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俺と夜
54、記者会見
しおりを挟む記者会見がついに始まった。
入ってきた3人はフラッシュを浴びながら、机の後ろに並ぶ。
『皆様、この度はこのような噂で世間をお騒がせしてしまい、誠に申し訳ありませんでした』
第一声は元の謝罪からだった。
優と光も続けて「申し訳ありませんでした」と言い、3人は深々と頭を下げていた。
会場はカメラのフラッシュ音だけが鳴り響き、その空気はピリピリと重い。
俺はテレビで見ているだけなのに、緊張で胸がドキドキしてしまう。
フラッシュが落ち着いた頃ようやく頭を上げた3人は、落ち着いた様子で椅子へと座る。そしてリーダーである元が、今回のスキャンダルについて説明を始めたのだった。
そういえばどうやって誤魔化すのか聞きそびれていた俺は、緊張のあまり息を飲みこんでいた。
『申し訳ないですが、俺達がこの件に関して謝るのはここまでとさせてもらいます。何故かといいますと、今回掲載されたこの記事には何一つ真実が書かれていないからです』
その言葉に会場内はざわめきだす。
確かに、記者会見をわざわざ開いたのに冒頭からそんな事を言われたら驚くよね……。
そう思いながらSNSの反応も気になってしまった俺は、携帯を見しようとした。
しかし、その内容を確認するよりも早く数人の記者がメンバーに対して質問を投げかけた為、俺は慌ててテレビに向き直る。
『週刊誌ではお御三方とも、お相手との仲睦まじいお姿が写っていたようですが?』
『その通りです。アレが真実ではないというのならその女性とはどんなご関係なのですか!?』
週刊誌を見ただけの人なら、そう思ってしまうのも仕方がない事だろう。
本人である俺から見ても、あの加工された写真は恋人同士がハグしてるように見えたのだから……。
テレビの中では、さらに何人かの記者が問いを投げかけていた。
どうやら3人にはそれが予想通りの反応だったのか、動揺する事なくただ穏やかに前を向いている。
しかし一向に静まらない会場に我慢できなくなったのか、突然優が手を上げると記者達へ威圧的な声を出したのだ。
『皆様、まだ私達は話している最中ですが? どうか質疑応答まで、お静かにお願いします』
その圧に怖じけ付いたのか、記者達は皆気まずそうに口を閉じる。
元は会場が静かになったのを確認し、2人と頷きあうと話の続きをはじめたのだ。
『先程私は、掲載された記事が真実ではないと言いました。もちろんそれには理由があるのです。まず記事に載っていたあの写真についてですが、皆様は何故か3人とも同じ人物にハグをしている事にお気づきでしたでしょうか? 実はその人物は私たちC*Fメンバー共通の友人であり、そこに写ってる方の性別は『男性』です。本来は髪も短いのですが、何故このような加工をされてしまったのかはわかりません。もう一度言いますが、その方は我々の恋人でも親しい女性でもなく、とても仲の良い男友達でしかないのです』
写真の人物は『男友達』である。元は特にそこを強調して言ったのだ。
最初は唖然としていた記者達も元の発言を徐々に理解しはじめたのか、騒めく声が次第に大きくなっていく。
その光景に再びSNSの反応が気になった俺は、つい携帯をチラ見してしまう。
SNSでは今の話を信じていない派と、記事が嘘だった事を喜ぶ派と、ただお祭りのように騒いでいる派ではっきりとわかれていた。
まだ完全に疑いは晴れたわけじゃない……それでも信じてくれる人はいる。
その事に、俺はほんの少しだけ安堵していた。
『何故このような間違いがおきてしまったのかは、そこに写っている男性が中性的な方だったからとしか言いようがありません。そして結論からいいますと、今現在Cronus*Fantazuma内に彼女のいるメンバーはいません』
凛々しく言いきった元の姿はリーダーとして頼もしくて、カッコよかった。
……って、なんで俺は元にトキメキそうになってるんだよ。こ、これはいつもと違う姿にギャップを感じたせいで、無駄にかっこよく見えてるだけだから……。
そう思いながら首を振った俺は、改めてテレビに視線を向ける。
『それではここからは質疑応答を受け付けしますので───』
その後、質疑応答は何事もなく進んだ。
質問に答えれば答えるほど掲載記事がいかに悪質なものなのか、その事を理解してくれる人が増えているように思えた。
そして質問が落ち着いた頃、元がC*Fのライブについて話し始めたのを見て、俺はようやく一安心したのだった。
