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第三章 調合編
29、約束の物
しおりを挟むルーディアのアトリエに着いたとき、その部屋は凄い状態になっていた。
至る所に紙が散らばり、足の踏み場もない。
しかたなく、何処にいるのかわからないルーディアを探す為に、俺は声を上げる。
「ルーディア、何処にいるんだー?」
それなのに声は全く返ってこない。
なにより今日は新しい魔術道具を使い、その結果どうなったのかを確認するためにここに来たのだ。
そして何度呼んでも返事がないことに日時を間違えたのかと思い、俺は時間を確認するために紙の束をかきわけて進もうとする。
少し歩いたところで何かに躓き、倒れ込んでしまった。
「いったたた……なんだ?……って!!?」
「う、うう……」
「ルーディア!!!」
先程躓いてしまったのは、紙の束に埋もれていたルーディアだった。
俺は焦りながらルーディアの体を紙から出し、怪我をしていたり、異常が無いかをパッと確認する。
見た感じ大丈夫そうだとホッとしたところで、ルーディアを揺さぶり起こす。
「ルーディア、ルーディア。大丈夫か!?」
「う、ぁ……」
「ルーディア、どうした!?」
少し目が開いたルーディアに俺は耳を寄せる。
口がぱくぱくと動き、かすれた声が聞こえた。
「……お、お腹、すきました……」
「お腹!????」
その声と同時にルーディアのお腹が盛大に鳴り響く。
それを聞いた俺は、安堵の息をついたのだった。
「なんだかすみませんでした。ここ数日引きこもって研究していたものですから、ご飯を食べることさえ忘れていました」
そう言いながら、横でサンドイッチを口にするルーディアは、先程まで倒れていたとは思えないほど、のほほんとしている。
でも俺にはどうしても聞かなくてはならないことがあった。
「大丈夫ならよかったけど……それで、あの……」
俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
正直ここに来てからはそれが気になって、ずっとドキドキしていたのだ。
「約束の物は?」
「……すみません」
その言葉に俺はダメだったのかと思い、顔を真っ青にして俯いてしまう。
やっぱり刻の調律は、Sランクにお願いしないとダメなのだろうか……。
「い、いえ!謝ったのはそういう意味では無くてですね……誤解をさせてしまいました、すみません!!」
「と、いうと……?」
慌てながら謝るルーディアに、もしかして俺の早とちりだったのかもしれないと、顔を上げる。
目があったルーディアは優しい視線を俺に向けると、一枚の紙を出した。
「まだこの魔法陣を描き終えただけなんです。セイがこちらに来るギリギリまで、魔法陣構築について研究をしたかったものですから」
「その結果引きこもってご飯を食べずに倒れたと……?」
「そうみたいです。一応魔法陣を描き終えるまでは起きていた筈なんですけどね……」
おかしいですね、と言うルーディアに無理をし過ぎだと俺は手を伸ばし、つい頭を撫でてしまう。
前回、前々回と似たようなことをしてたせいか、ルーディアに対して、なんだか癖になってる気がする……。
嬉しそうにおとなしく撫でられるルーディアを見たら、今更やめることもできない。
それに倒れたのだって、魔法陣が出来た喜びで気が抜けたことが原因だろう。
だから俺は最大限労ってやりたかった。
「でも魔法陣完成させたんだろ?それも俺のために……だから感謝させてくれ。ルーディア、本当にありがとう」
「いえ、感謝をされるにはまだ早いです。それにあなたの病気を治すのは僕だと、前にも言いましたよね?」
そう言うとルーディアは、頭を撫でていた手を掴んで俺を引き寄せた。
勢いよく引かれた俺はルーディアの胸へと頭を埋める。
「頭を撫でてくれたお礼に、僕もセイを撫でさせて下さい。ここに来てからセイはずっと緊張しているでしょう?刻の調律の調合が上手くいったのか心配で……そして今は、本当に上手くいくのか心配で緊張してます」
「……その通りだ」
ここに来たときから、そして今も。何より今日という日が俺の、生死を左右するとさえ考えてしまっている。
だからこそ、この緊張はとけない。
そんな俺の背中を、優しくルーディアは撫で続けていた。
「でも僕は今回完全に成功すると確信しています。だから無理とはわかっていますが、セイには少しでも安心して欲しいのです」
俺は返事ができなかった。
ルーディアが失敗するなんて思っていない。
それでもここから先に進めなかったらどうしようと、不安になってしまうのだ。
もう何度もこういうことを経験したというのに、毎回その壁を越えるときの緊張感は慣れる事が出来なかった。
何も言わない俺をルーディアはただひたすら撫で続けて、待っていてくれた。
だから少しだけその手に体を委ねて、俺は口を開く。
「すまない。ルーディアの優しさに甘え過ぎた。でも、もう大丈夫だ」
「本当ですか……?」
上から心配そうに俺を見つめる瞳と目が合いそうになって、つい目を逸らしてしまった。
そしてルーディアから体を離し、椅子に座り直す。
「ああ、本当だ。だからルーディアが調合しているところを見せてくれないか?」
「……セイはそれで大丈夫なのですか?」
本当は目の前で、調合しているところを見てしまったら、心臓が爆発しそうな程ドキドキしてしまうだろう。
でも、今の俺はルーディアを信じたいから……。
だから力強く頷くと、ルーディアは「わかりました」と答えた。
そして席を立ったルーディアを追うため、俺も立ち上がろうとしたのに、気がついたら何故かルーディアに持ち上げられていた。
「る、ルーディア!?調合する部屋まで、一人で歩いて行けるけど!!?」
「ふふ、縁担ぎとして僕が運びたかっただけですから」
「縁担ぎ!?俺は別にめでたい物じゃ……ってか運ぶならこの体勢はやめてくれ!!」
ルーディアは何故かお姫様抱っこで俺を運び始めたのだ。
もちろん、やめて欲しいという俺の願いは届けられる事なく、気がついたときには調合部屋にある椅子に座らされていた。
「セイはやはり軽すぎですね……何か体重増量にいい方法がないか探してみますね」
そしてルーディアのその一言は俺の胸に突き刺さった。
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