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光と俺

43、一緒にお風呂(後半)

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 ───理想の相手って、何の?

 後ろから抱きしめられたままの俺にはひかるがどんな表情をしてるのか、何を思っているのか全くわからない。
 だから思考が完全に止まっていた俺は、つい光に聞き返してしまったのだ。

「えーっと、それは光が恋人にしたい理想の相手ってこと……?」
「うーん、恋人限定って訳でもないかな~。だってなおちゃんの良い所をあげたらキリがないんだもん。例えば、性格が素直だから揶揄うとすぐに照れちゃうのが凄く可愛いし、そばにいると落ち着くからずっと離れたくなくなるんだよね。何より直ちゃんは凄く優しいからさ、僕を否定しなかったし……それに僕自身をちゃんと見てくれてたでしょ? きっと何処を探してもこんな素敵な人、直ちゃん以外は現れないと思うんだよね~」

 こ、これは…………本当に俺の話なのか?
 だって俺はこの寮に来てから、いつも光の本性に怯えて猫を被っていた訳で……きっと俺の内面は光の理想からかけ離れてる気がするのだ。

「いやいや、俺はそんな出来た人間じゃないし全然当てはまらないと思うんだけど……」
「そんな事ない! だって直ちゃんは僕の好き嫌いをすぐに見破ったんだよ? そんなの僕、初めてだったんだから!」

 そう言われても困ってしまう。
 だってあれは、やり直す前の光が俺を傷つける為に教えてくれた事であって、俺が知りたくて知ったわけじゃない。
 だからその事で俺の評価を上げられても困るだけなんだよね……。

「あのさ……昼の時にも言ったと思うけど、俺が光の好物を知ってるのは他のメンバーに聞いただけで、別に俺が見破ったわけじゃないから……」
「直ちゃん、それは嘘だよね?」
「っえ? い、いや別にこれば嘘なんかじゃ……」
「嘘だよ! 他のメンバーは僕に興味なんてないから、本当に好きな物なんて知らないんだもん。だからさ、直ちゃんがあの3人から僕の好物について教えてもらえる訳がないんだよ?」
「…………え?」

 ───誰も知らないって、どういう事?
 だって二年後の光は、確か他のメンバーなら知ってて当然って…………あれ? でもあの時の光は、他のメンバーがそれを知ってるとは一言も言ってなかった気がする。
 それならあの時の光は大嫌いな俺へと嫌味を言う為に、ずっと秘密にしていた事を教えたというのだろうか。

 一体なんの為に───?

 しかしそれを考えたところで、あの時の光の気持ちを知る術はない。
 なにより今の俺は目の前にいる光へ言い訳を考えなくてはいけなくて、その事を気にしてる余裕なんてなかった。

「ご、ごめん光。俺は別にお前を騙そうとした訳じゃなくて……」
「ううん、僕としてはそんな事はどうでもいいんだよ。だって僕は直ちゃんが嘘をついた事を責めてるわけじゃないんだもん。それに直ちゃんの事だからさ、僕が演技をして嫌いな物を無理矢理食べてた事に気が付いてたんでしょ? しかも、その事をそのまま伝えたら僕が傷つくとでも思ったんだよね?」

 よくわからないが光が勝手に納得してくれたようなので、俺は全力でそれに乗っかる事にした。

「う、うん……実はそうなんだ」
「ふふ、やっぱりそうだよね!」

 凄く嬉しそうな光の声に、俺は少しだけ胸がズキリと痛くなってしまう。
 俺はそれを誤魔化したくて、話を逸らしていた。

「で、でもその事が俺を好きになった話に関係するのか……?」
「関係大アリだよ~。だって僕が一番嬉しかったのは、直ちゃんがその事を知っても僕を変だと言わなかった事なんだから! 僕にはそんな直ちゃんが凄く眩しくて、今まで誰にも心を開きたいと思った事なんて無かったのに、直ちゃんには僕の全てを知って欲しいって思ったんだよ。だから僕の心がどれだけ醜くても、直ちゃんは全てを受け止めてくれるよね……?」

