爺ちゃんの時計

北川 悠

文字の大きさ
上 下
40 / 44

決意

しおりを挟む

「納得いかないんだけど」

 昼休みになると、ハルが爆発しそうになっていたので空き教室へと連れ出した。
 ここならハルが変な事を口走っても問題ないからだ。
 連れてきて開口一番に飛び出したのが、この発言だ。

「ハル、落ち着いて」

「なんであたしが白雪姫なんだよ、どう考えてもおかしいだろっ」

 アウトローなハルが大勢で作り上げる“演劇”の“主役”を演じるというのは確かにキャラクターではないように思う。
 しかもそれを他人に決められたとなれば、ハルの気持ちも穏やかではないだろう。

「それでも、黙って受け入れてくれたのね」

 佐野さのさんに推薦された瞬間のハルは立ち上がって今にも掴みかかりそうな勢いだった。
 でも、それをせずにこらえてくれた。
 それは彼女の変化だ。

みおが“大人しくしろ”って目で訴えてきたからな、我慢したよ」

 分かってはいたつもりだが、改めて私による変化だと本人の口から言われると心の奥がどこかムズムズとする感覚があった。

「ありがとう、ハルのおかげで無事に事は進んだわ」

 あの後、私が王子役を引き受けるという展開は佐野さんにとっても予想外だったはずだ。
 主役級さえ決まってしまえば後は自ずと決まっていくため、特に波乱も起きる事なく進行する事が出来た。

「ふん、本当だったら佐野に白雪姫やらせるか、当日サボるかの二択だったからな」

「……うん、どちらも選ばないでくれて良かったわ」

 そんな無理矢理な事をしたらクラスの空気がどんな事になるか、想像するだけで恐ろしい。
 今の流れも決して褒められたものではないが、それでも見返す事は出来ると思う。

「ていうか、王子役を澪が引き受けんのもけっこービックリしたけど……」

 話を聞いている内にハルの怒りの留飲も下がって来たのか、話題は私に移った。

「そうね、あの流れで田中さんに任せるのは可哀想だったし。私がなればそれ以上は嫌がらせも出来ないでしょ」

 私には良くも悪くも“生徒会”という看板がある。
 その砦には“青崎梨乃あおざきりの”というカリスマも控えており、自分で言うのも何だが生徒会を敵に回したいと思う人はそう多くはない。
 まるで虎の威を借りる狐のようなので、好ましくは思っていないのだけれど。
 他人にはそう映っているのは自覚しているので、仕方がない事でもあった。
 とにかく今回はその立場を使って、佐野さんの独壇場を止めたような形になる。

「じゃあ、白雪姫の時点で澪がやってくれたら良かったのに」

 唇をとがらせて不満げなハル。

「……その発想はなかったわね」

「なんでだよ、あたしより田中優先かよ」

「いえ、そういうわけじゃなくて……」

 佐野さんを始め、皆はハルが白雪姫を演じることにギャップを感じた事だろう。
 だが、私はハルの白雪姫を想像して思ったのだ。

「似合いそうって思ったのよ」

「なにが?」

「ハルの白雪姫」

 ハルの目が点になって、一瞬時が止まる。

「……マジで言ってんの?」

「ええ、マジね」

「あたしのどこに姫要素があるんだよっ」

「肌の白さとか?」

「漠然としすぎだろっ」

 とにかく、私はハルの白雪姫がそう悪いものではないと思ってしまったのだ。
 主役になれば周りとコミュニケーションをとる機会も増えるだろうし。
 いいきっかけにもなるのではないかと思ったのだ。

「それより王子様役の方が気が重いわね……」

 裏方でサポートが私の得意分野なのに。
 成り行きで仕方ないとは言え、まさかの演者側に回るだなんて。
 キャラじゃないにも程がある。
 落ち着いてくると、その重圧に心が耐えかねている。

