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1章:最悪の旅立ち
夜猫の二拍子舞踏 12
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◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ルヴェール聖王国にある街の地下には、ほとんどの場合において古い水路が走っている。
これらは現国王から数えて四代ほど前の王、フローディオ“黎地王”の治政で、王国中に地下水路を張り巡らせる計画が存在したときの名残である。
地方の水不足を解消し、さらには水害対策にも役立つと期待されただろうこの大事業は、しかし結局のところ頓挫した。理由はいくつかあったらしいが、中でも最大のものは技術不足だとされている。
王都周辺の水源は豊富だが、地方に行けば行くほど湖沼や河川の数は減っていく。当時の技術では、国土すべてを巡る地下水路の敷設は不可能だったのだろう。だが、それでも壮大な水路の計画そのものは細々と継続されていた。
聖王国中から【水神の加護】を持つ者達を集めて、それによって大規模な工事を行っていた時期もあったという。
その結果、王国を巡る地下水路自体はとりあえず完成していたのだが――、そのとき、聖王国はカンタレラ帝国に戦争で領土の一部を奪われており、そこに地下水路の出入り口がすでに存在していた事から、当時の帝国はこれを利用し、ある意味では侵略行為の一環として自国の戦力強化のための技術を流用したのだ。
すなわち、聖王国に魔物を送り込むための侵入経路として――。
これを受けて聖王国側は魔物を王都に入らせないために地下水路を封鎖し、やはり水路の計画は頓挫する事になった。そんな経緯もあって、地下水路は魔物の巣窟となっている場所も少なからず存在するらしく、その大半はもう使われていないものの、一部はシズマのように街ごとで利用されている事もある。
シズマでは、近くにある湖から水を引いて生活用水として使っているそうだ。もちろん、魔物の脅威がない事を確認した上でなのは言うまでもない。
にもかかわらず――、
「地下水路から何かの気配がする、ね」
「スイさんの話だと、今のシズマは正体不明の魔物でちょっとした騒ぎになってるみたいだから、軍士団も地下水路までは手が回らないんじゃないかな」
「でも、それって最近の話でしょ。季節が一巡りするくらい経ってるのに?」
「あはは……、それはそうなんだけどね……」
蝋燭を入れたランプで足元を照らしながら、アイル達は上の井戸から差し込む陽の光がわずかに照らすばかりの薄暗い地下水路を進んでいた。
武器屋を出たあと、ふたりはスイの案内で地下水路の入り口でもある裏手の井戸から、ここに降りてきたのだ。当然、彼女から受けた依頼をこなすためである。
依頼された内容は、地下水路の調査である。話によれば、去年の終わり頃から地下水路で物音がするようになったとかで、魔物が潜んでいるのではないかと近所の人々が不安に思っているらしい。
しかし、緊急性がないという事で軍士団はなかなか動いてくれない。そのため、スイ達は調査の依頼を出す事に決めた。そこでちょうど傭兵になろうとしていたアイル達に矢が立ったわけだった。
基本的に魔物狩りをする傭兵はシズマのような治安の良い街にはあまりいないのだろう。そこへ現れたアイル達は、まさにうってつけの存在と思われたわけである。
「けど、前金で剣も貰っちゃったし、やるしかないよね」
アイルは腰に差している剣の柄を撫でながら言う。正確には、スイの勧めもあって依頼を受ける事が決まった途端、ガジから半ば無理矢理押し付けられた形だが……、ひとまずは前金という体裁で受け取った。
ちなみにその場で理由を尋ねたところ、「危ないから持っていけ!」だそうだ。
どうやら、彼なりに心配してくれていたらしい。頑なに依頼の話をしようとしなかったのも、今思えばアイル達を心配しての事だったのかもしれない。
とはいえ、別に依頼の本質はあくまで地下水路の調査であり、魔物を倒してこいというものではない。魔物がいないならそれに越した事はなく、もし魔物が確認できたら軍士団を急かす口実を持ち帰る――、というのが、アイル達が受けた依頼の概要である。
「ま、あたしがいればどんな魔物がいたってイチコロよ」
「うん、頼りにしてる」
自信満々に宣言するメリスに、アイルは笑顔を返す。実際、彼女がいるだけで安心感が違う。しかし、だからといってすべて任せきりにするつもりはなかった。
曲がりなりにも“英雄”を目指すからには、いざというときに自分で戦えるだけの力を身につけておく必要があるからだ。
(大丈夫……、今まで自分なりに練習してきたんだ……)
アイルはそう自分に言い聞かせながら、剣の柄を強く握りしめる。
地下水路は静寂そのもので、流れる水音と、ぴちゃん――、と落ちる水滴の音以外にはなにも聞こえてこなかった。そして、【水神の加護】で造られた水路なだけあって、水の浄化作用が働いているのだろう。悪臭の類もほとんどしない。
もっとも、地下水路は地上よりも気温が低いため、湿気はそれなりに感じる。肌寒さを感じるほどではないが、それでもあまり長居をしたいとは思えない場所だった。
そして、しばらく進んだところで――、
「――止まって」
メリスが突然、立ち止まってアイルの歩みを手で制する。
彼女は通路の先にある暗闇を見つめたまま、真剣な表情を浮かべている。
「どうしたの?」
「シッ、静かに。……来るわ」
「えっ?」
メリスはそれだけ言うと、右手に武器――フェニキスを顕現させる。
「グルルルッ――!!」
直後、闇の中から獣のような声が響いたかと思うと、突如として影が躍り出た――!!
