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俺と夜

49、突然の社長

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 もしかしてC*Fのスキャンダルは、俺がマネージャーになったせいなんじゃ───?

 そう思うたびに俺の鼓動は速くなり、気持ちが焦って車のスピードを上げそうになる。それを何とか抑える為に俺は、これは自分のせいじゃない筈だと何度も何度も否定する。
 だって俺は既に芸能界を去っているのだからもう関係ない筈なんだ。
 それなのに、何故こんなにも胸騒ぎがするのだろう……?
 そんな事を考えていたせいなのか、本当に速度を上げ過ぎたせいなのか……気がつけば俺は、思ったよりも速くP・Mエンターテイメントの事務所にたどり着いてしまったのだ。


 そして今俺は、社長室で間住まずみさんが来るのをじっと待っていた。
 あまり時間が経っていない筈なのに、もの凄く長く感じてしまう。
 そういえばやり直す前の世界でも、この部屋で俺のスキャンダルについて話し合いをしたな……。
 そんな事を思い出してしまったせいなのか、突然俺の世界が歪んだ。

 ……あれ、おかしいな?
 俺、もしかしてスキャンダルで叩かれていたあの日々に戻ってきた訳じゃ……ないよね?
 そう錯覚してしまった俺は、当時のあの冷たい瞳を思い出しガタガタと震え出す。
 誰もいない筈なのに、俺の耳にはしっかりとその声が聞こえていた。

『また、スキャンダルを起こすとは君には失望したよ』

 ……違う、俺はそんな事していない!
 スキャンダルは全部デタラメで、俺は何も悪くない……俺は何もしてないのに、なんで誰も信じてくれないんだよっ……!?

『そう言って被害者面して、寄ってきた奴から食ってるんだって? そんな事しても無駄だし、誰もそんな君の言葉を信じる人はもういないから』

 俺は、そんなの知らない……。
 本当に何もしてないんだ。
 だから、だれか……誰か1人でもいい。
 俺を信じてくれよ───!

 完全に混乱し始めた俺は体を縮め、携帯をギュッと握りしめた。
 その瞬間、携帯から軽快な音が鳴ったのだ。

 ───ピョコピョコン。

 その音にハッとした俺は今も聞こえてくる声から逃げ出したくて、携帯をチラリと見て固まった。
 なんで……ゆうからのメッセージが?
 そこには『さっきは二人が迷惑かけた、ごめん。それで、今何処?』と書いてあったのだ。
 ただそれだけの簡単なメッセージなのに、もう俺の耳にはあの嫌な声が聞こえなくなっていた。

 だって俺の知っている優は、俺に謝ったり俺の居場所なんて絶対に聞いてきたりしないから……。

 ───そうだ。
 ここは俺の知る優がいる場所でも……メンバーにあんな冷たい瞳で見つめられる世界でもない。
 今俺がいるのは……俺を温かく受け入れてくれたメンバーのいる、この世界なんだ。
 俺に笑いかける4人の姿を思い出すだけで、俺の心は温かくなっていく。そして気がつけば、体の震えも自然に収まっていた。

 そして冷静を取り戻した俺は、徐々に間住さんからの呼び出し自体に疑問を抱き始めたのだ。
 よく考えたら、スキャンダルが出たからって俺だけを呼び出すのは少し変だよね……?
 もしかするとスキャンダルは俺を事務所に呼ぶ口実で、勝手にマネージャーになった事を怒られるだけかもしれない。寧ろその方がましだと思い始めた頃、ついに社長室の扉がガチャっと開いたのだ。

「すまない、遅くなってしまったよ。急いで呼び出したのに悪いね」

 現れた間住さんはとても急いで戻ってきたのか、ワックスで綺麗に整えられていた筈の黒い髪が少しだけ乱れていた。
 それでも昔と相変わらず、口元と顎にちょび髭を生やすイケてるおじさんであるのは変わらないし、俺の記憶だと今は40代後半になっている筈なのに10歳は若く見える。
 因みに間住さんは俺が子役時代から既に社長をしていた凄い人であり、俺がとてもお世話になった人でもある。
 なによりトップスターを連続して排出しているその手腕は、間違いなく敏腕プロデューサーとも言えるだろう。

「間住さん、お久しぶりです。子供の頃は大変ご迷惑をおかけしてすみませんでした」
なお、本当に久しぶりだね。あんなにも小さかったのに、とても大きくなったね?」
「確かに子役時代の俺は凄く小さかったですよね。まあ、今もそこまで大きくないですけど……」
「そこまで小さくはないのにまだ身長を気にしてるなんて、直はそういところまで変わらないね。それにしても、あれだけ芸能界を華々しく引退したというのに、まさかここのマネージャーとして戻って来るとは思ってもみなかったよ。うちの子達がだいぶ無理を言ったようだけど、寮での生活は大丈夫そうかい?」
「は、はい。おかげ様で……」

 どう見ても間住さんは、俺がマネージャーになった事を普通に認めているようにしか見えなかった。
 つまり、俺を呼んだのはマネージャーの件ではないという事だ。
 的が外れた事に焦り始めた俺は、ここへ世間話をしに来た訳ではないと本題に入る事にした。

