爺ちゃんの時計

北川 悠

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新一と相良の意識 2

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 偶然、強い衝撃を受けてここに来た。ならばまた強い衝撃を受ければ帰れるかも知れない。アニメやラノベでは大抵そういう設定になっている。
 強い衝撃……と言えば回天の爆発だ。自分の意識が相良少尉と共にある限り、いずれ回天の爆発に遭遇する。その時が元の世界に戻れるチャンスかも……いやまて、アニメやラノベは主人公に都合よく作られた物語だ。実際にはその時、爆発と同時にこの意識も消滅してしまうかもしれない。むしろその可能性の方が大きいか……少なくとも、自分にはどうする事もできない。

『矛盾か……そうだな、過去を少しでも変えてしまえば、未来に与える影響は計り知れないだろうな』と相良。
『そう、例えば親殺しのパラドックス。つまり過去に行って自分の親を殺したらどうなる? その時点で自分は存在していない事になる。ならば当然、過去に行く事も出来ない』
 新一はそんな映画を見た事があった。
『そうか、確かにそうだ。つまり、あり得ないという事か?』
『うん。それについてはいくつかの考え方があって、まず一つは過去を変える事は出来ないという考え方。例えば親を殺そうと思ってナイフを使ったら、ナイフが折れてしまうとか、銃を使ったら、全て不発弾だったとかね』
 これも映画やラノベから得た知識だ『いずれにしろ様々な妨害が入り、親を殺す事は出来ない。つまり、未来からの訪問者は過去の事象を変更する事は出来ないという考え方。もしくは、その訪問者は既に歴史に織り込み済みであるという考え方』
『確かに筋は通るな。だが、全く影響を及ぼさないという事はないだろう。例えば、貴様が俺の中に現れた事によって、既にいくつかの事象は変わったと思うが』
『えっ? もう何か変わった?』
『ああ。俺は何処からともわからぬ貴様の声に驚き、二往復するはずであった訓練を一回で切り上げた。それだけでも、少なからず歴史は変わったといえないか? 今の上田との会話もしかり。本来、貴様の声が無ければ、俺はこんなところで蚊に食われながら何分も一人で座ってなどいない。更に俺自身はどうだ? 未来を知った俺は以前の俺ではなくなると思うが』
 確かに相良少尉の言う通りだ。ほんの少しの変化でも、未来では大きな変化となる可能性がある。あと十秒遅れて家を出たら、大事故に巻き込まれただろうとか、その逆もまた真なり。その後の歴史が大きく変わってしまう。
『そうだね、それについても、当事者の記憶がなくなるとか、いろいろな説はあるみたいだけど、一番有力そうなのは、歴史は自己修正を加えながら、多少の変化は許容するというもの。つまり、大きな軸さえぶれなければいいという考え方。正し、多少というのが、どの程度なのかはわからない。事例が無いから全て憶測でしかないよ。僕の知識だって漫画や小説の引用だしね。少なくとも、ちゃんとした文献なんて無いと思う』
 仮にあったとしても、そんなものは証明の出来ないただの推論だろう。
『そうか、貴様、それでさっきは上田にあんな事を言わせたのか。それを確かめるために』
『うん。で、結果は伝える事が出来なかった。歴史は二重に防御をしてきた』
『二重?』
『そう、まず一つ、相良君は、あっ相良君でいいかな? 同い年だし』
 どうも相良少尉と呼ぶ事に抵抗を感じる。
『構わない、貴様は軍人ではないしな。それより先を続けろ』
『相良君は、二つの理由によって上田少尉に言わんとする事を伝える事が出来なかった』
『二つ?』
『うん。一つ目として、物理的に急に口がきけなくなった。二つ目は、上田少尉は少佐に呼ばれて席を立たねばならなくなった』
『つまり、俺が上田にその事を伝えたら、歴史の大筋が変わってしまうから、歴史によって妨害されたと?』
『わからないけど、そう考えるのが一番理にかなっているかな……』
『さっきのパラドックスの話だが、他の考え方には何がある?』
『パラレルワールド』
『なんだそれは?』
『枝分かれしたもう一つの世界。つまりこの場合は、僕が来た事によって歴史が変わってしまった世界と、元のままの世界が存在するという考え方。でもさっき、相良君が終戦の日について上田少尉に伝える事が出来なかった事から、その仮説、パラレルワールドの存在は否定していいと思う』
『歴史は変わらない。変えられないという事か』
『多分……』
『他には何がある?』
『他?』
『パラドックスだ』
『えっ、あ、うん。歴史が矛盾に耐えられなくなって爆発する。つまり世界事、消えて無くなってしまうというもの』多分それは無いだろう。もしそうなら、もう無くなっているだろうから。
『それは無い……な』
『僕もそう思う』
『日本は負けるのか』
『うん……』
『どうやら俺は貴様から未来を聞くことが出来るようだな。死ぬからか? 俺が聞いたところで歴史に影響はないって事か?』
『わからない。でもそういう事だと思う。相良君と僕は、同時に消滅する気がする。何を知っていても、それを伝える事が出来なければ歴史は変わらない』
『すぐ先に死が確定しているからこそ、貴様の声を聞く事が出来るという訳か。死ぬ前に未来を知る事が出来るなんて、俺は幸せ者だな』
 相良は立ち上がって大きく深呼吸をした。
夕焼けに赤く染まった海が美しい。この景色は今も七十八年後も変わらない。新一は相良少尉の吸った空気、昭和二十年の大津島の大気を感じた。
『僕も、消滅の前に現役の大日本帝国海軍の少尉と話をする事が出来て嬉しいよ。こんな経験は誰にもできない』
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