爺ちゃんの時計

北川 悠

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 青白い煙が一時、中を漂い、そして消えていく。
 もうすぐ俺の命は、この煙草の煙のように消えてなくなるのだ……未練は無い。だが数日前から、何か得体の知れない不安感に悩まされていた。それが何かは、わからない。ただ、そう感じるのだ。恐怖が入り混じった不安。
 自分が死ねば日本は勝てるのか? 死に対しての恐怖? だからそう感じるのか? いや、今となっては自分の命などどうでもいい。出撃を前に精神が不安定になっているのだろう。そう思う事にした。
「俺にも一本くれないか」
 上田はそう言うと相良の隣に腰を下ろした。
「相良、貴様どうしても代わるつもりは無いか」
「無論だ、俺の腹は決まっていると言っただろう。貴様は生きろ、家族の為にも必ず生きて故郷に帰れ。いずれそう遠くない未来、この戦争も終わる時が来るだろう」
「どういう事だ」
「貴様はどう思う? ミッドウェーでの大敗以降、戦況は悪化の一途をたどっている。俺達が聞かされていた戦況と現実の戦況には大きな食い違いがあった。最後の砦と謳われたサイパンが落ち、沖縄もやられた。今では連日の本土空襲だ」
「確かに厳しい戦況だ。だがな……」
 上田の言葉を制して相良は続けた「軍人だけでなく大勢の民間人が犠牲になっている。なのに、どうだ? 日本はそれを迎撃する戦艦も、空母も、航空機も、そのほとんどを失っている。制空権も制海権も失ったのだ。正直に言って、本当に勝てると思うか?」
「相良、貴様この大日本帝国が負けると言いたいのか!」
「負けると言っているのではない。勝てるのかと聞いている」
「勝つ。その為に貴様も俺も命を捨てる覚悟でここに来た。違うか?」
「勿論だ。だがな、正直に言うと家族を失って考えたのだ。もはや勝ち負けなどどうでもよい。俺は家族の仇を打ちたい。それに……俺にもまだ守りたいものはある。だから俺は信念を持って出撃する」
 そう言うと相良は立ち上がった。
「何処へ行く」
「少し走ってくる」
「ならば俺も付き合おう」
 二人は並んで走った。
 出撃の秒読みは既に始まっている。数週間後には死が確定しているこの肉体、今更鍛える事になんの意味があるだろう。しかし、何かしていないと気が済まなかった。余計な考えが頭をよぎってしまう。
 上田を死なせる訳にはいかない。自分が出撃するという事は上田を生かすという事に他ならない。
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