復讐の旋律

北川 悠

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麗奈の情報

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 二人は警察本部から少し離れたファミリー向けのイタリアンレストランで昼食をとった。水を運んできた四十代くらいの女性が、チラチラと麗奈を見ている。
「個室のある店じゃなくてよかったのか?」
「いいのよ。最近はテレビにもあまり出ていないし、武男が思うほど私は有名人じゃないわ」
 麗奈はそう言ったが、うちの連中があれだけ野次馬になるという事は、世間一般に知られた有名人には間違いないと武男は思った。
「刑事部の連中が言うには、ここのハンバーグは絶品らしい。俺は食った事ないんだが」武男はその絶品と誉れ高いハンバーグを注文した。
「私はパスね。ソースにシイタケが入っているわ。私きのこ類ダメなのよ。ごめんなさい。でも武男と食事できるなんて、千葉まで来たかいがあったわ」
そう言って麗奈はペスカトーレを注文した。
「実は情報があるの。買ってくれない?」麗奈は悪い目をしている。
「内容にもよるが、いくらだ?」武男は麗奈の目を見ずに言った。
「冗談よ。お金なんていらないわ。その代り、政治家の南沢潤一郎の息子について調べて欲しいの」
「南沢って、あの自由新党の幹事長か?」
「そうよ、地元は千葉。彼には出来の悪い、いや頭はいいけれど、ちょっとやんちゃな息子がいるのよ。今は千葉幕張大学の院生。過去に悪質な犯罪を繰り返していて、警察沙汰になった事件もあるけれど、もみ消されているようで……私じゃ調べられないのよ」
「政治家か……俺ごときで、調べられることは知れていると思うが、まあやってみるよ。その息子の名前は?」
「修。南沢修よ。ちなみに修の祖父は仙谷貴幸」
「仙谷貴幸って、あの日本の影の総理と呼ばれている仙谷か?」
「そうよ。南沢潤一郎は仙谷の娘と結婚したから、ここまで出世したのね」
「俺は政治には疎くてな……だが、この案件がランクSってことは理解した」
「やりがいあるでしょ?」麗奈が首を傾げて微笑む。
 武男は一呼吸おいてからゆっくりと麗奈の顔を見た「で、情報というのは?」
 麗奈は鞄からボールペンを取り出して、ノック部分を噛み始めた。
「入谷健吾だけど、殺される四日前に君塚有希という女性と二人で歩いているところを友人に目撃されているの」
「それが、何かおかしいのか?」武男はハンバーグを食べながら聞いた。確かに美味いが、絶品というほどでもなかった。
「その友人が言うには、有希の様子がおかしかったようなの。今にも泣きだしそうな顔で下を向いて、入谷の後ろを歩いていたって言ってたわ」
ペスカトーレを食べ終わった麗奈はマカダミアナッツのアイスクリームを注文した。
「カロリー高いからアイス半分食べてね」
「それで?」
「その君塚有希は入谷健吾が殺される二日前に家族から台場警察署に捜索願いが出されているのよ」
 珈琲とアイスクリームが運ばれてきたので、麗奈は話を止めた。
「なんだと! 入谷のそんな話は俺の耳に入ってきていないぞ」
「連中は警察には協力しないのよ。私だってジャーナリストの端くれよ」麗奈は微笑んだ。
「まだあるのよ。入谷と有希が目撃された場所は、例の入谷殺害現場の廃病院の前だった」麗奈は得意げだった。
「おいおいマジかよ」
 警察が一カ月以上かけても出てこなかった情報だ。
「で、ここからが本題よ」
 麗奈の顔が高揚しているのがわかる。
「まだあるのか?」
 こりゃマジで南沢修について調べてやらないと等価交換にはならないと武男は思った。
「半分食べて」麗奈は残したアイスクリームを自分の使ったスプーンごと武男に渡した。
「君塚有希は二十一歳、千葉情報大学の三年生。彼女は南沢修と付き合っていたの。付き合っていたというよりは、 私の勘では修のセックスフレンドね」
「南沢修?」
「そう南沢修」麗奈は繰り返した。
「セックスフレンドという根拠は?」