「それより、俺が呼び出された理由って……本当にスキャンダルの事なんですか? 俺が勝手にC*Fのマネージャーになった事じゃないんですよね?」
「…………残念ながら、スキャンダルは事実だよ。だからこそマネージャーである君に確認して欲しい事があって、一人だけ先に呼び出したんだ」

 という事は……本当に誰かがパパラッチにやられたのだと、その事実に俺は血の気が引いていく。
 やり直す前の世界で何度もその経験がある俺は、スクープを抜かれたのは誰なのかとハラハラして気が気ではなかった。

「これは明日掲載される週刊誌なんだが、ここのページを読んで欲しい」
「……っ!?」

 俺は開かれたページを見て、目を見開いた。
 『あの大人気アイドルC*F! そのメンバー3人に熱愛発覚!?』と書かれたページには優、はじめひかるの三人が、女性らしき人物とハグをしている姿が写し出されていたのだ。
 しかし俺は不思議な事に、写真が撮られた場所に凄く見覚えがあった。
 これは駐車場にスタジオ、それに遊園地だ。しかも相手の人は……ボカされているうえに髪を長く修正されてるけど───。

 その姿はどう見ても、俺だった。

「まさか三人同時に抜かれるとは思わなかったよ。それに私にはあの三人を見ても、意中の相手がいるとは思えないのだけど、直は何か知らないかな?」
「え……?」

 そう聞かれても、この写真の相手は俺なんですけど? としか、答えられない。
 髪を長くして誤魔化したつもりでも、実際は男同士で仲良く抱き合ってる写真であり、それをスクープだと言われても困ってしまうのだけど……アイツらは本当に俺の事が好きらしいので、この記事はあながち間違いではないのが一番恐ろしい所だろう。

「その反応から、直は何かを知ってるんだね?」
「えーっと、これは言っていいのかわからないですけど……そこに写ってる相手、全部この俺ですよ」

 その言葉に、社長はピタリと固まった。
 ただのハグとはいえ、よく考えたら男同士でこんなしっかり抱きしめあってるのもおかしいよね……変に詮索されないといいのだけど。

「ご、ごほんっ。そうか、これはなおか……確かに今もこの写真と同じ服を着ているし、間違いなさそうだ。しかし髪を伸ばしただけで、ここまでわからないものなのだね……」
「確かに、そうですね」
「ふむ。それならこの記者は、直を女性と見間違えたとでも言うのかな?」
「いやいや、流石にそれはないと思いますよ。わざわざ髪を長く修正してるわけですし……」
「そうかな? 私から見ても直は中性的な美人だから、格好によっては女性に見えてしまった可能性は充分ありえるだろう。つまり写真を撮った後に男だと気がついたパパラッチが、髪を長く修正したのかもしれないね」

 そんなバカなと思いつつも、確かにこの俺が美しいのは当たり前だと納得してしまう俺がいた。

「それなら週刊誌側には、これは男性のマネージャーだから間違いだとすぐに抗議文を出すべきではないでしょうか?」
「ふむ、そう発表しても良いのだけど……今度は、メンバーとこんなにも仲睦まじいハグをするマネージャーは何者なのかと、君が狙われる可能性があるからね。直はそれでも大丈夫なのかい?」
「それは……」
「直はこれでも元有名子役なんだよ。なにより今の君は、あまり表舞台には出たくないのだろ?」

 本当ならメンバーを守るために俺が表に出るべきなのは、わかっている。
 それなのに俺は何かから逃げるように目を逸らし、首を縦に振ってしまったのだ。

「……その通りです」
「それなら直の事がなるべくバレないように、配慮はさせてもらうよ。その事も含めてメンバーとも改めて話し合おうと思うんだ。だから悪いのだけど、今から4人をここへと連れて来て欲しい」
「それはつまり……その記事が今日中には出回ってしまう可能性があるという事ですか?」
「ああ、その通りだよ。明日の朝には寮の周りを取り囲まれる可能性もあるだろう。その為、3人には明日から数日間はここにいてもらった方がいいだろうね。それに学生をこの状況で学校に行かせる訳にもいかないだろう?」

 きっと早ければ今日の午前0時にはその情報は漏れるのだろう。
 それなら俺は、あいつらを守る為に出来る事だけでもするしかない。

「わかりました、すぐに連れて来ます」

 こうして俺は、急いで皆の待つ寮へと一度帰る事にしたのだった。

 そして運転中、俺も明日は大学に行かない方がいいだろうと思い、念の為にひとしへ連絡をしておく事にしたのだ。
 理由を聞かれるのは困ると思っていたのだけど、何故か仁は俺に何も聞いてこなかった。
 しかも仁は既に何か勘づいてるのか『C*Fの事だろうし、後で相談してくれよ?』とメッセージが返ってきたのだ。それを見た俺は、心配してくれる相手がいる事にホッとしてしまう。

 仁から少し勇気をもらえた気がした俺は、メンバーに自分の口からスキャンダルの話をする事に決めたのだった。
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