爺ちゃんの時計

北川 悠

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黄色い風船

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 緩やかな坂を下っていくと、目の前にキラキラと輝く青い海が見えて来た。山の緑とのコントラストが美しい。
「千葉に戻ったら、矢野川さんについて出来るだけ詳しく、お母さんに聞いてみて。二十四年前の事でも、情報は多いに越したことはないからね」
「新ちゃんありがとう。ねえ、お母さんと話す時、一緒にいてくれる?」
「いいけど僕、部外者だし、お母さん気分悪くしないかな?」
「それはないわ。二人で話したら、絶対喧嘩になっちゃう。わたしとお母さんっていつもそうなの。売り言葉に買い言葉ってやつ。お願いしても……いい?」
「うん、大丈夫だよ」
 そうは言ったものの新一は不安だった。想像だが、なんか秀美ちゃんのお母さんは恐そうだ。だが興味はある。それ以前に、どんな悪条件であっても、今の新一は断るつもりはない。彼女の為ならどんなことでもしてあげたい。
「新ちゃん、ありがとう。新ちゃんに話してよかった」
 そう言って微笑んだ秀美ちゃんは、やっぱり可愛いが、何となく不安そうな、不思議な笑顔だった。
 二人が地獄の石段付近くまでくると、フェリーに同乗していた家族、あの黄色い風船を持った女の子とその両親がいた。
「美緒、早くいらっしゃい」
母親の声だ。
 母親に追いつこうとして手を開いた瞬間、風船は瞬く間に女の子の手を離れていった。上を見上げているが、もう間に合わない。女の子は今にも泣きだしそうだ。
「美緒、諦めなさい。だからちゃんと手に巻き付けておきなさいって言ったでしょ」
「だって……」
 美緒と呼ばれた女の子は半べそをかいている。
「フェリーの時間があるんだから、早くきなさい」
 父親だ。両親はぐずる娘を見て、少し立ち止まっていたが、またゆっくりと歩き始めた。
 あの風船は子供にとってはある意味残酷だ。新一も買ってもらったばかりの風船を飛ばしてしまって泣いた記憶がある。その記憶は意外に長く残るものである。
「危ない!」
 秀美ちゃんの声より早く、新一の身体が動いた。女の子はべそをかきながら歩いていた為、前が見えていなかったようだ。何かにつまずくように倒れかけたのだ。新一達の目と鼻の先である。間一髪、女の子は新一の腕の中に倒れこんだ。が、次の瞬間、新一はバランスを崩して女の子を抱いたまま仰向けに倒れてしまった。女の子は無事だったが、新一は激しく後頭部をアスファルトにぶつけてしまった。
 意識が薄れていく、遠くで自分を呼ぶ声が聞こえるが、何も見えない。真っ暗なトンネルの中に引き込まれていくような感覚だった。
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