「根拠はないわ。でも私が調べたところだと、南沢修は秀才でイケメン。しかも父親は政権党の幹事長。将来は総理大臣の息子かも。実際かなりモテるようよ。でも、かなりの自信家でナルシスト。そんな男が、ちょっと可愛いだけのバカな女と、まともに付き合うとは思えないわ」
 確かに千葉情報大学は、いわゆるFラン大学である。
「最後の情報よ。これは調べたらすぐ分かると思うけど、南沢修と入谷健吾は同じ中学の先輩と後輩。当時から二人はよく一緒に遊んでいたの。でも、明確な上下関係によって成り立っていたみたい。南沢が入谷の一つ上よ」
 恐れ入った。麗奈の情報収集力は伊達じゃない。ジャーナリストで飯を食っているわけである。
「で、私の推論を聞いてもらえる?」
 麗奈は驚く武男の顔をみてとても嬉しそうだった。
 先程のウエイトレスがさっきからこちらを見て同僚に話しかけている。
「場所を変えよう」武男は腕時計を見てから立ち上がった。
 武男のレクサスの中で麗奈が聞いて来た。
「ねえ、奥さんを愛していた? そのオメガ、奥さんからのプレゼントでしょ」
「ああ、愛していたよ」
 妻が亡くなったのは四年前、癌だった。覚悟はしていたが、辛いものだ。未だに一人で泣くことがある。腕のオメガは武男の三十歳の誕生日に妻がプレゼントしてくれたものだった。もう十七年も前の事だ。
「お嬢さん、優奈ちゃんだっけ? 一緒に暮らしているの?」
「北海道の大学に行ったよ」
「あら、寂しいわね」
「一人ってのも、悪くない」武男は強がりを言った。
「有名人じゃ、どこの店に行っても落ち着かないな。事務所まで送るからドライブでもしながら話すか」
「嬉しい。でも大丈夫?」
「大丈夫だ。帰りに台場署に寄って君塚有希について聞くつもりだから丁度いい」
 本部に戻って公用車に乗り換えるのが面倒であったのでレクサスのまま穴川インターから京葉道路に乗った。
「聞きそびれていたんだが、どうして緊縛写真なんだ?」
 Marikoの撮った写真を見たことがあるが、確かに綺麗だった。ほとんどがモノクロで、いわゆる男性向けのエロ写真ではない。何というかアートという感じだ。撮影場所も海であったり山であったり、野外が多い。写真のほとんどは、国内外のバーや、その手の店のオーナーが購入するようであるが、一般人でMarikoの撮った写真集を購入するのは八割が女性だという。
「う~ん……私自身、縛られてみたいって思ったのがきっかけかな。いわゆるSMプレイにはあまり興味はないの。興味があるのは緊縛だけ。なぜかって言われても分からないけど、緊縛された女性に美を感じるのよ。誤解してほしくないんだけど、私はレズじゃないわ。まあ変態なんだけど。でも、縛ってもらいたいって思う人はいないし、だったら自分で縛って写真撮ろうって思ったの。高校の時は私、写真部だったのよ」
「俺もお前の写真は綺麗だと思うよ」
「ありがとう」麗奈は微笑んだ。
 幕張料金所を超えたくらいから、少し車の流れが悪くなってきた。
「さっきの続き、君の推論とやらを話してくれ」
「いいわよ。これが私の仮説。君塚有希は南沢修の命令で入谷健吾について行った。つまり寝たと思う。有希が泣きそうな顔をしていたのは、それが有希の本意ではなかったという事。そうゆう趣味の男は確かに存在するわ」
「南沢がそうゆう趣味だと?」
「分からないけれど、そう命令はしたと思う。一般的に、寝取られとは、好きな女が他の男に抱かれることに興奮する。または好きな男が他の女を抱くことに興奮する。なので、双方の相手を交換したり、複数でのセックスを好む。基本的にお互い同意の上での情事」
「スワッピングとは違うのか?」
「明確な違いは分からないけれど、スワッピングは、とにかくセックスが大好きで不特定多数の異性とセックスをしたいカップル。あくまで私の見解だけれど。ここまではいいかしら?」
「なんとなくだが理解した」
 この女、綺麗な顔して凄い事を言うとは思ったが、あまり驚かなかった。麗奈はそういう性格だ。
「でも、このケースは寝取られでも、スワッピングでもないと思うの。入谷健吾には彼女らしき人物はいない。強いて言えば元カノの田代香苗。入谷と田代は別れた後も、セフレに近い関係はあったようだし」
