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木下
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麗子には‘ハリー達‘の事を伏せておいた。勿論、取材を続けている麗奈にも。
私的な案件である。そもそも‘友人の暴力団組長‘からの情報であり、命の危険性も否定出来ない。黒幕の存在をも考えるならば、一警察官がつついていい案件ではない。勿論、小松の話が真実という前提であるが……本来なら他のメンバーにも伏せておくべきだろう。だが既に、鳴沢はあの場所に同席していた。情報の収集には、どうしても津島の技術が必要になるだろう。更に小出の情報分析能力、鳴沢の行動力。優秀な部下達だが、二人、三人と集まれば、その能力はさらに相乗効果をへて飛躍的に上昇する。少し悩んだが、武男は結局、麗子をのぞく三人に協力を仰いだ。
麗子を信用していない訳ではない。まだ若く、正義感に満ち溢れた彼女を巻き込みたくないというのが本音だった。他の三人もすぐ理解したようだ。元々、武男のチームはヤサぐれの集まりである。地元の国立大学の出身で、検挙率もずば抜けていた武男は、若くして本部に召喚されたが、いかんせん、母親の経歴と、小松の存在。それが仇となって、出世の道は閉ざされた。エリートでもある本部の刑事部の中において、武男のチームだけは、出世には縁の無い者達が集まってくる。
津島は、内向的なオタクで、警察組織に馴染むことが出来ず、辞めようとしているところを、武男が拾い上げたのだ。正にダイヤモンドの原石だった。
鳴沢も武男同様、抜群の検挙率を誇る優秀な刑事だったが、半ぐれの乱闘現場にて、リーダーのこめかみに銃口をあてた事で、辞表を書く事になった。銃を向けられた半ぐれのリーダーは、たまたま一九歳の少年であった為、マスコミが騒ぎ立てたのだ。後の取り調べでそのリーダーは、二件の殺人を犯していた大悪党だという事が分かったが、時すでに遅しである。世間や警察に失望し、絶対に辞めると言って聞かなかった鳴沢を説得して本部に呼んだのは武男である。それまで、スーツの似合うスポーツマンというイメージだった鳴沢は、本部にきて一年程で、今のスタイル(いわゆるヤクザのような風体)に変貌を遂げた。それは、彼が武男に心を開いた証であった。
小出は元々警視庁本部の人間だった。刑事というよりは、優秀な分析官である。しかし、小出も津島同様、組織、特に警察組織に馴染める体質ではなかった。気が弱いのである。現場の上司や同僚からいじめにあい、萎縮していた。小出のような人間は、その能力を評価し、適所に配属してやらなければ宝の持ち腐れになる。ようは、上司がバカなのである。警視庁本部とは言え、たたき上げの筋肉バカは存在する。でも小出は運が良かった。小出の同期で、キャリア警察官である竹本警視正が、小出を見かねて武男に相談にきたのだ。武男は竹本警視の事を知らなかったが、彼は武男の事を知っていた。津島と鳴沢の件で知ったのだと言っていた。竹本警視の話だと、小出とは高校の同級で、高校時代から、小出はいじめにあう‘体質‘であったらしい。高校時代はほとんど不登校で、出席日数から逆算して、卒業がやっとであったという。にも関わらず、小出は都内の有名私立大学に合格した。竹本は東大卒であるが、小出の方が頭はいいはずだとも言っていた。そんな元同級生を心配して武男を訪ねてきたのである。どうやら、鳴沢と津島の件は有名であるらしい。最も、武男の評判からして、悪い意味での有名という事は想像がつく。竹本がどうやったのかは分からないし、そんな事はどうでもよかったが、小出は千葉県警察本部に移動になった。そもそもキャリアではない地方公務員の小出が、千葉県警に移動する事などあり得ないのである。いずれにしろ、武男の部下となった小出は本来の力を発揮した。
