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ノックアウト
しおりを挟むそうだ床枝さんにメールしないと。
【お疲れ様です。大津島の件ですが、明後日の月曜日でもいいですか?】
床枝さんと泊まりで旅行に行きたかった。でも、出来るだけ早く大津島に行きたという気持ちも大きくなっていた。爺ちゃんがすぐ亡くなるとは思えないが、それでも早いに越したことはない。床枝さんとは今回の大津島の後、もし脈があればその時また、ちゃんと誘えばいい。先走っちゃダメだ。
しばらくして彼女から返信があった。
【はい、大丈夫です。でも、明後日ってチケットとれます? 飛行機ですよね?】
そうか……何も考えていなかった。新一は急いで調べた。結果、新幹線、飛行機のどちらでも可能だが新幹線だとかなり時間がかかる。でも飛行機だと正規運賃しかなさそうなのでかなりの出費になる。クソッ俺はなんてバカなんだ。取りあえず再来週で考えよう。
【すみません。考えていませんでした……ちゃんと調べておきますので再来週にしましょう】
【祖母が羽田空港で、小さなお店をやっているんです。空港関係者にコネがあるみたいなので一応聞いてみますね】
【ありがとう。無理しないでください】
【はい。休憩終わりなので、また後でメールします】
【了解です。僕は何時でも大丈夫です】
七月十日。朝から強い日差しが照り付けている。良かった、晴れている。やはり外出するなら雨より晴れの方がいい。しかも今日は床枝さんと一日を共にするのだ。いやが上にも気分は盛り上がる。
結局、床枝さんが飛行機のチケットを手配してくれた。嬉しいことに、急であったにもかかわらず格安航空券をゲットすることが出来た。
約束の時間は六時五分前だったが、新一は二十分前に蘇我駅に着いていた。ここから羽田空港までは高速バスで一時間ちょっとである。飛行機に乗るのは久しぶりだ。だが、それより床枝さんとの旅行に胸が高鳴り続けている。
約束の十分前にやってきた床枝さんは、新一の乏しい想像力をはるかに凌駕していた。
オレンジ色のノースリーブに白いプリーツのロングスカート。金色のネックレスとやはり金色の細いチェーンのピアス。そして何より、いつもはしていない化粧をしている。いや、普段でも薄化粧はしているかも知れない。でも、今日は明らかにメイクをしている。ただでさえ可愛いのにこれは反則だ。ノックアウトとは正にこういう事を言うのだろう。
今日の新一の服装はいつものジーンズにTシャツ、靴だけは新しく買った赤いスニーカーを履いて来た。
しまった。もう少しお洒落をしてくるべきだったか……でも、そもそも服装にあまり興味の無い新一はたいした洋服は持っていなかった。
それにしても今日の床枝さんはまた一段と可愛い。不覚にも新一は、間抜けな顔でしばし呆然と見とれてしまった。鏡で自分の顔を見たわけではないが、間違いなく間抜けな顔をしていただろう。
「えっ? わたし変ですか? お洒落したの久しぶりだから……」
「イヤイヤイヤ、メチャ素敵です」
「良かった。ほんとはあたし、あまりこういう服装はしないんです。でも今日は少し張り切っちゃいました。こういうのもたまにはいいですね」
おいおいおい、これはマジでヤバい。まさしく高嶺の花だ。行きかう男性は皆、チラッと彼女を盗み見ていく。
いや、まてよ……もし奇跡がおきて彼女と付き合う事になったら、そして別れる事になったら……もう二度とこんな素敵な女性と付き合う事は出来ないだろう。そのダメージを考えるならば、最初から深い付き合いは望まない事だ。それが賢明だ。イヤイヤ、俺は何を考えているんだ。ネガティブにも程がある。それに今日は爺ちゃんの歴史をたどる旅なのだ。取りあえず雑念は捨てて落ち着こう。
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