「セフレ?」
「まあ、裏をとったわけではないけど、私の勘ではそうね。で、話の続きね。じゃあ南沢修は香苗を抱いたのか? これについては分からないけれど、私の勘ではノーね。基本的に寝取られは、相思相愛のカップルがお互いにジェラシーを感じる事で、性的興奮を得る。しかし南沢修と君塚有希は相思相愛のカップルとは思えない。それに修なら、セックスの相手に困ることはない。わざわざ田代香苗を抱こうと思うなんて考えにくいわね」
 麗奈の話でなんとなく南沢修という男が見えてきたような気がする。
「次に、SM的なプレイの場合ね。SMでは、いわゆるご主人様の命令によって他の男と寝るケースがあるわ。この場合、主従関係が強ければ強いほど、その命令は絶対的なものになる。女の意思は無視される事もあるわね。勿論、女もそれを望むケースはあるけれど、目撃された有希の状態からそれは除外ね。では南沢修と君塚有希の間に主従関係があったのか? 私はあったと思う。肉体だけで、愛情のない主従は存在するの。でも大抵の場合、女はご主人様を愛している」
 田代香苗は縛られていた。それもSM的な手法で、ひょっとして麗奈の推理は核心までいくのか? 半信半疑だが推理小説の一場面を読み解いているような気分になってきた。
「通常、主従関係を結ぶカップルの場合、二人の絆は非常に強い事が多いわ。でも南沢修にとって、有希はただの肉体。しかし有希にとっての修は絶対的なご主人様。多分、有希は修に心底惚れていたと思うの。だから、彼の命令を聞いたんじゃないかな」
 すこし妄想が過ぎている気はするが、武男は麗奈の話に引き込まれていった。
「ここからが、私の推理の本題よ」麗奈はじっと武男の横顔を見つめている。
「本題はどうした?」
ディズニーランドを過ぎたあたりから渋滞は解消され、いいペースで流れ始めた。
「少し喉が渇いたわ。もうすぐ有明ね。少しだけ寄って行かない? 事務所には、南沢修と君塚有希の写真もあるわよ」
 オメガの針は一四時半を指している。時間的には問題ない。武男は麗奈の誘いに乗ることにした。

 有明にある麗奈の事務所は予想に反して散らかっていた。資料や写真が散乱し、青いお洒落なソファーの上には、クシャクシャの毛布が置いてある。
「ごめんね、散らかってて」
 麗奈はテーブルの上をざっと片し、冷蔵庫からアイスティーの紙パックを取り出して武男に渡した。
「ここで、寝泊りしているのか?」
「この前、貴方から連絡あったでしょ。だから、調べかけの南沢親子について整理してたところ。でも間に合わなかったから、今日は持って行けなかったんだけどね。いつもはもっと綺麗よ」
「お前ひとりでやっているのか?」
「ううん。金城さんっていう四七才の女性がいるんだけど、今はご主人とテントを持って北海道旅行中。彼女、元は保険会社の調査員だから、かなり使えるのよ」
 麗奈は金属のコップに氷をいれ、武男に手渡した。
「金城さんのご主人は元代議士なの、自由新党。だから南沢潤一郎の事は良く知っていたわ。今は政治家を辞めて、台場でキャンプ用品のお店をやっているんだけど、もう関係ないからと言って、例のもみ消し事件の事を教えてくれたのよ。」
「ガセじゃないのか?」
「あり得ないわ。金城さん、奥さんのほうね、妙子さんっていうんだけど、彼女三年前に、ある保険の調査でアフリカのルワンダに行ってたの。でもそこで、東洋人が絡んだ犯罪に巻き込まれたのよ。大使館に連絡することもできずに三日間、現地の警察に拘束されていたわ。その時、私はたまたまルワンダの警察で取材をしていたの。で、妙子さんを助け出した。だから金城夫妻は私に感謝しているの。ガセを掴ませるとは思えないわ」
「どうやって助け出したんだ?」
「フランス語よ」
「フランス語?」
「妙子さんは英語しか話せなかったの。それも凄く流暢というほどではないわ。彼らは妙子さんが犯罪に関わっているなんて最初から思っていなかったの。ただ賄賂が欲しかっただけ。ルワンダの公用語は英語だけれど、フランス語しか通じない地域も多いの。交渉して、日本円にして約六万円払って解決よ。海外ではありがちな事よ。特に貧困な国ならなおさらに……その後、彼女は保険会社を辞めて私のところにきたわ」
