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1章:最悪の旅立ち

思い出の値打ち 03

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 扉を開けて入ってみると、路地裏なのもあって外の光があまり入ってこない上に照明を点けていないせいか、店内はとても薄暗かった。かろうじて、壁際の棚に並べられた服や装飾品がぼんやり見える程度だ。
 それに、少し埃っぽい臭いもする……。
 まるで長年使われていない廃屋のような雰囲気だ。さすがに咳き込むほどアイルは鼻がむず痒くなるのを感じた。
 店内には様々な種類の衣服が並んでいた。それ見て、やはり服飾店で間違いないのだと安心する。それで安心するというのもおかしな話だが、少なくとも服を取り扱っている店であることが分かれば、目的は果たせそうである。
 ――ただし、
「えっと……古着屋?」
 メリスの呟き通り、よくよく見れば、店内に並んでいるのはどれもこれもボロ布同然の服ばかりだ。しかも、その大半が継ぎ接ぎだらけで、生地が足りていない箇所が目立つ。
 おそらく、誰かのお下がりや使い回しといったところだろうか……。
 中には貴族が着るようなボタン留めの服やドレスもあるが、それらも同様に穴や切れ目がいくつもあり、とても着られるようなものではない。元は上等な素材で作られていたのだろうと思わせるだけに、余計に痛々しい印象を受ける。
 どうやらこの店の商品は、お世辞にも、あまり良い状態とは言えないようだ。
 本当にここで自分の服を買い取ってもらえるのかと思いつつ、それでも一応、アイルは店主らしき人物の姿を探す。
 すると、店の奥の方にあるカウンターの向こう側で、ひとりの少女が、黙々と針仕事をしているのが見える。こちらに背を向けて、こちらに背を向けて、顔が見えないので年齢はよく分からないが、アイル達より少し幼いくらいの年頃のようだった。
「あの、すみません」
 アイルが声を掛けると、少女は作業をする手を止めないまま、声だけをふたりに向けて投げかけてきた。幼い声音ながらも少ししゃがれた、どこか陰鬱そうな声だ。
「いらっしゃいませ」
 抑揚のない口調でそう言うと、チラリと視線だけでアイル達の方を見てくる。
「あ、えと、服の買い取りをしてもらいたいんですけど」
「……ん」
 少女は無言で立ち上がり、奥へと消えていく。
 それからしばらくして、その手に染色前と思われる白い布服を一着持って戻ってきた。一枚の布で作られた、足元まですっぽり隠れるタイプのものだ。
 そして、それを無造作にカウンターの上に放り投げると、何も言わず再び作業台の前に腰掛けて、何事もなかったようにちくちくと針仕事を再開する。
 さっきと変わらず奥の暗がりにいるせいか、少女の顔もよく見えないままだ。
「これは……?」
 困惑した様子でアイルが訊ねると、少女はただ一言、アイルの方を見てボソリと呟く。
「……脱いで」
「え!?」
「はあ!?」
 まさかの言葉に、アイルとメリスから同時に驚きの声が上がる。
 メリスの反応は顕著で、別に自分が脱げと言われたわけでもないのに顔を真っ赤にして怒り混じりに叫んだ。誇張でもなく、今にもカウンターの上に足を置きそうな勢いである。
 アイルは少女よりも、むしろメリスの反応の方に驚いて、なぜそこまで……と困惑せずにはいられない。
 が、少女は相変わらずの無表情のまま淡々と言う。
「……他に服を持ってる様子もないし、その着ている服を売るんでしょ。査定するから、その間にこれを着て待ってて」
「あ……ああ、そういうこと……」
 合点がいったアイルは、ホッとしたように息を吐いてから、布服を手に取ってどこか着替えられる場所を探す。
 すると、少女が無言で店内の隅を指差す。そちらには、汚れたカーテン付きの仕切り板が立ててあった。そこで着替えろということだろう。
「ありがとう」
 礼を言いながら、アイルはその仕切り板の中へと入っていこうとして――
「……」
 なぜか、メリスがしれっとその後を追ってきたのに気付いて、慌てて振り返る。
「ちょっ、ちょっと! メリス! なんで一緒に入ってこようと……!?」
「だって、気になるじゃない? どんな感じなのかーって」
「何が!?」
 これ以上押し問答していても仕方がないと思ったアイルは、半ば強引にメリスを仕切りの向こうへと押しやると、さっさと着替え始める。
「ちょっと! 奴隷を目の届くところに置いておくのが女神たるわたしの務めよ!」
「そんな務め、絶対ないと思う……。とにかく待ってて、すぐ着替えるから」
 呆れ気味に返すアイルだったが、それ以上は何も言わず、いそいそと着ていた服を脱ぎ、できる限り見栄えよく畳んで、代わりに渡された布服に袖を通した。
 いざ着てみると、服の下の縁がひらひらとしていてなんだか落ち着かない……。
 きちんと足元まで隠れているのだが、服の構造が実質ドレスのようなものなので違和感が凄まじかった。
 とりあえず、着こなしに問題がないことを確かめてから、アイルは仕切りを出た。
「おかえりー。……へぇ~! なかなかカワイイじゃない」
 着替え終わったアイルを見て、カウンターに腰かけたメリスがそんな感想を述べる。
「嬉しくないけど……。それにカワイイって……どのあたりが?」
「なんかもう全体的に? ねえ、そのひらひらしたとこ、めくってみてもいい?」
「絶対にダメっ」
 アイルとしては、できるならカワイイよりも“カッコイイ”と評価された方が嬉しい。しかし、メリスはどうやら本気で言っているらしい。
 すると、そこでカウンター向こうの少女が、ボソっと口を開いた。
「……査定を始める。脱いだ服を渡して」
 言われて、アイルは素直に着てきた服を差し出す。
 少女はそれを受け取ると、慣れた手つきで素早く検分し始めた。
 服を広げて、裏返し、縫い目などを丹念に見つめ、また広げ、と繰り返していく。裾を引っ張ったり、襟元を覗き込んだり――。ほつれや生地の傷み具合なども、しっかり確認しているようだ。
 その真剣な眼差しは、まるで獲物を狙う猛禽類のような鋭さがある。
 やがて、一通り調べ終えたのか、それまでは無表情だった少女の顔に、かすかに笑みの色が浮かぶ。彼女はカウンターの下からじゃらりと硬貨の入っていると思われる袋を取り出して――。
「……銀貨二十枚」
「え?」
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