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美代子の手紙
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気が付くと朝食の時間はとっくに過ぎていた。相良は廊下で高野整備兵に呼び止められた。
「相良少尉、おはようございます。昨夜の柳原一飛層との勝負、少尉の勝利だったとお聞きしました。少尉は何でも出来るのですね。改めてご尊敬申し上げます」
高野はキラキラと目を輝かせて相良の手を握った。
この高野という青年はこの後どうなるのだろう。戦後、生きて故郷に戻るのだろうか。どんな大人になるのだろう。爺ちゃんに聞いてみたかった。
「将棋ごときで大袈裟にするな。それより、柳原一飛層に何か変わった事はないか?」
「いえ、少尉との対戦に興奮しておられました」
「そうか……それより貴様、油だらけではないか。こんな朝早くから飯も食わずに整備をしていたのか?」
高野整備兵の指先は黒く汚れ、顔にも油がついている。
「はい。昨夜、柳原一飛層がご自分でされると言われた注油ですが、気になったので念の為、今朝から点検しておりました。そうしたら一飛層の的に致命的ともとれるゴムの亀裂が見つかったんです。丁度、昨日届いたあの部品で修理出来たので良かったです。そこで、少尉の的も同型艦なので、点検させて頂きましたが大丈夫でした。ついでに各部増し締めしましたので弁の開閉が硬かったら仰って下さい」
そう言うと高野は頭を下げてその場を立ち去っていった。
高野が立ち去った後、相良はしばらくその場にたちすくんでいた『もしかして……』
『相良君。もしかして爺ちゃん……』
新一も同時に気がついた。
『貴様も気がついたか』
『うん。多分……爺ちゃん、油圧の故障で特攻出来なかったって……』
『畜生! 俺が柳原一飛層を探したりしなければ、奴は昨夜、高野と会う事は無かった。そして奴の的の整備も……』
相良はその場所にヘナヘナと座り込んでしまった。
「相良少尉、いかがされました?」
「いや何でもない」
周りの声を振り払って相良は立ち上がり、表に出た。
『新一、すまない。俺の軽率な行動のせいで……今更、柳原一飛層の的を元に戻す事は不可能だ。すまない……』
『それが原因だと決まった訳じゃないよ。それに、僕が来なくても、あのパッキンは交換されたのかも知れないし……』
そうは言ってみたが、原因はパッキンの交換だろう。だが相良少尉を責めるつもりなど毛頭ない。彼は全て自分の為にベストを尽くしてくれたのだ。もしかしたら、爺ちゃんを消滅させることが歴史の目的かもしれない。
自室に戻ると、上田少尉が一通の手紙を相良に手渡した「先程届いた。貴様、朝飯を食わなかったのか? 調子でも悪いのか?」
「いや、そういうわけじゃない」
「ならいいが、それは隣の部屋に行って一人でゆっくり読め。なあ相良、その子の為にも生きて帰るという選択は無いか?」上田は相良に背を向けて言った。
「しつこいぞ! 貴様」
手紙の差出人の名は松野美代子。千葉市からだ。
その名前を見た瞬間、新一の意識の中にあった不快な意識が少しだけ晴れていく様に感じられた。
『松野美代子って誰? 相良君の恋人?』
新一の問いには答えず、相良は隣室に入り、手紙を読んだ。当然だがその手紙は新一も読む事が出来る。見えてしまうのでしょうがない。
『相良君、ごめんね。君のプライベートを覗くつもりは無いんだけれど』
新一は申し訳なさそうに言った。
美代子の手紙には、空襲で父親と上の弟を亡くした事、友人を亡くした事、今は母親の実家である稲毛にいるという事が書かれていたが、手紙の大部分は相良に対する想いを綴ったものであった。
『そんなに、そんなに想ってくれる人がいるのに相良君、死ぬなんて……』
なんて、なんて惨いんだろう。戦争では憎しみと悲しみしか生まれない。
『それ以上言うな!』
『わかったよ。でも、その松野美代子って名前を見たら、不快な意識が少し和らいだんだよ。どうしてだろう。松野美代子なんて人、知らないのに』
『何だと! 気のせいではないのか?』
『気のせいなんかじゃないよ。まだ不快感はあるけれど、その名前を見る前とは全然違うよ』
『何か、何か思い当たる事はないのか? 新一! よく考えろ』そこに本人が実在していたら、胸ぐらをつかむ勢いだった。
『全く分からない。その人の事も知らないし、松野って苗字も聞いた事はないよ』