この三人は武男に絶対の信頼を寄せている。そんな訳で、武男はホワイト興産の一件を彼等に話したのだ。
因みに、麗子が武男の部下に配属されたのは別の意味がある。キャリアではないが、彼女は女性管理職の育成要員としてやってきた。学歴、そして警察学校での成績。麗子には素質がある。まず所轄で下積みをし、その後、本部の刑事部でキャリアを積む。そして三〇代半ばで、警部補に昇級して、再び所轄に配属されるだろう。
日本は先進国の中でもずば抜けて女性管理職が少ない。県警としても、文句を言われる前に、実績をつくりたいのだ。で、何かと小うるさい、優秀な女刑事が武男の元に配属されたというわけである。つまり、麗子には武男を含めた四人とは違って輝かしい将来がある。こんな私的で危険な案件に巻き込むわけにはいかない。
彼等の仕事は早かった。津島が三日という短期間で、多くの情報を収集してくれた(机の上の女の子達は先週のままローテーションされていないので、泊まり込みだったようだ)
鳴沢は津島の情報を元に各地を飛び回り、粗方の裏を取ってきた。小出がそれらの情報をまとめ、考察まで加えて武男に提出したのは小松と会った日から数えて僅か五日目だった。
麗子には聞かれたくなかったので、会議室を使う事にした。小出が皆に資料を渡し、説明を始めた。鳴沢は資料を見つめたまま唇を噛んでいる。津島は資料にはめもくれずに、持参したノートパソコンのキーを叩いている。今日の小出は珍しく銀縁の眼鏡だ。そのせいか心なし精悍な印象を受ける。
「結論から言うと小松の言った事は事実だと思います」そう前置きしてから、報告を始めた。小出の報告は簡潔で分かりやすかった。
あの事故で死亡したミニバンの運転手、フリージャーナリストの沢村英二は七年前、つまり、事故の二年前に静岡県、清水市の市長(柳沢幸喜)と佐川組系暴力団、江藤組との癒着について調べていた。そして沢村の告発によって、市長退陣に追い込まれた柳沢は‘暴力団との癒着は無かった‘という遺書をしたためて自殺している。
沢村の告発内容はかなり具体的なもののようであったが、決定的な証拠はなかった。警察の調べでも、限りなく黒ではあったが、当人が自殺してしまった為、それ以上の追求を諦め、結果として江藤組に逮捕者が出る事は無かったという。
「実際のところ、どうなんだ?」
「百%黒ですね」津島が答えた。
「根拠はいくらでも示せますが、まあここで問題なのは地元警察のずさんな捜査です。柳沢は自殺ではなく、江藤組に殺されたとみて間違いないでしょう。遺書も無理やり書かされたものだと思います。状況証拠とその後の経緯からも疑う余地はありません」小出が答えた。
更に詳しい裏どりをしないと百%とは言えないが、それは今回の目的ではない。江藤組は傘下の土木、建設会社への事業発注の見返り、更には市政を取り巻く厄介ごとの請負などを、歴代の市長と結託して行ってきた。長年にわたるズブズブの関係である。黙っていても金が落ちてくるこのシステムを沢村英二に潰されてしまったのだ。江藤が沢村を狙う根拠としては充分だ。そして、江藤が刺客として使ったのが、トラックの運転手である荻原衛である。これは所轄の捜査からは出てこなかった情報だ。
小出の説明によると、荻原は泥棒壁があり、過去三回、窃盗で挙げられ、服役経験もある。そんな萩原は、事故の二ヶ月前に、ある情報を元に江藤の事務所に窃盗に入った。それは、江藤による策略だったが、荻原本人は気づいていない。結果、ヤクザの事務所に窃盗目的で侵入した荻原は‘おとしまえ‘を払わされたのだ。元々叩けば埃の出る身の上であった為、荻原に選択の余地は無かったと思われる。ただ、事故後の荻原のうろたえ方から(自殺の可能性が高い)ターゲットが親子連れの家族とは聞かされていなかった可能性がある。用意周到な計画だ。
