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武男と津島
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「北川さんの分も取ってありますよ。何時に戻られるか分からなかったので、麺類は止めときました」
武男が五階の刑事部に戻ると、相変わらずパソコンにかじりついたままの津島が天ぷら蕎麦をすすりながら言った。腕のオメガは十三時五十分を指している。
「すまない」武男は千円札を津島のデスクの上に置いた。が、彼は受け取らなかった。
「僕が勝手に取ったんです。北川さんには先日も奢ってもらっちゃいましたからね」
この男はチーム一、律儀な男だ。津島を所轄から彼を引き抜いたのは武男である。その恩をいまだに感じているのかも知れないが、実際、彼の能力は評価に値する。一流大学の出で、しかもイケメンである。今時の若い女性の言葉を借りればスペックの高い男性だ。にも拘わらず本人はその事に気づいていないようである。彼の恋人は専らパソコンとフィギュアである。津島のデスク上には大きな高性能デスクトップパソコン(彼の要望によって購入)と、緑色や紫色の髪の美少女フィギュアで占められている。麗子が気づいたのだが、この美少女達は一週間でローテーションするらしい。彼女の推察によると少なくとも五十体以上はあるはずとのことだ。
武男の部下は皆、分かりやすい。小出のデスクの上には自作している色とりどりのルアーと沢山の眼鏡ケースが置かれている。鳴沢の机には五キロの青い鉄アレイが、そして麗子の机にはピンクで三キロの鉄アレイと犯罪学関連の本が並べられている。
武男は先程の資料をシュレッターにかけてから、津島が取っておいてくれた親子丼に箸をつけた。
「で、二人はどうでした? あの後もう少し調べてみたら彼女、市川のキャバクラで働いていた事があるみたいです」津島がパソコンから目を離すことなく聞いてきた。
「キャバクラ?」
「はい。もう店は辞めていますが以前、別のホステスにちょっかいを出した客と殴り合いの喧嘩をしたようで、市川の桜台警察が仲介に入ったという記録がありました」
「で?」
「いや、それだけです。一応店に確認したんですが、店長曰く、彼女はとてもいい子で辞めてほしくなかったって言ってました。例の喧嘩も一発殴られてキレた客が酔った勢いで110番したようです」
「正義感か……」
「可愛い子でしたね」
「お前見たのか?」
「北川さんが降りた後に……」津島は恥ずかしそうに頭を掻きながら「少し……最近、プロファイリングに興味があって……いえ、専門的な事は知らないんですが、データから人物を想像してみたんです。で、確かめに行きました」
「で、お前のプロファイリングと二人は一致していたと?」
「いえ……全く……」相変わらずパソコンの画面を見たまま津島が答える「なにか手がかりはありました?」
「今のところは何も無い。それより川島医師がなぜ、一患者に対してここまでするのか少し引っ掛かる」
「できているんじゃないですか? あんなかわいい子だったら俺だって……」そう言うと津島は蕎麦のつゆを最後まで飲み干した。
「いや、できていないと思う。少なくとも彼女の方は先生にぞっこんだと思うがね」
彼女が川島を見る目は恋する者の目だった。
「彼は心療内科医だし、彼女には身寄りがない。まあ、あんな美人だ。先生もまんざらではないだろう。それに、この事件の犯人に興味があると言っていたし、俺の考えすぎだろう……」
オメガの針が一五時を回った頃、小出から電話が入った。現在までに分かった事実を津島のパソコンに送ったから見てくれという。
津島は小出からの添付メールに暗証番号を打ち込み、その内容を画面に映し出した。
死亡した三上隆文さんは高校の国語教師として県内を転々としてきたが、昨年、市原市の県立市原東高校を最後に退職している。最終役職は教頭。現在は市原市の自宅で妻と二人で暮らしている。
一人息子の孝雄は三十歳。現在、神奈川県で私立高校の教員をしている。孝雄は二年前に結婚していて、一歳になる娘がいる。今年、横須賀にマンションを購入し家族で住んでいる。父親と折り合いが悪かった為、大学卒業後、実家には戻らず神奈川県で就職したという。事件当夜のアリバイの証言者は妻のみであるが、それは信用してよさそうである。
聞き込みによると、教諭時代の三上さんは生徒から慕われていて、近所での評判も良かった。昔の同僚の話では、女好きで、キャバクラなどで多少羽目を外すことはあったが、とりたてて他人に恨みを買うような人物ではなかったようである。