松野……松野……いくら考えても松野という名字も、美代子という名前にも心当たりは無い。仮に当の本人が生きているとしても、既に九十歳は超えているはずだ。そんなお婆さんと接点はない。もしかしたら、爺ちゃんの知り合いかも。
『相良君、その松野美代子って人について、詳しく教えてくれる? ほんとに、ほんとにその名前を見てから不快な感覚が少し消えたんだよ』
相良は美代子について、彼女との出会いから、稼業、家族構成に至るまで一通りを新一の意識に語った。
『相良君! その美代子さんの稼業。まつの屋っていう饅頭屋があった場所って、もしかしたら千葉駅の近く?』
そんな事はあり得ないと思いながらも新一は聞いた。
『富士見町だから、近くはないが、貴様の時代に、まつの屋があるのか?』
『え? 富士見なら千葉駅に近いじゃん』
そう言ったが新一はすぐ、中学生の時に聞いた話を思い出した。今の千葉駅は移転している。この当時はたしか東千葉の辺りにあったはずだ。
『ごめん相良君、千葉駅はたしか移転している。でももし僕が知っている、まつの屋がその店ならそれは今、稲毛にある。そんな事って……少し整理させて……』
まつの屋の由来は松子さんじゃなくて松野なのか? そうだ、確か秀美ちゃんは、まつの屋は老舗だと言っていた。老舗……松子さんは国語の先生で、引退後、店をやっていると聞いた。だとしたら、まつの屋は松子さんの両親、いやそれ以前から続いている店と考えた方がいい。店の名の由来は松子ではなく松野……もっと詳しく聞いておけば良かった。とすると松子さんのお母さんが松野美代子? でも美代子が戦後結婚して嫁に行ったとしたら? 進という彼女の弟が稼業を継いだんじゃないのか? であれば、その進の子孫がまつの屋を継いでいることになる。いや待てよ……
『どうした新一、何かわかったか?』
『相良君、もう少し、もう少し待って』
松子さんの、まつの屋と、美代子さんの、まつの屋は同じ店なのか? 似たような名前の店はいくらでもある。でも同じ名前の饅頭屋はそう多くない気がする。
『ごめん相良君。僕の知っている、まつの屋と松野美代子さんの、まつの屋が同じ店なのかはわからない。でも、秀美ちゃんが豆饅頭はまつの屋が元祖だって言ってた』
秀美ちゃん……逢いたいよ……
『新一、まつの屋は稲毛にあるといったな? 美代子は富士見町に住んでいたが、現在は母方の実家である稲毛にいると手紙に書いてある。だから空襲を免れ、助かったと。美代子の手紙と貴様の話、偶然にしては一致が多すぎる。豆饅頭も、俺の聞いた限りではまつの屋が元祖だ』
『どうゆう事? 松野美代子さんのお店と、床枝松子さんのお店が同一だとしたら、そこに何かヒントがあるの?』
『床枝松子?』
『うん、七十過ぎのお婆さんだから、戦後間もなくの生まれの人。その人が、まつの屋のオーナーだって聞いたよ。僕も昨日、羽田空港で初めて会ったんだけどね。で、それがどうだっていうの?』
『わからん。わからんが、少なくとも俺と貴様の接点が柳原一飛層とは別に、もう一つあったという事になる。ただの偶然か? 秀美というのは貴様の恋人か?』
『えっ、まだ恋人って程でもないよ。昨日も話したけど、一緒に大津島に来た人。松子さんの孫だよ』
『その秀美という女子は美代子の子孫かも知れないわけだ。当然、床枝松子という人物も』
『うん。僕もそうかもって考えてみたんだけど、はっきりしないよ』
『新一! その床枝松子という人物から何か母親の事を聞いたか?』
『松子さんからは何も聞いていないけど、秀美ちゃんからは少し聞いたよ。お婆さん、あ、松子さんの事ね。松子さんのお母さんは未婚の母だったって、それから……そうだ、戦争で恋人を失ったって。えっ? まさか……それって……相良君?』
『未婚の母だと? 俺と美代子はそういう関係では無い』
『違うの?』
『美代子の子供が床枝松子だとしたら、だとしたらどうだというんだ。くそっ、わからない。時間が無い。俺達は何をしたらいいんだ』
『わからないけど、美代子さんが鍵なのは確かだと思う』
『美代子。ほんとに美代子なのか? 未婚の母だと? 恋人を失った? 俺か? 俺の事なのか? 俺はどうしたらいいんだ。今何をすればいい。教えてくれ……』
『相良君、その美代子って人に会う事はできる?』
そう言った瞬間だった。なんだ? 何が起きた? まるで全ての靄が晴れ渡っていくような……更に、何か優しい意識に包まれるような心地よさを感じた。えっ? 戻れる? 現世に、令和の世に戻れる?