「どうやって、この情報を掴んだ?」武男の問いに皆、口をつぐんでいる。
「まあいい、情報元は誰だ?」
「江藤の昔の女です…」鳴沢が剥げ頭を撫でながら申し訳なさそうに呟いた。
「江藤の女だと?」
「はい…佐伯園子という四〇代の女ですが、今は神戸で小学校の教諭である夫と、三歳になる男の子と普通の暮らしをしています。絶対に迷惑をかけない。秘密を守るという条件で話してもらいました……」そう言って鳴沢は下を向いた。
「その女がお前に話したのか? 当時、警察にも話さなかった事を? 脅したのか?」武男は少しイラついていた。部下達にではなく、当時捜査をした警察にだ。
「私よ。園子さんから話を聞いたのは私」そう言言いながら、麗子が会議室に入ってきた。と同時に三人が下を向いた。まるで、いたずらがバレた小学生のようだ。
「何だと!」武男は思わず拳を握りしめた。
「私は怒っています! ボスにも皆にも……そして……感謝もしています。でも……私もチームの一員です。それからボスも、皆も勘違いしているようですが、私は出世とか一ミリも考えていませんから!」
真っ先に目を伏せた小出を睨めつけたが、そんな武男を睨み返して麗子は続けた「結論から言うと、佐伯園子さんは具体的な内容を知っていたわけではありません。ですが、荻原が江藤の事務所に窃盗目的で侵入した事、それを手引きしたのが江藤達であった事を証言してくれました」麗子の口調はキツい。
武男は、麗子の処遇について考えを巡らしてみたが、今さら、彼女をのけ者にする事は得策ではないという結論に達し、諦めて続きを促した。佐伯園子から証言を引き出す事ができたのは、多分、麗子だったからだろう。
「まあ当時、工藤の愛人だった佐伯園子が工藤の事を警察に売るとは思えないか……ほとぼりの冷めた今なら……懺悔でもするつもりで……」そう言った武男の言葉を遮って麗子が補足した「彼女は好きで江藤の愛人になった訳ではありません。詳しくは分かりませんが、なにか弱みを握られていたようです。江藤の愛人になる前は違法なデート商法のサクラをやっていたようですから」
「その事が警察にバレるのを恐れたから?」
「いえ当時、警察に話そうと思ったらしいのですが、もし、密告者が自分である事がわかったら、必ず殺されるから、話せなかったと言っていました」
「関係者が皆死んで組も無くなった後なら」武男が言いかけた時、また麗子が言葉を遮った「彼女はホワイト興産と思われる人物と接触しています」
「なんだって! 佐伯園子はハリー達に会っているのか?」
「ハリー?」麗子が首を傾げた。
「佐伯園子が会ったのは一人、小松と会っていた男と同一人物だと思われます」小出が答えた。
「ハリー達が何人いるのか分かりませんが、小松と会っていた木下という男が、被害者、もしくはその関係者に接触する役割なのではないかと推測されます。事故で亡くなった沢村英二の身内、及び妻である多香子の身内にも証言を取ろうと試みたのですが、こちらは、誰一人口を開こうとする者はいませんでした。その誰もから‘絶対に話さない‘という強い決意が感じられましたが、彼等はハリー達に会っていると確信できました」小出が言った。
「確かか?」
「確かだと思います」麗子だった。
「佐伯園子からその証言をとれたのは奇跡的だと思います。クインだったから…」そう言って小出が下を向いた。
「で、麗子、佐伯園子は木下と何を話した?」
「はい。それについては彼女も多くを語ってはくれませんでしたが、取引をしたようです」
「取引?」
「はい。お前を江藤から解放してやる。確実に、生涯にわたって安全に解放してやるから、知っている事を話せと、言われたらしいです」
「生涯にわたってか……」