「SNSでもまだ半信半疑の人はいるけど、なんとか収拾がつきそうな感じでよかった……」
その中には『中性的な美人の友人が一体誰なのか気になる』と言うコメントが意外に多くて、身バレしたらいつか刺されるかもしれない、なんて違う不安が俺の頭をよぎっていた。
そのせいなのか、さっきからお腹の辺りがモゾモゾする気がする。
いや、まてよ……そういえば夜に膝枕をしていたんだった。会見に夢中になり過ぎて、すっかり忘れてた。
そう思って何も考えずに下を向いた俺は、夜の姿を確認してギョッとしてしまう。
「っえ? ちょっ、夜、何してっ……まって、くすぐったっ」
気がつけば俺の服は捲られお腹は見えてるし、ズボンのチャックが何故か途中まで開いていたのだ。
そして夜は何故か俺のおへそをフニフニと触っている。
「あ……直、ようやく気がついてくれたんだね。直があまりにもテレビに夢中だったから……いつ気づいてくれるかなと思って、少し悪戯してたんだ」
「……へ? テレビに夢中って……記者会見を見てたんだから当たり前で…………って、夜だってメンバーが心配で、一緒にテレビを見てたんだよね?」
「ううん、俺は見てないよ。…………正直に言うと俺、他のメンバーの事なんてどうでもいいんだ。俺にとっては、直と二人だけで過ごす時間の方が大事だから……」
「は……?」
その言葉が衝撃的過ぎて、俺は何も言い返す事ができなかった。
俺はこの世界の夜が、俺の知ってる夜と違って皆と仲良く出来ているのだと勝手に思っていたけど、どうやらそれは俺の勘違いだったらしい。
もしかすると夜にとってメンバーはどうでもいい相手で、普段は適当に合わせていただけなのかもしれない。
「ねぇ。今、直の一番近くにいるのは俺だよね……それなのに直は、俺よりも他のメンバーばかり見て……俺がこうして触れてるのにも全く気づいてくれなかったし……。俺、直に無視されてるって思ったら、なんだか凄く寂しくなってきたんだ。……だからこのままだと俺、この感情を上手くコントロールできないかもしれない───」
「あ、あの……夜?」
……あ、コレはいつもの奴がくる。
そう思ったときには俺の視界は反転し、いつのまにか夜に組み敷かれていた。
「った……」
「……おかしいな、なんで思い通りにいかないのかな……。俺、直の為に今まで頑張ってきたんだよ。それでようやくここまできたのに……今度こそ二人だけになれば全て上手くいくと思ったのに、どうしてまた失敗したんだろう……?」
ボソボソと呟いている夜の声は、腰を打ち付けた痛みのせいでよく聞き取れない。
「ねえ、直……俺は昔から直の為に、してあげられる事はなんでもしてあげたよ。俺には直しかいなかったし、直しか必要なかったから……。それなのに直はどうして他の人ばかり見るのかな? …………直、お願いだから俺を……俺だけを見てよ……」
「ま、まって夜。お前は何を言って……」
「俺は直に冷たくされたときも、直が孤立して辛そうなときも、いつも直の側にいてあげた。だから、直も俺さえいればいい筈なのに…………それなのにどうして直は、他の奴にも目をむけるのかな!?」
何かを訴えるように叫ぶ夜が一体何を言っているのか、俺には全くわからない。
だってやり直したこの世界で、夜に会ってからまだ一月も経ってない。それなのに夜は、もっと前から俺と会っていたかのような話し方をする。その事に俺の頭は酷く混乱していた。
そして完全に目の据わった夜は何か思いついたのか、突然静かになると俺に顔を近づけてきたのだ。
「───ああ、そうだよね。今も前の時も、直には俺の気持ちをしっかりと伝えてなかったんだった。きっとそのせいですれ違ってるだけに決まってる。だから俺の気持ちを理解すれば、直も俺の事を素直に受け入れてくれるよね……?」
「……えと…………あの、……」
混乱しているせいで上手く返事ができずに口をパクパクさせていた俺は、一瞬夜に何をされたのかわからなかった。
パチパチと何度か目を瞬かせると、少し茶色がかった夜の瞳が目前で───。
「……っ!?」
あまりの顔の近さに驚いた俺は、ようやく夜に唇を奪われている事に気がついたのだ。
ー ー ー ー ー ー
お知らせ
更新が遅くなって申し訳ありません。
大変申し訳ないのですが、多忙のため年内更新はこれで最後とさせて頂きます。
詳しくは、近況報告をご覧ください。
せっかくお話が佳境にさしかかっているに、中々進まなくて本当にすみません。
来年こそいっぱい書けるように頑張ります。
それでは、良いお年を!
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