「さすが、大学長推薦でフランスに留学していただけの事はあるな」
武男は感心した。て事は麗子も当然フランス語が堪能なのであろう。
「じゃ、さっきの続きね。私の推測だけど、君塚有希は殺されていると思うわ」
 唐突だった。でも麗奈の事だ、それなりの裏付けがあるのだろう。
「殺されているだと?」武男はあえて冷静さを保って聞いた。
「たぶんね。このタイミングで有希が失踪しているという事はもう殺されていると考えるのが妥当だと思うわ」
「犯人は?」
「南沢修。直接彼が手を下したかは分からないけどね」麗奈は言い切った「これは完全に私の推測だから、まあ話半分で聞いておいて」
 そう言って麗奈はパソコンの画面を武男に見せた。そこには長髪で、いわゆるビジュアル系とでも言うのか、若い女性が好きそうなイケメンの写真がいくつかあった。女の写真も何枚かある。女は二人。一人は、かなり明るい茶髪で、髪を少しカールさせている。フランス人形を思わせる可愛らしい顔つきだ。もう一人は濃い茶色の髪で、ストレートのロングヘア。どちらかと言うと、日本的な美人だ。
「そのイケメンが南沢修。茶髪のクルクルが君塚有希。ロングヘアが柿崎凛子よ」
「柿崎凛子?」
「南沢修のもう一人の女よ。私と金城さんが、交代で見張ったところでは、彼女達が修と普通にデートしているところは一回も見ていない。修と会うのは決まって彼女達のマンションよ」
「修が入れあげているという可能性は?」
「さっきも言ったけれど、あり得ないわ。何回か観察したけれど、修は大抵、吸っていた煙草を彼女達の玄関の前に捨てるの。好きな女、それも入れあげている女の家の前に煙草を捨てる? それに、彼が帰るとき、彼女達は玄関を開けて、修が見えなくなるまで見送っている。彼女達の姿は毎回、まるで風呂上りのようにガウンを羽織った状態。二人共よ。どんな状況かは分からないけど、修は彼女達が服を着る前に帰るのよ。修が振り返った事は一度もないわ。多分、彼は自分の住所を彼女達に教えていないと思うわ」
「刑事顔負けだな」やっている事はある意味、違法だが、武男は感心した。
「気が付かなくてごめんなさい。煙草吸っていいわよ」
 麗奈は青と緑が混じりあった綺麗な琉球ガラスの灰皿をテーブルの上に置いた。
「いいのか?」
「遠慮しないで、私もたまに吸うのよ。一本頂戴」
 武男はメビウスの箱ごと麗奈に渡した「で、有希殺害の動機は?」
「確証はないわ。でも、私の予想では、有希に何か弱みを握られた? もしくは二人の関係、及び修の趣味をばらすと言って脅されたか……彼の親は有名な政治家だから脅しは通用するかもね。それに、修は大学院卒業後、数年以内に取りあえず市議、そして市長に立候補させる。という構想が父親の事務所内にあるのよ」
「そんな情報……」
「言ったでしょ。私もジャーナリストの端くれだって」
 麗奈は武男の真似をして立てた人差し指を左右に振った。
「その事を有希が知っているかは分からないけれど、一途な女はなにをするか分からない。少なくとも有希が邪魔になったんだと思うわ」
「分からなくもないが、それだけで人を殺すか?」
 確かに、そういう事例は見てきている。一途になった女が男に迫り、殺される…なくはない。
「入谷よ」
「入谷?」
「修にとって入谷は邪魔な存在になったはずよ」
「なぜ入谷が邪魔なんだ? 有希殺害と関係が?」
「中学、高校と彼は入谷と組んで、かなり悪事を重ねていたのよ。修自身はどの不良グループにも属していなかったけれど、その手の連中からは一目置かれていたみたい。特に高校時代は、進学校のボンボンなのに、異常に残忍で、喧嘩が物凄く強かったらしいの。彼が卒業した私立海浜幕張高校は、かなりの進学校だから、高校では友達らしい友達はいなかったようね。確証はないけれど、修は入谷と、もう一人、誰かとつるんでいたという証言もあるわ。彼らは女を拉致して拷問のようなレイプを繰り返していた。その内の二件は警察沙汰になったはずだけど…多分、記録は消されていると思うわ…裏は取れないけど…」