「はい……佐伯園子は当時、江藤の事を殺したいほど憎んでいたと言いました」
「佐伯は木下が殺し屋だと知っていたのか?」
「さあ、わかりませんが、その男には感謝しかないと言っていました」
私的な案件である。そもそも‘友人の暴力団組長‘からの情報であり、命の危険性も否定出来ない。黒幕の存在をも考えるならば、一警察官がつついていい案件ではない。勿論、小松の話が真実という前提であるが……本来なら他のメンバーにも伏せておくべきだろう。だが既に、鳴沢はあの場所に同席していた。情報の収集には、どうしても津島の技術が必要になるだろう。更に小出の情報分析能力、鳴沢の行動力。優秀な部下達だが、二人、三人と集まれば、その能力はさらに相乗効果をへて飛躍的に上昇する。少し悩んだが、武男は結局、麗子をのぞく三人に協力を仰いだ。
麗子を信用していない訳ではない。まだ若く、正義感に満ち溢れた彼女を巻き込みたくないというのが本音だった。他の三人もすぐ理解したようだ。元々、武男のチームはヤサぐれの集まりである。地元の国立大学の出身で、検挙率もずば抜けていた武男は、若くして本部に召喚されたが、いかんせん、母親の経歴と、小松の存在。それが仇となって、出世の道は閉ざされた。エリートでもある本部の刑事部の中において、武男のチームだけは、出世には縁の無い者達が集まってくる。
津島は、内向的なオタクで、警察組織に馴染むことが出来ず、辞めようとしているところを、武男が拾い上げたのだ。正にダイヤモンドの原石だった。
鳴沢も武男同様、抜群の検挙率を誇る優秀な刑事だったが、半ぐれの乱闘現場にて、リーダーのこめかみに銃口をあてた事で、辞表を書く事になった。銃を向けられた半ぐれのリーダーは、たまたま一九歳の少年であった為、マスコミが騒ぎ立てたのだ。後の取り調べでそのリーダーは、二件の殺人を犯していた大悪党だという事が分かったが、時すでに遅しである。世間や警察に失望し、絶対に辞めると言って聞かなかった鳴沢を説得して本部に呼んだのは武男である。それまで、スーツの似合うスポーツマンというイメージだった鳴沢は、本部にきて一年程で、今のスタイル(いわゆるヤクザのような風体)に変貌を遂げた。それは、彼が武男に心を開いた証であった。
小出は元々警視庁本部の人間だった。刑事というよりは、優秀な分析官である。しかし、小出も津島同様、組織、特に警察組織に馴染める体質ではなかった。気が弱いのである。現場の上司や同僚からいじめにあい、萎縮していた。小出のような人間は、その能力を評価し、適所に配属してやらなければ宝の持ち腐れになる。ようは、上司がバカなのである。警視庁本部とは言え、たたき上げの筋肉バカは存在する。でも小出は運が良かった。小出の同期で、キャリア警察官である竹本警視正が、小出を見かねて武男に相談にきたのだ。武男は竹本警視の事を知らなかったが、彼は武男の事を知っていた。津島と鳴沢の件で知ったのだと言っていた。竹本警視の話だと、小出とは高校の同級で、高校時代から、小出はいじめにあう‘体質‘であったらしい。高校時代はほとんど不登校で、出席日数から逆算して、卒業がやっとであったという。にも関わらず、小出は都内の有名私立大学に合格した。竹本は東大卒であるが、小出の方が頭はいいはずだとも言っていた。そんな元同級生を心配して武男を訪ねてきたのである。どうやら、鳴沢と津島の件は有名であるらしい。最も、武男の評判からして、悪い意味での有名という事は想像がつく。竹本がどうやったのかは分からないし、そんな事はどうでもよかったが、小出は千葉県警察本部に移動になった。そもそもキャリアではない地方公務員の小出が、千葉県警に移動する事などあり得ないのである。いずれにしろ、武男の部下となった小出は本来の力を発揮した。
この三人は武男に絶対の信頼を寄せている。そんな訳で、武男はホワイト興産の一件を彼等に話したのだ。
