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祖父への報告
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長い長い一日が終わった。自宅に帰りつく頃には精根尽き果てたという感じであった。
明日には真相を確かめる事ができる。新一は松子さんに招かれていた。秀美ちゃんの仕事が終わったら、二人で松子さん宅に伺う事になっている。
疲れた。とにかく疲れた。ベッドに横になったとたん、新一は深い眠りに誘われた。
翌日、新一は爺ちゃんに会いにいった。夕方には秀美ちゃんと待ち合わせをしているので丁度いい。
爺ちゃんは相変わらず、ベッドの上であったが、背もたれを立てて新一が差し入れた珈琲を飲んでいた。
良かった。今日は調子がよさそうだ。爺ちゃんに全てを話したい。だがそう思うと口が重くなる。これが相良君の言っていた事なんだ。爺ちゃんに真相を話す事は出来そうもない。
「新一、大津島に行ったそうだな。浩一から聞いたよ。爺ちゃん、嬉しくてな。新一が爺ちゃんの事……嬉しくて、嬉しくて……」
賢一はボロボロと涙を流した。
「爺ちゃん、大袈裟だよ」
爺ちゃん。十九歳の爺ちゃんに会ってきた。爺ちゃん、あんなに若いのに毅然としていてかっこよかったよ。ほんとはそう言いたかった。
「爺ちゃん、爺ちゃんが大津島から出撃したのは戦争末期だろ。その時、日本は勝てると思っていた?」
聞いてみたかった。あの時、将棋盤を見つめて爺ちゃんが言ってたこと。たしか、この戦の勝敗については意見する立場でないと言っていた。
「最初は、いや随分後まで日本が負けるなんて微塵も考えていなかった。だが、本土空襲が激しくなった頃からは、ひょっとしたら……日本は勝てないんじゃないか……そんな気持ちが無かったと言えば嘘になるな」
やっぱりそうだ。あの時、爺ちゃんも日本の勝利を疑っていたんだ。
「なあ爺ちゃん。相良少尉と一回だけ将棋をしたって言ってたよね?」
「ああ、一度だけだったが覚えとる。相良少尉は何でも完璧だった。将棋だって爺ちゃんより強かった。いい勝負だったと記憶しているが完敗だったよ」
相良君、君はほんとに凄い人だ。でも、将棋については貸しだよ。新一は心の中で笑った。
「爺ちゃん、また勝負しようね」そう言って新一は将棋盤を指さした。
「ああ、望むところだ」
賢一は何度も頷いた。
「そうだ爺ちゃん、大津島で高野って人のお孫さんに会ったよ。回天の整備をしていた人だって。十年前に亡くなったけど幸せな人生だったようだよ。爺ちゃん知ってる?」
「高野? 高野整備兵か! 奴とは戦後十年目の戦友会であったのが最後だ。高野とはよく将棋をした。そうか、幸せだったか。良かった」
新一は現在の大津島の様子や、記念館を見た感想を話し、太平洋戦争のあらましなどを二時間以上にわたって賢一と語り合った。
「新一、ありがとな。爺ちゃん嬉しいよ」
「なあ爺ちゃん。突然だけど俺、ちゃんともう一度勉強して、医学部を目指してみようと思ってる。まだ親父にも母さんにも言ってないけど、アルバイトしながら頑張ってみようと思って」
あの体験。太平洋戦争末期に暮らす兵士達の姿を見て新一の考えは決まった。
まだ、受験すらしていないのに爺ちゃんの驚きと喜びようはハンパなかった。僅かだが自分の全財産を新一に譲るから学費に宛てろとまで言ってくれた。さすがにそれは断ったが、これで後に引けなくなった。爺ちゃんに話した事で吹っ切れた。今日から勉強する。何にもやる気がなく、目的もない人生から一歩踏み出す事ができた。相良君のおかげだ。相良君、ありがとう。
明日には真相を確かめる事ができる。新一は松子さんに招かれていた。秀美ちゃんの仕事が終わったら、二人で松子さん宅に伺う事になっている。
疲れた。とにかく疲れた。ベッドに横になったとたん、新一は深い眠りに誘われた。
翌日、新一は爺ちゃんに会いにいった。夕方には秀美ちゃんと待ち合わせをしているので丁度いい。
爺ちゃんは相変わらず、ベッドの上であったが、背もたれを立てて新一が差し入れた珈琲を飲んでいた。
良かった。今日は調子がよさそうだ。爺ちゃんに全てを話したい。だがそう思うと口が重くなる。これが相良君の言っていた事なんだ。爺ちゃんに真相を話す事は出来そうもない。
「新一、大津島に行ったそうだな。浩一から聞いたよ。爺ちゃん、嬉しくてな。新一が爺ちゃんの事……嬉しくて、嬉しくて……」
賢一はボロボロと涙を流した。
「爺ちゃん、大袈裟だよ」
爺ちゃん。十九歳の爺ちゃんに会ってきた。爺ちゃん、あんなに若いのに毅然としていてかっこよかったよ。ほんとはそう言いたかった。
「爺ちゃん、爺ちゃんが大津島から出撃したのは戦争末期だろ。その時、日本は勝てると思っていた?」
聞いてみたかった。あの時、将棋盤を見つめて爺ちゃんが言ってたこと。たしか、この戦の勝敗については意見する立場でないと言っていた。
「最初は、いや随分後まで日本が負けるなんて微塵も考えていなかった。だが、本土空襲が激しくなった頃からは、ひょっとしたら……日本は勝てないんじゃないか……そんな気持ちが無かったと言えば嘘になるな」
やっぱりそうだ。あの時、爺ちゃんも日本の勝利を疑っていたんだ。
「なあ爺ちゃん。相良少尉と一回だけ将棋をしたって言ってたよね?」
「ああ、一度だけだったが覚えとる。相良少尉は何でも完璧だった。将棋だって爺ちゃんより強かった。いい勝負だったと記憶しているが完敗だったよ」
相良君、君はほんとに凄い人だ。でも、将棋については貸しだよ。新一は心の中で笑った。
「爺ちゃん、また勝負しようね」そう言って新一は将棋盤を指さした。
「ああ、望むところだ」
賢一は何度も頷いた。
「そうだ爺ちゃん、大津島で高野って人のお孫さんに会ったよ。回天の整備をしていた人だって。十年前に亡くなったけど幸せな人生だったようだよ。爺ちゃん知ってる?」
「高野? 高野整備兵か! 奴とは戦後十年目の戦友会であったのが最後だ。高野とはよく将棋をした。そうか、幸せだったか。良かった」
新一は現在の大津島の様子や、記念館を見た感想を話し、太平洋戦争のあらましなどを二時間以上にわたって賢一と語り合った。
「新一、ありがとな。爺ちゃん嬉しいよ」
「なあ爺ちゃん。突然だけど俺、ちゃんともう一度勉強して、医学部を目指してみようと思ってる。まだ親父にも母さんにも言ってないけど、アルバイトしながら頑張ってみようと思って」
あの体験。太平洋戦争末期に暮らす兵士達の姿を見て新一の考えは決まった。
まだ、受験すらしていないのに爺ちゃんの驚きと喜びようはハンパなかった。僅かだが自分の全財産を新一に譲るから学費に宛てろとまで言ってくれた。さすがにそれは断ったが、これで後に引けなくなった。爺ちゃんに話した事で吹っ切れた。今日から勉強する。何にもやる気がなく、目的もない人生から一歩踏み出す事ができた。相良君のおかげだ。相良君、ありがとう。
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