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俺と夜
48、同じ癖
しおりを挟む俺は夜が何を言いたいのか本当はわかっていた。
「何って、それは……その……」
でも理解していないフリをした俺は、モジモジと言い出せない夜の言葉を遮って無理矢理話を逸らしたのだ。
「そ、そうだ! 俺、ずっと気になってたんだけど夜は昔から俺のファンだったんだよね?」
「え……うん。…………俺は、直が一番最初にテレビに出てたときから知ってる……かな」
話を逸らした事にガッカリしてるのか、夜の声はどこか沈んで聞こえた。
もしかして夜は、本当に俺とキスしたいと思ってたのか? でも、夜とは今の関係のままでいたいから……今はこれでよかったんだ。
そう思いながら夜の話を聞いていた俺は、とりあえず夜のファン歴が変わっていない事に安心していた。
「そっか、そんな前からファンだったのは嬉しいけど……俺のファンだった夜が、何でアイドルになろうと思ったんだ?」
「そ、それは……凄く不純だと思われるかもしれないけど、直に少しでも近づきたくて……ごめん、こんな理由だなんて、流石に気持ち悪いよね?」
確かにやり直す前の世界でその話を聞いていなかったら、引いてたと思う。でも今の俺には、それよりも気になる事があった。
それは、夜がアイドルを始めた理由が全く変わっていなかった事だ。
だって今の俺は、C*Fに入らずに芸能界を辞めているのだ。それなのに、夜がアイドルを続けた理由は何なのだろう?
「いや、気持ち悪くないよ。それに俺が言うのも何だけどさ……同じグループになる予定だった俺が辞退したのに、よくそのまま続けようと思ったね」
「…………確かに、当時はショックだったし凄く悩んだんだよ……でもグループ内に直の弟、優がいたから。頑張れば直が俺の事認識してくれるかもしれないって思ったんだ」
「あー、確かに……でも、その考えは正解だったかも。俺は芸能界辞めてからC*Fの事凄く気にしてたから、お前らの事は常にチェックしてた」
でもそれは、やり直す前の事があったからだ。
もし俺が普通に芸能界を辞めていただけなら、絶対にメンバーの事を誰一人としてチェックなんてしなかったと思う。
昔の俺は、本当に自分の事しか考えないようなクズだったからな……。
でも、今の俺はもう間違えない。
絶対にこのメンバーで、幸せを掴み取ってやるんだ。
「俺がそんなお前らのマネージャーになれた事、今は後悔してないから」
「……そ、そうなんだ。それなら俺も、頑張った甲斐があったのかな?」
「当たり前だよ! だって俺が今ここにいるのは、4人が頑張ってトップアイドルになってくれたからなんだぞ?」
「…………」
あの日、大学に突然現れた優に連れ去られた時は本当に驚いた。でも今は、C*Fのマネージャーになれて本当に良かったと思っている。
ただ……問題は、あの3人に告白されたのが予想外過ぎてどうしたらいいのかわからない事だろう。
「……本当、あの3人はなんで俺を……」
「直、もしかして……あの3人に告白された事について、悩んでるの?」
「え!? も、もしかして今の声に出てた……?」
コクリとうなずく夜に焦った俺は、どうにか誤魔化そうとして声が裏返ってしまう。
「ち、違っ……別に俺は3人に告白された事を気にしてた訳じゃない。俺はこのままマネージャーを続けられるのか、凄く不安なだけで……」
「それって、直がマネージャーを辞めるかもしれないって事……?」
「い、いや……そういう訳じゃないけど、このままだと良くないってのは俺にもわかるからさ……」
いい加減、アイツらに返事をして俺はマネージャー業に集中したいと思っていた。
それに俺の返事は最初から決まっている。
アイツらを傷つけないように断るだけ……それだけの筈なのに、何故かそれを言うのを踏み止まってしまう俺がいた。
そしてそんな俺の話を聞いていた夜は、手を少し強めに握り直すと俺に言ったのだ。
「…………ねぇ、直。前から言ってるけど、悩み事があるならいつでも聞くよ? だから頼るなら他のメンバーじゃなくて、俺だけにしてほしい……」
そう言われても夜に恋愛相談なんて出来る訳なくて、俺は口籠ってしまう。
「え、それはちょっと……」
「……直、何で俺を否定するの?」
夜の声色が冷たくなり、突然寒気がした俺は咄嗟に夜から離れようとした。
しかし夜の左腕に体をホールドされている俺は、全く動けない。
「よ、夜?」
「……ああ、そうだよね。直は俺しか頼っちゃ駄目だし、俺以外誰も信じたら駄目なんだ。それに俺、直の為なら何でもするよ。だから……!」
突然、夜に握られていた右手に痛みが走り俺は声を上げてしまう。
「いっ!」
咄嗟に離した手は既に赤くなっていた。
どうやら、俺は夜に手を握り潰されそうになったようだ。
それなのに今の俺はまたかと思ってしまったのだ。
だってやり直す前の世界でも、夜はたまに発作のようによくわからない事を言って、力加減を間違えては俺の手や腕を赤くしていたのだ。
でもまさか、そんな癖まで同じとは思っていなかったけど……。
俺はそんな夜に慣れていたおかげなのか、割と冷静だった。寧ろ夜の方が凄く取り乱してるのが、背中越しに伝わってくる。
「ご、ごめん! 俺、俺……」
「大丈夫だって、俺は慣れてるからさ」
「え、慣れてる……?」
あ、しまった。
慣れているのは、俺がよく知る夜の事であって今の夜じゃない。
その事を思い出して、俺は慌てて言い訳をする。
「いや、ほら! 優とかすぐにぎゅっとしてくるだろ?」
「確かにそうだけど……」
優は手が赤くなるほど強く握ったりしない。
だけど今はなんとかゴリ押すしかないので、優に心の中で謝っておく。
「そういうわけだから、俺は大丈夫だって!」
「でも、ごめん。もし赤みが引かなかった時は、俺にいってね? 治るまで介抱するから……」
夜は赤く腫れた俺の手を引き寄せると、何故かその手をペロッと舐めたのだ。
「ちょっ! 血がでてる訳じゃないから、そんな事しなくても大丈夫だって!」
「あ、ごめん……赤く腫れた直の手を見てたらつい……」
後ろにいる夜がどんな顔してるのか俺にはわからない。
だけど首元にかかる息が先程よりも荒い気がしてゾワっとするのは、俺の気のせいだろうか……?