因みに、麗子が武男の部下に配属されたのは別の意味がある。キャリアではないが、彼女は女性管理職の育成要員としてやってきた。学歴、そして警察学校での成績。麗子には素質がある。まず所轄で下積みをし、その後、本部の刑事部でキャリアを積む。そして三〇代半ばで、警部補に昇級して、再び所轄に配属されるだろう。
日本は先進国の中でもずば抜けて女性管理職が少ない。県警としても、文句を言われる前に、実績をつくりたいのだ。で、何かと小うるさい、優秀な女刑事が武男の元に配属されたというわけである。つまり、麗子には武男を含めた四人とは違って輝かしい将来がある。こんな私的で危険な案件に巻き込むわけにはいかない。
彼等の仕事は早かった。津島が三日という短期間で、多くの情報を収集してくれた(机の上の女の子達は先週のままローテーションされていないので、泊まり込みだったようだ)
鳴沢は津島の情報を元に各地を飛び回り、粗方の裏を取ってきた。小出がそれらの情報をまとめ、考察まで加えて武男に提出したのは小松と会った日から数えて僅か五日目だった。
麗子には聞かれたくなかったので、会議室を使う事にした。小出が皆に資料を渡し、説明を始めた。鳴沢は資料を見つめたまま唇を噛んでいる。津島は資料にはめもくれずに、持参したノートパソコンのキーを叩いている。今日の小出は珍しく銀縁の眼鏡だ。そのせいか心なし精悍な印象を受ける。
「結論から言うと小松の言った事は事実だと思います」そう前置きしてから、報告を始めた。小出の報告は簡潔で分かりやすかった。
あの事故で死亡したミニバンの運転手、フリージャーナリストの沢村英二は七年前、つまり、事故の二年前に静岡県、清水市の市長(柳沢幸喜)と佐川組系暴力団、江藤組との癒着について調べていた。そして沢村の告発によって、市長退陣に追い込まれた柳沢は‘暴力団との癒着は無かった‘という遺書をしたためて自殺している。
沢村の告発内容はかなり具体的なもののようであったが、決定的な証拠はなかった。警察の調べでも、限りなく黒ではあったが、当人が自殺してしまった為、それ以上の追求を諦め、結果として江藤組に逮捕者が出る事は無かったという。
「実際のところ、どうなんだ?」
「百%黒ですね」津島が答えた。
「根拠はいくらでも示せますが、まあここで問題なのは地元警察のずさんな捜査です。柳沢は自殺ではなく、江藤組に殺されたとみて間違いないでしょう。遺書も無理やり書かされたものだと思います。状況証拠とその後の経緯からも疑う余地はありません」小出が答えた。
更に詳しい裏どりをしないと百%とは言えないが、それは今回の目的ではない。江藤組は傘下の土木、建設会社への事業発注の見返り、更には市政を取り巻く厄介ごとの請負などを、歴代の市長と結託して行ってきた。長年にわたるズブズブの関係である。黙っていても金が落ちてくるこのシステムを沢村英二に潰されてしまったのだ。江藤が沢村を狙う根拠としては充分だ。そして、江藤が刺客として使ったのが、トラックの運転手である荻原衛である。これは所轄の捜査からは出てこなかった情報だ。
小出の説明によると、荻原は泥棒壁があり、過去三回、窃盗で挙げられ、服役経験もある。そんな萩原は、事故の二ヶ月前に、ある情報を元に江藤の事務所に窃盗に入った。それは、江藤による策略だったが、荻原本人は気づいていない。結果、ヤクザの事務所に窃盗目的で侵入した荻原は‘おとしまえ‘を払わされたのだ。元々叩けば埃の出る身の上であった為、荻原に選択の余地は無かったと思われる。ただ、事故後の荻原のうろたえ方から(自殺の可能性が高い)ターゲットが親子連れの家族とは聞かされていなかった可能性がある。用意周到な計画だ。
「どうやって、この情報を掴んだ?」武男の問いに皆、口をつぐんでいる。