『そんな事、出来る訳なかろう! 三日後に俺は出撃だ』
『ねえ、相良君。僕、帰れるかも。相良君が美代子さんに会ったら帰れるかもしれない』
『何だと!』
次の瞬間、新一は確信した。なぜ自分の意識がこの時代に飛ばされたのか。そして何をすればいいかを。多分間違いない。相良君に伝えないと。
『わかった。わかったんだよ! 相良君は美代子さんに会わなければならない。美代子さ……』
その時だった。急に意識が薄れてきた。まるで、深い眠りに落ちる瞬間のように。今度こそ本当に意識が保てない……
『どうした! しっかりしろ!』
『…………』
『おい、新一! どういう事だ!』
美代子に会えだと? そんな事、不可能だ。
『新一! どうした! 大丈夫か!』
『みよ……さ……あって……』
更に意識が薄れてくる。
『貴様! しっかりしろ! 何が言いたい! 不可能だ! 絶対に不可能だ! 新一! 俺はどうしたらいいんだ! 美代子に会える訳なかろう! あと三日しかない。物理的にも不可能だ!』
『ありが……』
『しっかりしろ! 貴様の時代とは違う。それに、美代子に会ってどうしろというんだ!
美代子に会えば貴様のタイムスリップとやらを阻止できるのか? 答えろ! 新一!』
相良はその場に崩れ落ちた。
「新一! 新一! 答えろ! 頼む……答えてくれ……新一……」
とうとう相良は声に出して新一を呼び続けた。
新一からの応答が無くなった。
「こんなことって、畜生! 俺にどうしろっていうんだ!」
「相良少尉、おはようございます。昨夜の柳原一飛層との勝負、少尉の勝利だったとお聞きしました。少尉は何でも出来るのですね。改めてご尊敬申し上げます」
高野はキラキラと目を輝かせて相良の手を握った。
この高野という青年はこの後どうなるのだろう。戦後、生きて故郷に戻るのだろうか。どんな大人になるのだろう。爺ちゃんに聞いてみたかった。
「将棋ごときで大袈裟にするな。それより、柳原一飛層に何か変わった事はないか?」
「いえ、少尉との対戦に興奮しておられました」
「そうか……それより貴様、油だらけではないか。こんな朝早くから飯も食わずに整備をしていたのか?」
高野整備兵の指先は黒く汚れ、顔にも油がついている。
「はい。昨夜、柳原一飛層がご自分でされると言われた注油ですが、気になったので念の為、今朝から点検しておりました。そうしたら一飛層の的に致命的ともとれるゴムの亀裂が見つかったんです。丁度、昨日届いたあの部品で修理出来たので良かったです。そこで、少尉の的も同型艦なので、点検させて頂きましたが大丈夫でした。ついでに各部増し締めしましたので弁の開閉が硬かったら仰って下さい」
そう言うと高野は頭を下げてその場を立ち去っていった。
高野が立ち去った後、相良はしばらくその場にたちすくんでいた『もしかして……』
『相良君。もしかして爺ちゃん……』
新一も同時に気がついた。
『貴様も気がついたか』
『うん。多分……爺ちゃん、油圧の故障で特攻出来なかったって……』
『畜生! 俺が柳原一飛層を探したりしなければ、奴は昨夜、高野と会う事は無かった。そして奴の的の整備も……』
相良はその場所にヘナヘナと座り込んでしまった。
「相良少尉、いかがされました?」
「いや何でもない」
周りの声を振り払って相良は立ち上がり、表に出た。
『新一、すまない。俺の軽率な行動のせいで……今更、柳原一飛層の的を元に戻す事は不可能だ。すまない……』
『それが原因だと決まった訳じゃないよ。それに、僕が来なくても、あのパッキンは交換されたのかも知れないし……』
そうは言ってみたが、原因はパッキンの交換だろう。だが相良少尉を責めるつもりなど毛頭ない。彼は全て自分の為にベストを尽くしてくれたのだ。もしかしたら、爺ちゃんを消滅させることが歴史の目的かもしれない。
自室に戻ると、上田少尉が一通の手紙を相良に手渡した「先程届いた。貴様、朝飯を食わなかったのか? 調子でも悪いのか?」
