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二章
120、不思議な男(ウル視点)
しおりを挟む夢に入り込んだ俺は、今までの事をゼントに一通り話していた。
当初は驚いていた筈なのに何故かすぐに受け入れたゼントは、実験されているにも関わらずいつも明るくて呑気だった。
「いや~、驚くことばかりですけど。俺、もっと頑張りますからねー!」
「……あのさ、君って俺達に結構良いように使われてるのにポジティブ過ぎないかな?」
「え、そうですか?俺、今まで適当に流されて生きてきたから、こうして人の役に立てるときが一番嬉しいんですよねー」
俺達はゼントを勝手に眠らせて実験をしてるのに、その話を聞いてもゼントの態度は何も変わらなくて……その姿に俺はどうしても不思議で仕方がなかった。
「本当にそう思ってるなら良いけど、とりあえず文句があるならダンに言いなよ?アイツは自分が悪いって、全部責任取ってくれるって言ってたんだから」
「いえいえ、俺は良いんです!だって、これはデオさんの為ですから」
こんな感じで、何を言っても俺達の事に肯定的なのだ。
だけど、どうしてこんなにもゼントが積極的なのか本当にわからなくて、俺はつい聞いてしまった。
「ねぇ、ゼントがこんなに手伝ってくれるのは、本当は役に立ちたいからってだけじゃないよね?」
「……えっと、はいそうです。そこは、やっぱりわかっちゃいますよねー?」
「それは、まぁ。俺には君がただの聖人な人間には見えないんだよね」
仲間に引き入れはしたけど、ゼントにはあまりにも謎が多い。
そもそも進化している人間にまともな奴なんて少ないからね。
だからゼントが本当に裏表がない人間なのか、俺はここではっきりさせたかったのだ。
「確かに俺は聖人ではないですけど、でも今回の事で俺は何か利益を求めてる訳ではないですよー?」
「それじゃあ、何の為に……?」
「実は俺、デオさんとウルさんみたいな関係に憧れてるので……絶対にお二人には幸せになって欲しいんです。だからこれは俺の為にもなるんですよー」
なんて凄く嬉しそうにニコニコと言うゼントは、嘘を言ってるようには見えない。
もしかして、本当に善意で言ってる……?
俺はその事がどうしても信じられなくて変な見返りを求められる前に、ゼントへ返せそうな物を先に提示しておく事にしたのだ。
「それならさ、俺とデオが本当に幸せになったときにはゼントにお礼をしたいんだけど、ゼントの恋を俺がサポートするってのはどう?」
「ええ、本当ですか!?ウルさんみたいな恋愛のプロが味方についたら、俺があの人を落とせるのもすぐですよね?」
「いや、その相手を見た事がないからわからないけど……俺なりに最大限の手伝いはしてあげるよ」
「うおぉ、ウルさんは神なんですか~?俺、なんか凄いやる気出てきました。早く実験を終わらせて、デオさんを助けましょう!」
こうしてゼントのやる気は跳ね上がり、俺達は予定よりも早く実験を進める事ができたのだ。
そしてついに、実験は最終段階へと入っていた。
そんな俺がゼントにしている実験は、精神状態と脳波の関係を外の世界と直接やりとりしながら確認するだけのものだ。
そのため、実験と言ってもゼントが苦しい思いをする事はあまりない。
ただ数百にもおよぶ、感情に作用するシミュレーションを間隔を空けずにおこなっている為、ゼントの精神に負担がかかっていた。だからそれを解消するために、休憩を小刻みに取る必要があった。
そんな訳で今の俺は、疲労で動けないゼントが回復するのを座りながら横で待っていた。
しかもゼントは動けないだけで、普通に会話はできる。だから俺は、ダンから聞いていた手刀で次元を裂いたというゼントの話を、確認する事にしたのだ。
「そういえば、ゼントは手刀で次元を裂いたんだって?」
「あー、その話聞いたんですか。俺としては少し恥ずかしいんですよね。だって俺が雑魚過ぎてダンさんから一方的に攻撃を受けてた訳で、こんなのもう無理だってヤケクソでチョップしたら、突然目の前が裂けてビックリ的な感じでしたからー」
「いや、そのザックリとした説明だとよくわからないけど、次元が裂けたってのはどういう事かな?」
「まだ数回しか使ってないから詳しくわからないんですけど、一番最初に使えた時は次元が裂けて転移ホールができたらしいです。しかもその時、俺のお腹が空いてたせいなのか何故か食堂に繋がったんですよー。面白いですよね?」
この話し方からして、多分ゼントは転移ホールがどれ程凄い物なのか理解していない。
転移ホールは転移の進化版だし、転移する時に使う魔力をずっと維持できないとすぐに消えてしまう。そんな消費の悪い魔法なのに、ゼントはそれを使っても魔力切れを起こさなかったという事だ……。
やっぱりゼントは、鍛えればかなり強くなるみたいだよね。
そう思いながら、俺はゼントに確認していく。
「それで、ゼントはその手刀が人に当たるとどうなるか試したのかな?」
「一応落ちてた石コロでは試しましたよ。何も考えずに手刀を使ったら、次元が裂ける前に空間事弾け飛びましたけど……だから人には使いたくないですねー」
「と、言う事はそれは空間魔法の一種かな……?」
多分だけどゼントの転移ホールは、次元の入り口と出口の間に自分で生み出した亜空間を挟む事で、無理矢理他の場所に繋げる転移タイプなのかもしれない。
「それなら夢から外へは無理でも、夢から夢へは繋がる可能性はあるのかな?」
「夢から夢へ?やった事がないからわからないですけど、今のところ行った事がある場所にしか転移出来なかったので、他人の夢に行く機会があればやってみますよー」
「それなら大丈夫、もうすぐデオの夢に行くんだからチャンスはあるよ。だから俺もゼントの手刀には期待させてもらうからね?」
だって、もしも俺がデオの夢へ一緒に行けなかった場合、ゼントに頑張ってもらうしかないのだから……。
その為にはゼントを今のうちに鍛えるだけ鍛えておかないといけないよね。
「俺、ウルさんに期待されてるのに上手くできる気がしませんよ。これの発動条件もわかってないですし、なによりこれはただの手刀ですし……」
「はぁ……ゼントはその凄さが全くわかってないようだね。いいかい、ゼントには才能がある!だから真面目に特訓すれば、今の俺よりも強くなる可能性もあるんだよ?」
「いや、そんなまさか」
「嘘じゃないよ。だから今日からは実験と特訓の両方とも並行してやっていくからね?それじゃあ、休憩は終わりにして、どっちも頑張ろうか!」
「わ、わかりました……ウルさんのお墨付きですもんね、俺頑張りますよー!」
こうして俺達は、実験と手刀を使うための特訓を始めた。
そしてその結果、なんとゼントは手刀を確実に発動する方法を1日で習得したのだった。
それから数日後。
俺は今、外の世界にいるダンとルーディアに言われた言葉を、再度確認していた。
「本当に、これはあっているんだよね?」
『ウル、何回聞くんだ。見てわかると思うが脳波はピッタリあってるんだぜ?』
『ええ、そうですよ。ここまで波長が近いものは初めてですから、いつシンクロが起きてもおかしくないかと思います』
「そ、そうか……」
どうやら俺達は試行錯誤の末、ついに脳波を合わせる事が出来たようなのだ。
「ウルさん、やりましたね!」
その嬉しそうな声に、ゼントのおかげだと感謝の言葉をかけようと振り向いた。
「え?」
しかしそこにはもう、ゼントの姿は見当たらなかったのだ。
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