「とにかく寮に戻って湿布とか貼りたいし、遅くなると皆に心配かけるからそろそろ帰ろう」
「そ、そうだよね。直の為に急いで帰らないといけないけど……直、歩ける?」
「あ……」
少し休憩しただけでは、俺の足は全然回復していなかった。
「直は恥ずかしいかもしれないけど、俺が背負った方が早いと思うんだけど……?」
坂道で危ないだとか、俺は重いだとか適当な理由をつけて断ろうとしたのに、有無を言わせず夜は軽々と俺を持ち上げて歩き始めてしまったのだ。
流石にお姫様抱っこは嫌だと思った俺は、大人しく背負ってもらう事にしたのだった。
なんとか寮に帰ってきた俺は誰にも会わないように部屋に入ると、すぐに湿布を手に貼っていた。
本当は夜が手伝いたいと言ってきたのだけど、変に騒いで誰か来たら面倒だと思った俺は、それをどうにか断ったのだ。
「何とか1人で出来たのはいいけど……」
ヨレヨレになった湿布は、貼ってるのがすぐにわかる出来栄えだった。
もしもこれがバレたら、他の3人から質問責めにあう事はわかりきっていた。でも俺はそんな面倒な事、絶対に避けたかったのだ。
「最近涼しくなってきたし、明日からはダボっとした長袖で誤魔化そうかな。でも、流石にこの手はバレるよな……」
そう言いながら湿布とハサミを片付けようと机を見た俺は、そこに何故か置いてあるアルバムを見て首を傾げてしまったのだ。
「……あれ、アルバム置きっぱだったっけ? というか俺、いつ本棚から出したんだろう」
確かに部屋を出た時は机に何も置いて無かった気がするんだけど……?
それに、このアルバム───。
俺はここに例の写真が入ったままなのを思い出し、アルバムを開いてそれを手に取る。
「相変わらず後ろの文字は何書いてあるか滲んでて読めないな。というか、前よりも読みにくくなってるような……?」
しかもその文章は相変わらず、俺を陥れた犯人はC*Fの中にいるとしか読めない。……だけどもう俺は、この文字自体をあまり信じていなかった。
だってこの写真が本当にやり直す前の世界から来ているのなら、これを書いたのが俺を陥れた人物の可能性だって充分ありえると思うのだ。
何より今の俺は、あの4人が俺を陥れた犯人だなんて信じたくなかった。
俺はこの寮に入ってから、アイツらが真剣にアイドルと向き合っている事や、何かを抱えて葛藤している事を初めて知った。そんなアイツらの本心は、きっとやり直す前の世界でも変わってないと思うのだ。
……アイツらは、卑怯な事をして人を陥れるような奴らじゃない。
だからアイツらの中身が代わりでもしない限り、俺を陥れるような奴らではないと俺はどうしても信じたかったのだ。
───だから俺も、この写真を見るのはもう止めよう。
そう思いながらアルバムを片付けていると、今度は俺の携帯から着信音が聞こえてきたのだ。
携帯を手に取って画面を見ると、そこには俺の知らない番号が出ていた。
………………まさか、龍二じゃないよな?
俺は、恐る恐るその電話を出る。
「はい、もしもし…………あれ、もしかして間住社長ですか!?」
俺に電話をしてきのはCronus*Fantazumaが所属する事務所の代表、間住信士さんだった。
この人は俺が子役時代からいる人で、当時の俺がもっともお世話になった人だ。
「本当に、お久しぶりです。……………え? 今の話、本当ですか……。し、C*Fに、スキャンダルなんて───」
深夜の呼び出しに慌てて寮を飛び出した俺は急いで車に乗り込むと、先ほど聞いた話の事実を確認する為に1人で事務所に向かったのだ。
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