 そう言うと光は、指と指が絡むようにスルリと俺の手を握ってきたのだ。
 その事に驚いた俺は光の方へ振り向いて固まってしまう。そこには愛おしそうに俺を見つめる瞳があったのだ。
 早く目を逸らさないと……そう思うのに、何故だか俺は甘く溶けしまいそうなその瞳に吸い込まれ、ただ魅入ってしまう。

 ……光の瞳、凄く綺麗だ。黒目の中に鮮やかな水色が散ってる事なんて、初めて知ったかも。

 その瞳に見惚れてしまった俺は、光の事をまた一つ知れた事に少し嬉しく思っていた。
 しかし、いつの間にかその顔が徐々に近づいている事に気がついた俺は、驚いて光の名前を呼ぼうとした。

「ひ、ひか……んっ」

 しかし俺の言葉は最後まで言えなかった。
 俺の唇は光に奪われてしまったのだから……。

「んっ!? んん~~~!」

 一応抵抗しようとしたのに気がつけば光の舌に翻弄されてしまった俺は、そういえば光はキスが上手かったなと頭の片隅で思ったのを最後に、何も考えられなくなってしまったのだ。
 俺にはそのキスが長かったのか短かったのかわからない。でも気がついたときには、光の唇がゆっくりと離れていくのがわかった。
 俺はその事に安堵して光を見つめたのに、俺の顔を見た光は「その顔は卑怯だよ」と、再びキスをしてきたのだった。


 その後、何度もキスを繰り返した光はようやく落ち着いたのか、唇を離した後は凄く嬉しそうにニコニコと微笑んでいた。
 しかし今起きた事を少しずつ実感しはじめた俺は、光と何度も唇を重ねた事の恥ずかしさに顔が熱くなってしまい、顔を逸らしてしまう。
 しかし光はそんな俺を見てクスリと笑うと、改めて俺抱きしめ直し耳元で囁いたのだ。

「ねぇ、直ちゃん。僕、本気で直ちゃんの事が好きだよ。だからこれからは僕の全てを使って直ちゃんを落としにいくから……覚悟しててよね?」
「う、うん…………えっ!?」
「あー、でも今ので直ちゃんに手を出さないって約束破っちゃったよ~。まあ、本当は最初からそんな約束守るつもり無かったし、仕方がないよね?」
「……は?」
「見ての通り、僕って凄く嘘つきでもあるんだよ。だから直ちゃんにはそんな僕も知って欲しくて、今日はこんな強引な方法をとったんだ。ごめんね?」
「え、じゃあ。何もしないってのは嘘なの?」

 それならこの状況、凄くまずいのでは……?
 危機感を覚えた俺は光の腕から逃げ出そうと力を込めたのに、その腕はびくともしない。

「もう、そんな警戒しないでよ~。確かに僕は嘘つきだけどさ、直ちゃんを大切にしたいって気持ちもあるんだよ。だから本当は、肌がピンク色に染まってる可愛い直ちゃんをもっと見ていたかったんだけど……流石にこれ以上は耐えられそうにないから、残念だけど僕は先に出る事にするね~」

 光は唖然とする俺を置いたまま勢いよく浴槽から出ると、背を向けたまま「お休み~」と手を振って風呂場から去っていったのだ。
 その姿を見送った俺は、気がつけばポツリと言葉を溢していた。

「いや、俺が好きとか言われても……」

 それは光だけの話じゃない。
 普通に考えたら、メンバーの4人中3人が俺を好きだなんて絶対におかしいのだ。
 ただでさえ男同士という事だけでも信じがたいのに、俺を好いてると言ったのがあの3人だなんて嘘だと思いたい……実は3人で揶揄ってるわけじゃないよな?
 俺がこんなに疑心暗鬼になるのも仕方がない事だろう。だってやり直す前の世界で優、元、光の3人は俺の事を間違いなく嫌っていたのだ。
 だから俺は前みたいに失敗しないようにと、少しだけでも仲良くなりたかっただけなのに───。

 どうしたら、こんな事になるんだよ!??

 今の俺は、頭の中がグチャグチャで何も考えたくなかった。
 それに誰にも会いたくなかった俺は浴槽から出たくなくて、気がつけばのぼせるまでお湯に浸かってしまったのだった。
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