「何だと! 事件にはなっていないのか?」
「仙谷のつかいの者が出てきて、訴えられる前に示談に持ち込んでいるみたい」
「仙谷?」
「そう仙谷。親である南沢潤一郎が表立って出てこないのは―将来を見据えての事だと思うわ。南沢潤一郎という人物はかなりしたたかね」麗奈が紅茶を飲み干す「で、話を戻すわよ。修ほどのビジュアルなら、女に困る事は無かったと思うから、通常の性行為では彼の欲望は満たされなかったと考えるのが自然ね。いわゆるガチのレイプマニアだったんだと思うわ」
「それで、卒業が迫り、政治家としての将来を控えた今、秘密を共有している入谷が都合の悪い存在になったというわけか」
「そう、入谷に有希殺害の罪をきせ、入谷の殺害は香苗のストーカー、もしくは頭のいかれたサイコパスのせいにする。実際、南沢修は有希と入谷が目撃された時、オーストラリアに旅行しているの。つまり、有希の失踪に自分は関わっていないと証明している。修が帰国したのは、有希の捜索願いが出された翌日。つまり田代香苗が拉致された日。入谷が殺される前日よ」言い終わると麗奈は、二本目のメビウスに火を点けた。
「貴方に頼んだのは、南沢修がサイコパスだという決定的な証拠を見つけて欲しいから。金城さんからの情報だと、関わった警察は千葉県警稲毛北警察署と警視庁荒川警察署。でも、警察にも届けず泣き寝入りしている被害者の方が多いと思うわ」麗奈は二件のレイプ被害者の名前と住所を武男に渡した「彼女達は親諸共その事実を否定したわ。そこを調べて欲しいの」
 驚いた。麗奈の仮説は一応筋が通っている。これがもし本当ならえらいことである。柿崎凛子という女性も危ないのではないか? 護衛をつけるべきか? いや、それはまだ早々だろう。裏を取ってからだ。
「わかった。やってみよう。で、君にはどんな得があるんだ?」
「出来る範囲で構わないから、この事件を密着取材させて欲しいの」
「便宜をはかるよ」

 帰りに台場警察署に寄ったので、県警本部に戻ったのは一九時を回っていた。刑事部にはチームの全員がいたので、武男は先程の麗奈の仮説について話した。
「驚きました…確かに筋は通っていますね。一応裏を取ってみます」今日の緑色のフレームも、チェック柄のジャケットも、やはり似合っていない小出が言った。
「ボス! ちょっと待ってください。新しい情報があったにしろ、素人の言う事を全面的に信じるんですか!」麗子だった。
「全面的に信じるとは言っていない。ただ、調べてみる価値はあると思う」
 武男の言葉に麗子以外が頷いた。
「確かに、もしこの事件に南沢修が関与しているなら―その事を南沢潤一郎や仙谷が知っているとしたら……僅か二週間で捜査本部が解散させられた事も理解できるな」鳴沢が言った。
「仮に関与していなくても、入谷が殺された時点で、南沢潤一郎はなにかしらの保身を考えた可能性がある―麗奈の話が本当なら―」そう言って武男は中指で眼鏡を押し上げた。
「念の為、今日の腐乱遺体と君塚有希のDNA照合をオーダーしておきます」小出が立ち上がった。
「津島は、南沢修について、両警察のコンピューターからデータを引き出してくれ。まともに頼んだところで、南沢からの圧力があったのでは、情報を貰えるとは思えない」
「それって…ハッキングになりますが……」
「構わん」
「了解」そう返事をした津島はいつになく嬉しそうだ。
「鳴沢と緑メガネは麗奈が言った二件のレイプ事件の裏取り、出来れば、それとなく稲毛北と荒川署にも聞いてみてくれ。それとなくだぞ」
「了解。て緑メガネはないですよ……これオリーブです」
 麗子が小出の机から黒縁の四角いメガネを勝手に持ち出して、強制的に掛け替えさした。「やっぱり。今日の服装には黒の方が似合うわ」皆、笑いをこらえた。
「麗子は明日、田代香苗に会って、君塚有希と柿崎凛子について聞いてきてくれ。所轄の刑事を同行させる」
「一人で大丈夫です!」
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