「いや、そういうわけじゃない」
「ならいいが、それは隣の部屋に行って一人でゆっくり読め。なあ相良、その子の為にも生きて帰るという選択は無いか?」上田は相良に背を向けて言った。
「しつこいぞ! 貴様」
手紙の差出人の名は松野美代子。千葉市からだ。
その名前を見た瞬間、新一の意識の中にあった不快な意識が少しだけ晴れていく様に感じられた。
『松野美代子って誰? 相良君の恋人?』
新一の問いには答えず、相良は隣室に入り、手紙を読んだ。当然だがその手紙は新一も読む事が出来る。見えてしまうのでしょうがない。
『相良君、ごめんね。君のプライベートを覗くつもりは無いんだけれど』
新一は申し訳なさそうに言った。
美代子の手紙には、空襲で父親と上の弟を亡くした事、友人を亡くした事、今は母親の実家である稲毛にいるという事が書かれていたが、手紙の大部分は相良に対する想いを綴ったものであった。
『そんなに、そんなに想ってくれる人がいるのに相良君、死ぬなんて……』
なんて、なんて惨いんだろう。戦争では憎しみと悲しみしか生まれない。
『それ以上言うな!』
『わかったよ。でも、その松野美代子って名前を見たら、不快な意識が少し和らいだんだよ。どうしてだろう。松野美代子なんて人、知らないのに』
『何だと! 気のせいではないのか?』
『気のせいなんかじゃないよ。まだ不快感はあるけれど、その名前を見る前とは全然違うよ』
『何か、何か思い当たる事はないのか? 新一! よく考えろ』そこに本人が実在していたら、胸ぐらをつかむ勢いだった。
『全く分からない。その人の事も知らないし、松野って苗字も聞いた事はないよ』
松野……松野……いくら考えても松野という名字も、美代子という名前にも心当たりは無い。仮に当の本人が生きているとしても、既に九十歳は超えているはずだ。そんなお婆さんと接点はない。もしかしたら、爺ちゃんの知り合いかも。
『相良君、その松野美代子って人について、詳しく教えてくれる? ほんとに、ほんとにその名前を見てから不快な感覚が少し消えたんだよ』
相良は美代子について、彼女との出会いから、稼業、家族構成に至るまで一通りを新一の意識に語った。
『相良君! その美代子さんの稼業。まつの屋っていう饅頭屋があった場所って、もしかしたら千葉駅の近く?』
そんな事はあり得ないと思いながらも新一は聞いた。
『富士見町だから、近くはないが、貴様の時代に、まつの屋があるのか?』
『え? 富士見なら千葉駅に近いじゃん』
そう言ったが新一はすぐ、中学生の時に聞いた話を思い出した。今の千葉駅は移転している。この当時はたしか東千葉の辺りにあったはずだ。
『ごめん相良君、千葉駅はたしか移転している。でももし僕が知っている、まつの屋がその店ならそれは今、稲毛にある。そんな事って……少し整理させて……』
まつの屋の由来は松子さんじゃなくて松野なのか? そうだ、確か秀美ちゃんは、まつの屋は老舗だと言っていた。老舗……松子さんは国語の先生で、引退後、店をやっていると聞いた。だとしたら、まつの屋は松子さんの両親、いやそれ以前から続いている店と考えた方がいい。店の名の由来は松子ではなく松野……もっと詳しく聞いておけば良かった。とすると松子さんのお母さんが松野美代子? でも美代子が戦後結婚して嫁に行ったとしたら? 進という彼女の弟が稼業を継いだんじゃないのか? であれば、その進の子孫がまつの屋を継いでいることになる。いや待てよ……
『どうした新一、何かわかったか?』
『相良君、もう少し、もう少し待って』
松子さんの、まつの屋と、美代子さんの、まつの屋は同じ店なのか? 似たような名前の店はいくらでもある。でも同じ名前の饅頭屋はそう多くない気がする。
