舞踏 13
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「魔物!?」
それは狼に似た、ワーウルフと呼ばれる魔物であった。ただ、狼と決定的に違うのは、二足歩行する事、そして全身を覆う体毛が闇に紛れるような黒に染まっている。加えて、その爪は獲物を狩るためにしては過剰に思えるほど鋭利なものへと変わっており、まるで刃物のように光っていた。
その眼光からは、およそ理性というものがまったく感じられない。おそらくは、目の前の獲物に対して食欲しか抱いていないのだろう。
実際に魔物を見るのは初めてのアイルだが、これが人間の造り出した生き物だとは到底思えなかった。本に載っていた挿絵とは比べものにならないほどの威圧感がそこにはある。なにより、肌で感じる存在感が尋常ではなかった。
アイルは無意識のうちに後ずさる――が、ぐいっ! と、そんな彼の腕をメリスが掴み、引き寄せた。
「あたしから離れないで」
耳元で囁かれた言葉に、アイルは小さく首肯する。そして、逃げる事を考えてしまった自分を心の中で叱咤すると、覚悟をきめて腰に差していた剣の柄に手をかけた。
だが、そんな事を悠長に考えている暇はない。なぜなら、すでにワーウルフはこちらに向かって駆け出していたのだから――!
ワーウルフは一瞬のうちに間合いを詰めると、鋭い凶爪を振り下ろしてくる!
「グゥアァッ――!!」
「下がって、アイル」
短くそう言うと、すかさず前に飛び出したメリスはフェニキスを構え、グリップの金飾に指を這わせて引く。直後、衝撃音とともにフェニキスの筒先から白色の光弾がまっすぐに飛んでいき、ワーウルフの眉間を射抜いた。
以前は陽の光と同化して、不可視としか表現できなかった攻撃の正体が、暗所である今はアイルの目にもはっきりと視認できる。
「ギャウンッ……!」
短い悲鳴とともに、ワーウルフは地面に倒れ伏す。しかし、まだ息があるのか、身体を痙攣させながらも懸命に立ち上がろうとしていた。
「ッとどめ――!」
アイルは駆け出すと、倒れたまま起きあがれないワーウルフに向かって剣を振り下ろす。
ザクッ――、と刃先が硬い毛皮と肉を裂く感触が手に伝わってきた。振り下ろされた剣はそのままワーウルフの頭部、命を断ち割る。
「キャインッ……」
刃が深く食い込むと、人間と同じ赤い血とともにワーウルフは断末魔の鳴き声を上げ、やがて動かなくなった。
「――っ、はぁ……ッ」
緊張から解放された瞬間、アイルは大きく肩で呼吸をする。
そして、視線をメリスの方に向けると、彼女は特に疲れている様子もなく、涼しい顔のままフェニキスを肩にアイルのもとへ歩み寄ってきた。
「お見事! 初めてにしてはなかなかの立ち回りだったわよ」
「そ…そうかな?」
アイルは額の汗を拭いながら、慌てて剣についた血を払う。
実戦はこれが初めてだったが、思っていたよりも落ち着いて戦えた気がする。最初こそ恐怖に飲み込まれそうになったが、どうにか持ち直す事もできたわけで。
もちろん、それらはメリスがサポートしてくれたおかげなのだが――、それでも自分の実力でもちゃんと戦えた事が嬉しかった。
「この調子なら、すぐにあたしの背中を任せられるくらい強くなれるかもね」
「えへへ……。評価し過ぎだと思うけど、でも、頑張るよ」
女神のメリスと肩を並べて戦う――、そんな日が本当にやって来るのかは分からないが、アイルは思わず笑みを浮かべる。
メリスはそんなアイルの様子を見て、小さく微笑む。
「それで、もう上に戻る? 一応、魔物がいるって事は確認できたし、依頼は達成したと思うんだけど」
「そうだね。じゃあ、――」
なにか証拠を持って戻ろうかと言いかけたところで、ふと、ワーウルフの首にあるものに目を吸い寄せられる。
それは、首輪だ。棘だらけの鎖を巻いたもので、見ているだけでなんとも痛々しい印象をもたらしてくる。加えて、単純な鉄製ではなく、鉄に何かを混ぜ込んだような不思議な金属が使われているようで、ところどころに赤黒い染みのような模様がある。
なんにせよ、魔物がこのような装飾品を身につけているという事に、アイルは違和感を抱かずにはいられなかった。
「これって……誰かに飼われてるのかな……? でも誰が魔物なんて……」
「さぁ……、けど、こんなの飼うなんて相当な物好きよね」
メリスはそう言って肩をすくめる。
なぜ魔物に首輪などつけているのか――。そもそも、いったい誰が魔物に首輪をつけているというのか。
どうにも気になる事は多いが、答えを知る術は――
「メリス。もうちょっと奥まで行ってみよう」
確かめるには、もっと水路を進む必要があるかもしれない。それに軍士団に伝える情報は正確な方が好ましいだろう。
そう考え、アイルはもう少しだけ調査を続ける事を決めた。
「そう言うと思った。――まぁ、あたしも気になったし、もう少し調べよっか」
メリスは苦笑いしながらそう言うと、再びフェニキスを構えてみせる。
ふたりはワーウルフの死体をその場に残して、ランプを手に再び薄暗い地下水路をさらに奥へと歩き始めた。
それは狼に似た、ワーウルフと呼ばれる魔物であった。ただ、狼と決定的に違うのは、二足歩行する事、そして全身を覆う体毛が闇に紛れるような黒に染まっている。加えて、その爪は獲物を狩るためにしては過剰に思えるほど鋭利なものへと変わっており、まるで刃物のように光っていた。
その眼光からは、およそ理性というものがまったく感じられない。おそらくは、目の前の獲物に対して食欲しか抱いていないのだろう。
実際に魔物を見るのは初めてのアイルだが、これが人間の造り出した生き物だとは到底思えなかった。本に載っていた挿絵とは比べものにならないほどの威圧感がそこにはある。なにより、肌で感じる存在感が尋常ではなかった。
アイルは無意識のうちに後ずさる――が、ぐいっ! と、そんな彼の腕をメリスが掴み、引き寄せた。
「あたしから離れないで」
耳元で囁かれた言葉に、アイルは小さく首肯する。そして、逃げる事を考えてしまった自分を心の中で叱咤すると、覚悟をきめて腰に差していた剣の柄に手をかけた。
だが、そんな事を悠長に考えている暇はない。なぜなら、すでにワーウルフはこちらに向かって駆け出していたのだから――!