三上さんが釣りを始めたのは最近で、道具を揃えたのも事件の数日前のことだったという。
武男が五階の刑事部に戻ると、相変わらずパソコンにかじりついたままの津島が天ぷら蕎麦をすすりながら言った。腕のオメガは十三時五十分を指している。
「すまない」武男は千円札を津島のデスクの上に置いた。が、彼は受け取らなかった。
「僕が勝手に取ったんです。北川さんには先日も奢ってもらっちゃいましたからね」
この男はチーム一、律儀な男だ。津島を所轄から彼を引き抜いたのは武男である。その恩をいまだに感じているのかも知れないが、実際、彼の能力は評価に値する。一流大学の出で、しかもイケメンである。今時の若い女性の言葉を借りればスペックの高い男性だ。にも拘わらず本人はその事に気づいていないようである。彼の恋人は専らパソコンとフィギュアである。津島のデスク上には大きな高性能デスクトップパソコン(彼の要望によって購入)と、緑色や紫色の髪の美少女フィギュアで占められている。麗子が気づいたのだが、この美少女達は一週間でローテーションするらしい。彼女の推察によると少なくとも五十体以上はあるはずとのことだ。
武男の部下は皆、分かりやすい。小出のデスクの上には自作している色とりどりのルアーと沢山の眼鏡ケースが置かれている。鳴沢の机には五キロの青い鉄アレイが、そして麗子の机にはピンクで三キロの鉄アレイと犯罪学関連の本が並べられている。
武男は先程の資料をシュレッターにかけてから、津島が取っておいてくれた親子丼に箸をつけた。
「で、二人はどうでした? あの後もう少し調べてみたら彼女、市川のキャバクラで働いていた事があるみたいです」津島がパソコンから目を離すことなく聞いてきた。
「キャバクラ?」
「はい。もう店は辞めていますが以前、別のホステスにちょっかいを出した客と殴り合いの喧嘩をしたようで、市川の桜台警察が仲介に入ったという記録がありました」
「で?」
「いや、それだけです。一応店に確認したんですが、店長曰く、彼女はとてもいい子で辞めてほしくなかったって言ってました。例の喧嘩も一発殴られてキレた客が酔った勢いで110番したようです」
「正義感か……」
「可愛い子でしたね」
「お前見たのか?」
「北川さんが降りた後に……」津島は恥ずかしそうに頭を掻きながら「少し……最近、プロファイリングに興味があって……いえ、専門的な事は知らないんですが、データから人物を想像してみたんです。で、確かめに行きました」
「で、お前のプロファイリングと二人は一致していたと?」
「いえ……全く……」相変わらずパソコンの画面を見たまま津島が答える「なにか手がかりはありました?」
「今のところは何も無い。それより川島医師がなぜ、一患者に対してここまでするのか少し引っ掛かる」
「できているんじゃないですか? あんなかわいい子だったら俺だって……」そう言うと津島は蕎麦のつゆを最後まで飲み干した。
「いや、できていないと思う。少なくとも彼女の方は先生にぞっこんだと思うがね」
彼女が川島を見る目は恋する者の目だった。
「彼は心療内科医だし、彼女には身寄りがない。まあ、あんな美人だ。先生もまんざらではないだろう。それに、この事件の犯人に興味があると言っていたし、俺の考えすぎだろう……」
オメガの針が一五時を回った頃、小出から電話が入った。現在までに分かった事実を津島のパソコンに送ったから見てくれという。
津島は小出からの添付メールに暗証番号を打ち込み、その内容を画面に映し出した。
死亡した三上隆文さんは高校の国語教師として県内を転々としてきたが、昨年、市原市の県立市原東高校を最後に退職している。最終役職は教頭。現在は市原市の自宅で妻と二人で暮らしている。
一人息子の孝雄は三十歳。現在、神奈川県で私立高校の教員をしている。孝雄は二年前に結婚していて、一歳になる娘がいる。今年、横須賀にマンションを購入し家族で住んでいる。父親と折り合いが悪かった為、大学卒業後、実家には戻らず神奈川県で就職したという。事件当夜のアリバイの証言者は妻のみであるが、それは信用してよさそうである。
聞き込みによると、教諭時代の三上さんは生徒から慕われていて、近所での評判も良かった。昔の同僚の話では、女好きで、キャバクラなどで多少羽目を外すことはあったが、とりたてて他人に恨みを買うような人物ではなかったようである。
三上さんが釣りを始めたのは最近で、道具を揃えたのも事件の数日前のことだったという。
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