『ごめん相良君。僕の知っている、まつの屋と松野美代子さんの、まつの屋が同じ店なのかはわからない。でも、秀美ちゃんが豆饅頭はまつの屋が元祖だって言ってた』
秀美ちゃん……逢いたいよ……
『新一、まつの屋は稲毛にあるといったな? 美代子は富士見町に住んでいたが、現在は母方の実家である稲毛にいると手紙に書いてある。だから空襲を免れ、助かったと。美代子の手紙と貴様の話、偶然にしては一致が多すぎる。豆饅頭も、俺の聞いた限りではまつの屋が元祖だ』
『どうゆう事? 松野美代子さんのお店と、床枝松子さんのお店が同一だとしたら、そこに何かヒントがあるの?』
『床枝松子?』
『うん、七十過ぎのお婆さんだから、戦後間もなくの生まれの人。その人が、まつの屋のオーナーだって聞いたよ。僕も昨日、羽田空港で初めて会ったんだけどね。で、それがどうだっていうの?』
『わからん。わからんが、少なくとも俺と貴様の接点が柳原一飛層とは別に、もう一つあったという事になる。ただの偶然か? 秀美というのは貴様の恋人か?』
『えっ、まだ恋人って程でもないよ。昨日も話したけど、一緒に大津島に来た人。松子さんの孫だよ』
『その秀美という女子は美代子の子孫かも知れないわけだ。当然、床枝松子という人物も』
『うん。僕もそうかもって考えてみたんだけど、はっきりしないよ』
『新一! その床枝松子という人物から何か母親の事を聞いたか?』
『松子さんからは何も聞いていないけど、秀美ちゃんからは少し聞いたよ。お婆さん、あ、松子さんの事ね。松子さんのお母さんは未婚の母だったって、それから……そうだ、戦争で恋人を失ったって。えっ? まさか……それって……相良君?』
『未婚の母だと? 俺と美代子はそういう関係では無い』
『違うの?』
『美代子の子供が床枝松子だとしたら、だとしたらどうだというんだ。くそっ、わからない。時間が無い。俺達は何をしたらいいんだ』
『わからないけど、美代子さんが鍵なのは確かだと思う』
『美代子。ほんとに美代子なのか? 未婚の母だと? 恋人を失った? 俺か? 俺の事なのか? 俺はどうしたらいいんだ。今何をすればいい。教えてくれ……』
『相良君、その美代子って人に会う事はできる?』
そう言った瞬間だった。なんだ? 何が起きた? まるで全ての靄が晴れ渡っていくような……更に、何か優しい意識に包まれるような心地よさを感じた。えっ? 戻れる? 現世に、令和の世に戻れる?
『そんな事、出来る訳なかろう! 三日後に俺は出撃だ』
『ねえ、相良君。僕、帰れるかも。相良君が美代子さんに会ったら帰れるかもしれない』
『何だと!』
次の瞬間、新一は確信した。なぜ自分の意識がこの時代に飛ばされたのか。そして何をすればいいかを。多分間違いない。相良君に伝えないと。
『わかった。わかったんだよ! 相良君は美代子さんに会わなければならない。美代子さ……』
その時だった。急に意識が薄れてきた。まるで、深い眠りに落ちる瞬間のように。今度こそ本当に意識が保てない……
『どうした! しっかりしろ!』
『…………』
『おい、新一! どういう事だ!』
美代子に会えだと? そんな事、不可能だ。
『新一! どうした! 大丈夫か!』
『みよ……さ……あって……』
更に意識が薄れてくる。
『貴様! しっかりしろ! 何が言いたい! 不可能だ! 絶対に不可能だ! 新一! 俺はどうしたらいいんだ! 美代子に会える訳なかろう! あと三日しかない。物理的にも不可能だ!』
『ありが……』
『しっかりしろ! 貴様の時代とは違う。それに、美代子に会ってどうしろというんだ!
美代子に会えば貴様のタイムスリップとやらを阻止できるのか? 答えろ! 新一!』
相良はその場に崩れ落ちた。
「新一! 新一! 答えろ! 頼む……答えてくれ……新一……」
とうとう相良は声に出して新一を呼び続けた。
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