ワーウルフは一瞬のうちに間合いを詰めると、鋭い凶爪を振り下ろしてくる!
「グゥアァッ――!!」
「下がって、アイル」
短くそう言うと、すかさず前に飛び出したメリスはフェニキスを構え、グリップの金飾に指を這わせて引く。直後、衝撃音とともにフェニキスの筒先から白色の光弾がまっすぐに飛んでいき、ワーウルフの眉間を射抜いた。
以前は陽の光と同化して、不可視としか表現できなかった攻撃の正体が、暗所である今はアイルの目にもはっきりと視認できる。
「ギャウンッ……!」
短い悲鳴とともに、ワーウルフは地面に倒れ伏す。しかし、まだ息があるのか、身体を痙攣させながらも懸命に立ち上がろうとしていた。
「ッとどめ――!」
アイルは駆け出すと、倒れたまま起きあがれないワーウルフに向かって剣を振り下ろす。
ザクッ――、と刃先が硬い毛皮と肉を裂く感触が手に伝わってきた。振り下ろされた剣はそのままワーウルフの頭部、命を断ち割る。
「キャインッ……」
刃が深く食い込むと、人間と同じ赤い血とともにワーウルフは断末魔の鳴き声を上げ、やがて動かなくなった。
「――っ、はぁ……ッ」
緊張から解放された瞬間、アイルは大きく肩で呼吸をする。
そして、視線をメリスの方に向けると、彼女は特に疲れている様子もなく、涼しい顔のままフェニキスを肩にアイルのもとへ歩み寄ってきた。
「お見事! 初めてにしてはなかなかの立ち回りだったわよ」
「そ…そうかな?」
アイルは額の汗を拭いながら、慌てて剣についた血を払う。
実戦はこれが初めてだったが、思っていたよりも落ち着いて戦えた気がする。最初こそ恐怖に飲み込まれそうになったが、どうにか持ち直す事もできたわけで。
もちろん、それらはメリスがサポートしてくれたおかげなのだが――、それでも自分の実力でもちゃんと戦えた事が嬉しかった。
「この調子なら、すぐにあたしの背中を任せられるくらい強くなれるかもね」
「えへへ……。評価し過ぎだと思うけど、でも、頑張るよ」
女神のメリスと肩を並べて戦う――、そんな日が本当にやって来るのかは分からないが、アイルは思わず笑みを浮かべる。
メリスはそんなアイルの様子を見て、小さく微笑む。
「それで、もう上に戻る? 一応、魔物がいるって事は確認できたし、依頼は達成したと思うんだけど」
「そうだね。じゃあ、――」
なにか証拠を持って戻ろうかと言いかけたところで、ふと、ワーウルフの首にあるものに目を吸い寄せられる。
それは、首輪だ。棘だらけの鎖を巻いたもので、見ているだけでなんとも痛々しい印象をもたらしてくる。加えて、単純な鉄製ではなく、鉄に何かを混ぜ込んだような不思議な金属が使われているようで、ところどころに赤黒い染みのような模様がある。
なんにせよ、魔物がこのような装飾品を身につけているという事に、アイルは違和感を抱かずにはいられなかった。
「これって……誰かに飼われてるのかな……? でも誰が魔物なんて……」
「さぁ……、けど、こんなの飼うなんて相当な物好きよね」
メリスはそう言って肩をすくめる。
なぜ魔物に首輪などつけているのか――。そもそも、いったい誰が魔物に首輪をつけているというのか。
どうにも気になる事は多いが、答えを知る術は――
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確かめるには、もっと水路を進む必要があるかもしれない。それに軍士団に伝える情報は正確な方が好ましいだろう。
そう考え、アイルはもう少しだけ調査を続ける事を決めた。
「そう言うと思った。――まぁ、あたしも気になったし、もう少し調べよっか」
メリスは苦笑いしながらそう言うと、再びフェニキスを構えてみせる。
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