復讐の旋律

北川 悠

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過去の犯罪

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 翌日、麗子の報告によると田代香苗と柿崎凛子は、仁戸名高校の同級生で、今でもたまに連絡は取りあうが、プライベートまでは分からないという事だった。
 そして君塚有希という女が南沢修の彼女であるという事は知っているが、会った事は無いという。
 その後の調べで、やはり麗奈の言った通り、南沢修はレイプ事件を起こしていた事がわかった。二件の被害者共、親子そろって否定したが、修の父親、もしくは仙谷から大金を受け取ったのは間違いない。
 一件目は南沢修が十七才の時で、被害者は小林良子。彼女は当時十六才の高校生。小林家は母子家庭で、かなり逼迫した生活をしていたが、事件のあと築三十五年のアパートから、小奇麗なマンションに引っ越している。それも賃貸ではない。弁当屋のパートだった母親は正社員になり、その後、良子は大学に進学している。
 もう一人は修が十九歳の時で、被害者は西岡明美。当時二十歳、アパレル店員。彼女の家には父親がFXで作った借金が千二百万あったが、事件後すぐ、全額完済している。二件共、警察に被害届が出されていたが、どちらも、数日で被害を取り消している。書類上は示談によって解決したのではなく、最初から、そんな事件はなく、被害届け自体、間違いだったという扱いである。したがって、どちらのケースも、南沢潤一郎と修の将来に傷をつけることはない。相手を選んだのか、それとも偶然なのか不明だが一応丸く解決している。
「なんか胸糞悪いですね」鳴沢だった。
「我々は事実さえ確認出来ればいい。余計な事は考えるな」武男も気持ちは同じであったが、こんなケースはいくらでもある。
 もう一つの収穫は津島だった。当然、稲毛北署も荒川署も、口を濁らせたが、パソコン上に記録は残っていた。消されていた記録を津島が復活させたのだ。津島が言うには、パソコンを粉々に叩き壊さない限り、かなりの情報は引き出せるという。正直恐ろしい。それによると、レイプに関わったのは小林良子の時は南沢修、入谷健吾、そして沢口卓也の三人。西岡明美の時は南沢修と沢口卓也、そして、柿崎凛子の名前も挙がっていた。当然、示談金は南沢潤一郎、もしくは仙谷が払ったはずだ。少なくとも、入谷の親にそんな大金の支払い能力は無い。沢口卓也……どこかで聞いた名前だ……
「で、そのもう一人のレイプ犯、沢口卓也は入谷同様、南沢修の中学の後輩で小松組の構成員です。ちなみに入谷、 沢口、柿崎は全員、高校の同級生です」津島が付け加えた。
「なに! 小松組だと?」
 そうか、だから聞き覚えがあったのか――武男は顔をしかめた。

「さすが警察ね」
 昨日から密着取材をしている麗奈が部屋に入ってきた。
 取材は捜査員の顔を隠すこと及び被害者や被疑者のプライバシーを守る事という条件で許可されている。
「あ、麗奈さん。これどうですか?」
 今、幕張署から戻ってきたばかりの小出はワイン色の楕円フレームのメガネをしている。何か報告があるようだが、もったいつけているのが見え見えだ。
「こんなガいるよな」と鳴沢がからかう。
「ガ? ガって何ですか」
「知らないのか? モスだよ」
「これの方がいいわ」麗奈は長方形で茶色のフレームを選びワインカラーのそれと交換してかけさせた。
「うん、似合ってる」麗奈が微笑んで席を離れた後、しばらく小出は高揚して立ち尽くしていた。
「おい! 報告は」鳴沢が小出の背中を叩いた。
「痛っ、鳴沢さん、強すぎ!」

 小出の報告で一同は騒然となった。例の江戸川の遺体は君塚有希だった。
 その場にいた皆が麗奈の方を見た。いよいよ麗奈の推理は信憑性を帯びてきたのだ。その推理通りだとすると、次は沢口卓也と柿崎凛子が狙われる事になる。

「南沢修のバックにいる幹事長や仙谷が動き出したら、全てもみ消される可能性がある為、所轄には応援を求められない。俺達だけでやるしかない!」
 皆が武男の言葉に頷いた。
「鳴沢は南沢修の監視。幹事長の息子だという事を忘れるな。下手に気づかれたら、何もかも終わりだ。慎重に頼む」
「了解!」
「麗子は、柿崎凛子に話を聞いてきてくれ。状況次第では警護の要請」
「了解」
「小出は沢口卓也。所轄にバレないようにな! 俺らが探しているって事がバレて逃げられたら元も子もない」
「了解」
 麗奈はしばらく迷ってから小出について出て行った。




 台形の御影石に張り付いた落ち葉を払い落し、花瓶の水を換えて花を手向けた。
 この鎌倉の霊園は山の中腹を切り開いて作られた為、眼下には海が広がっている。緑と青のコントラストがとても美しい。たしか有名なミュージシャンの歌詞にも出てきた記憶がある。秋の海は青く澄み渡り、上空をカモメが舞っている。
 来年の今頃……私がここに来ることはないだろう。もうこの世にはいない……だが、それまでにやらねばならない事が山ほどある。もし、一つだけ願いが叶うなら、自分が死んだ後はここに埋葬してもらいたい。



「三上隆文が死んだ」
「三上? 誰です?」
「当時のあいつら、入谷と沢口の高校時代の教師だった」
「死因は?」
「事故って事らしいが……」
「事故ではないと?」
「いや、わからない。考えすぎかもしれないが……」
「奴らと関係が?」
「いや、今のところわからないが、念のため調べてみる」
「ですね。ここにきてまさかの……でしたしね……」
「別件で奴らを恨んでいる連中はごまんといる」
「ですね……」
「それにしても、まだ沢口も南沢も行方がわからないってのが気になる」
「警察も情報統制をかけているから、奴らが気付くとは思えませんけど……」
「でも、もしそうなら……また……」
「ああ、かもしれない。もうゆっくりとはしていられない」
「いずれにしろダニ以下の連中……」
「柿崎凛子も行方不明らしい」
「南沢の女?」
「もう一人の南沢の女、君塚有希は殺されていた……」
「それについては今のところ南沢が殺した。という線が強い」
「自分が有希って女の親だったら……やはり南沢を殺しますね」
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