「いや、あたしも姫とか気分わりぃし……」

 “はぁ……”と、お互いに重い溜め息を吐く。
 こんな消極的なお姫様と王子様がいるだろうか。
 心配だ、この演劇。

「でも、やるからには全力でやりきるわよ」

 それでも、嘆いてばかりでも仕方ない。
 私は気持ちを入れ替える。

「うお、真面目モード」

「良い演劇にして見返してやりたいもの」

「見返す?」

「ええ、佐野さんは遊び半分でキャスティングしたんでしょうけど。私達が本気を出して最高の物を見せつけるのよ」

 きっと佐野さんは普段やる気のないハルを主役に押し出すことで、恥をかかせるつもりだったのだろう。
 そこで上下関係なるものを付けようとも考えていたのかもしれない。
 だけど、そうはいかない。
 私がいる限りそんな中途半端なものを見せたりはしない。
 むしろハルの魅力を引き出し、観客すらも驚かせてみせる。

「なんか珍しいな、澪がそこまで対抗心を燃やすなんて」

「……そう、かも」

 言われてみれば確かに、ハルの白雪姫に関しては対抗心なるものが芽生えている。
 これ以上ない正攻法だから問題はないのだけれど、根底にある感情が私には珍しいものだった。

「ハルを馬鹿にした扱いが気に入らなかったのね」

 そして、そうさせてしまった私自身にも責任を感じている。
 だから、ハルの魅力を私は知らしめたいのだと思う。

「な、なんだよ、そうなら最初からそう言えよなっ」

 ハルは急に体をもじもじとさせて視線が彷徨さまよっていた。
 そのまま落ち着かない様子で、ハルの体が私の肩を押した。

「じゃあ、頼んだぜっ。あたしの王子様っ!」

 ハルが満面の笑みを咲かせる。
 その輝くような華を見れば彼女こそ白雪姫だと、疑う者はいないだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ヤミ米峠の約15名

瑠俱院 阿修羅
大衆娯楽
時は1999年。ノストラダムスも予言できなかった就職氷河期。新入社員田中、山田、佐藤、高橋の男4人と、中年女性の鈴木、社長の田原坂は登山道を社員研修に向かう。操り人形を連れて逃避行中の元教育番組出演者ケンイチと出会い、直後にその妹のメグと連れの操り人形チャコ、ルンルンを雪の中から助ける。アヒルの着ぐるみドック・ダック、ウサギの男児・女児着ぐるみのマジ太、カル子が現れ、ドック・ダックの口からとんでもない計画が明かされる。 歴史とは言えない中途半端な過去の時代の、戦争などとは比べるべくもなくちょっと大変な就職氷河期を乗り切った人々と、彼等と知り合いになった教育番組キャラクター、着ぐるみたちの人間・着ぐるみ・人形模様を描く。

09部隊、祠を破壊せよ!

doniraca
大衆娯楽
山奥にある蛹女村(さなぎめむら)――だがそこは怪異に蝕まれていた。 異常な村人たち、謎の邪神、09部隊は元凶となる祠を破壊するために潜入する! さらに、サヤという名の少女まで加わって……?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

声劇・シチュボ台本たち

ぐーすか
大衆娯楽
フリー台本たちです。 声劇、ボイスドラマ、シチュエーションボイス、朗読などにご使用ください。 使用許可不要です。(配信、商用、収益化などの際は 作者表記:ぐーすか を添えてください。できれば一報いただけると助かります) 自作発言・過度な改変は許可していません。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

半官半民でいく公益財団法人ダンジョンワーカー 現代社会のダンジョンはチートも無双も無いけど利権争いはあるよ

大衆娯楽
世界中に遺跡、ダンジョンと呼ばれる洞窟が出現して10年という時が経った。仕事の遅いことで有名な日本では、様々な利権が絡みいまだ法整備も整っていない。そんな中、関東一円でダンジョン管理を行う会社、公益財団法人ダンジョンワーカーに入社する1人の少女の姿があった。夜巡 舞、彼女はそこでダンジョンの本当の姿を知る。ゲームの中のような雰囲気とは違う、地球の病巣ともいえるダンジョンと、それに対処する人々、そして舞の抱える事情とは。現代社会にダンジョンなんてあったってなんの役にも立たないことが今証明されていく。 ※表紙はcanva aiによって作成しました。

処理中です...