「まあいい、情報元は誰だ?」
「江藤の昔の女です…」鳴沢が剥げ頭を撫でながら申し訳なさそうに呟いた。
「江藤の女だと?」
「はい…佐伯園子という四〇代の女ですが、今は神戸で小学校の教諭である夫と、三歳になる男の子と普通の暮らしをしています。絶対に迷惑をかけない。秘密を守るという条件で話してもらいました……」そう言って鳴沢は下を向いた。
「その女がお前に話したのか? 当時、警察にも話さなかった事を? 脅したのか?」武男は少しイラついていた。部下達にではなく、当時捜査をした警察にだ。
「私よ。園子さんから話を聞いたのは私」そう言言いながら、麗子が会議室に入ってきた。と同時に三人が下を向いた。まるで、いたずらがバレた小学生のようだ。
「何だと!」武男は思わず拳を握りしめた。
「私は怒っています! ボスにも皆にも……そして……感謝もしています。でも……私もチームの一員です。それからボスも、皆も勘違いしているようですが、私は出世とか一ミリも考えていませんから!」
真っ先に目を伏せた小出を睨めつけたが、そんな武男を睨み返して麗子は続けた「結論から言うと、佐伯園子さんは具体的な内容を知っていたわけではありません。ですが、荻原が江藤の事務所に窃盗目的で侵入した事、それを手引きしたのが江藤達であった事を証言してくれました」麗子の口調はキツい。
武男は、麗子の処遇について考えを巡らしてみたが、今さら、彼女をのけ者にする事は得策ではないという結論に達し、諦めて続きを促した。佐伯園子から証言を引き出す事ができたのは、多分、麗子だったからだろう。
「まあ当時、工藤の愛人だった佐伯園子が工藤の事を警察に売るとは思えないか……ほとぼりの冷めた今なら……懺悔でもするつもりで……」そう言った武男の言葉を遮って麗子が補足した「彼女は好きで江藤の愛人になった訳ではありません。詳しくは分かりませんが、なにか弱みを握られていたようです。江藤の愛人になる前は違法なデート商法のサクラをやっていたようですから」
「その事が警察にバレるのを恐れたから?」
「いえ当時、警察に話そうと思ったらしいのですが、もし、密告者が自分である事がわかったら、必ず殺されるから、話せなかったと言っていました」
「関係者が皆死んで組も無くなった後なら」武男が言いかけた時、また麗子が言葉を遮った「彼女はホワイト興産と思われる人物と接触しています」
「なんだって! 佐伯園子はハリー達に会っているのか?」
「ハリー?」麗子が首を傾げた。
「佐伯園子が会ったのは一人、小松と会っていた男と同一人物だと思われます」小出が答えた。
「ハリー達が何人いるのか分かりませんが、小松と会っていた木下という男が、被害者、もしくはその関係者に接触する役割なのではないかと推測されます。事故で亡くなった沢村英二の身内、及び妻である多香子の身内にも証言を取ろうと試みたのですが、こちらは、誰一人口を開こうとする者はいませんでした。その誰もから‘絶対に話さない‘という強い決意が感じられましたが、彼等はハリー達に会っていると確信できました」小出が言った。
「確かか?」
「確かだと思います」麗子だった。
「佐伯園子からその証言をとれたのは奇跡的だと思います。クインだったから…」そう言って小出が下を向いた。
「で、麗子、佐伯園子は木下と何を話した?」
「はい。それについては彼女も多くを語ってはくれませんでしたが、取引をしたようです」
「取引?」
「はい。お前を江藤から解放してやる。確実に、生涯にわたって安全に解放してやるから、知っている事を話せと、言われたらしいです」
「生涯にわたってか……」
「はい……佐伯園子は当時、江藤の事を殺したいほど憎んでいたと言いました」
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