ルヴェール聖王国にある街の地下には、ほとんどの場合において古い水路が走っている。
これらは現国王から数えて四代ほど前の王、フローディオ“黎地王”の治政で、王国中に地下水路を張り巡らせる計画が存在したときの名残である。
地方の水不足を解消し、さらには水害対策にも役立つと期待されただろうこの大事業は、しかし結局のところ頓挫した。理由はいくつかあったらしいが、中でも最大のものは技術不足だとされている。
王都周辺の水源は豊富だが、地方に行けば行くほど湖沼や河川の数は減っていく。当時の技術では、国土すべてを巡る地下水路の敷設は不可能だったのだろう。だが、それでも壮大な水路の計画そのものは細々と継続されていた。
聖王国中から【水神の加護】を持つ者達を集めて、それによって大規模な工事を行っていた時期もあったという。
その結果、王国を巡る地下水路自体はとりあえず完成していたのだが――、そのとき、聖王国はカンタレラ帝国に戦争で領土の一部を奪われており、そこに地下水路の出入り口がすでに存在していた事から、当時の帝国はこれを利用し、ある意味では侵略行為の一環として自国の戦力強化のための技術を流用したのだ。
すなわち、聖王国に魔物を送り込むための侵入経路として――。
これを受けて聖王国側は魔物を王都に入らせないために地下水路を封鎖し、やはり水路の計画は頓挫する事になった。そんな経緯もあって、地下水路は魔物の巣窟となっている場所も少なからず存在するらしく、その大半はもう使われていないものの、一部はシズマのように街ごとで利用されている事もある。
シズマでは、近くにある湖から水を引いて生活用水として使っているそうだ。もちろん、魔物の脅威がない事を確認した上でなのは言うまでもない。
にもかかわらず――、
「地下水路から何かの気配がする、ね」
「スイさんの話だと、今のシズマは正体不明の魔物でちょっとした騒ぎになってるみたいだから、軍士団も地下水路までは手が回らないんじゃないかな」
「でも、それって最近の話でしょ。季節が一巡りするくらい経ってるのに?」
「あはは……、それはそうなんだけどね……」
蝋燭を入れたランプで足元を照らしながら、アイル達は上の井戸から差し込む陽の光がわずかに照らすばかりの薄暗い地下水路を進んでいた。
武器屋を出たあと、ふたりはスイの案内で地下水路の入り口でもある裏手の井戸から、ここに降りてきたのだ。当然、彼女から受けた依頼をこなすためである。
依頼された内容は、地下水路の調査である。話によれば、去年の終わり頃から地下水路で物音がするようになったとかで、魔物が潜んでいるのではないかと近所の人々が不安に思っているらしい。
しかし、緊急性がないという事で軍士団はなかなか動いてくれない。そのため、スイ達は調査の依頼を出す事に決めた。そこでちょうど傭兵になろうとしていたアイル達に矢が立ったわけだった。
基本的に魔物狩りをする傭兵はシズマのような治安の良い街にはあまりいないのだろう。そこへ現れたアイル達は、まさにうってつけの存在と思われたわけである。
「けど、前金で剣も貰っちゃったし、やるしかないよね」
アイルは腰に差している剣の柄を撫でながら言う。正確には、スイの勧めもあって依頼を受ける事が決まった途端、ガジから半ば無理矢理押し付けられた形だが……、ひとまずは前金という体裁で受け取った。
ちなみにその場で理由を尋ねたところ、「危ないから持っていけ!」だそうだ。
どうやら、彼なりに心配してくれていたらしい。頑なに依頼の話をしようとしなかったのも、今思えばアイル達を心配しての事だったのかもしれない。
とはいえ、別に依頼の本質はあくまで地下水路の調査であり、魔物を倒してこいというものではない。魔物がいないならそれに越した事はなく、もし魔物が確認できたら軍士団を急かす口実を持ち帰る――、というのが、アイル達が受けた依頼の概要である。
「ま、あたしがいればどんな魔物がいたってイチコロよ」
「うん、頼りにしてる」
自信満々に宣言するメリスに、アイルは笑顔を返す。実際、彼女がいるだけで安心感が違う。しかし、だからといってすべて任せきりにするつもりはなかった。
曲がりなりにも“英雄”を目指すからには、いざというときに自分で戦えるだけの力を身につけておく必要があるからだ。
(大丈夫……、今まで自分なりに練習してきたんだ……)
アイルはそう自分に言い聞かせながら、剣の柄を強く握りしめる。
地下水路は静寂そのもので、流れる水音と、ぴちゃん――、と落ちる水滴の音以外にはなにも聞こえてこなかった。そして、【水神の加護】で造られた水路なだけあって、水の浄化作用が働いているのだろう。悪臭の類もほとんどしない。
もっとも、地下水路は地上よりも気温が低いため、湿気はそれなりに感じる。肌寒さを感じるほどではないが、それでもあまり長居をしたいとは思えない場所だった。
そして、しばらく進んだところで――、
「――止まって」
メリスが突然、立ち止まってアイルの歩みを手で制する。
彼女は通路の先にある暗闇を見つめたまま、真剣な表情を浮かべている。
「どうしたの?」
「シッ、静かに。……来るわ」
「えっ?」
メリスはそれだけ言うと、右手に武器――フェニキスを顕現させる。
「グルルルッ――!!」
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