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光と俺

39、楽屋で

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 グループ名が書いてあると言う事は、今日の収録には確実に龍二りゅうじもいる───。

 俺は前に会ったとき龍二に襲われかけた事を思い出してしまい、震えそうになる体を抱きしめた。
 龍二は俺に嫌がらせする為、何故か俺に抱きついてきたりキスしようとしたり……何を考えているのか分からないとても怖い男だった。

 ……そうか。だから皆、俺を楽屋から出したくないと言ったのか……。だけどこんな事なら、あのとき帰りたいとしっかり言うべきだった。
 そう思っても、もう遅い。
 今の俺は一人で楽屋から出られない。ここから外に出たら、いつ龍二に遭遇するか分からないのだ。
 くそ、奴さえいなければ俺も皆が頑張ってるところを見れかもしれないのに……。
 そう龍二を恨めしく思っていると、突然俺の携帯が鳴り響いたのだ。

 ───いやまさか、そんなわけないよな?

 龍二は俺の電話番号なんて知らない。
 だから絶対に違う。
 そう自分に言い聞かせて、俺はバクバクする心臓を押さえながら自分の携帯を手に取った。
 落ち着け俺、龍二から電話がくるわけがないんだ……。
 俺は深呼吸すると、恐る恐る携帯に出ているその名前を見る。

 そこには……『火野元ひのはじめ』と表示されていた。
 その名前にホッとした俺は、ようやく通話ボタンを押したのだ。

『元だ。出るのが遅かったけど、何かあったか?』
「ううん、何もないよ。でも……電話が元からで、よかった」
『よかった……?』
「いや、こっちの話。俺……ちゃんと楽屋で大人しくしてたし、大丈夫だって……」

 どうしよう、元と話してるのに声が震える。
 お願いだ、電話越しだから誤魔化されてくれ。
 そう思ったのに、元からは何の返事もなかった。
 
『…………』

 これは、絶対に怪しまれてるよな……。
 どうにか言い訳しようと思った俺は、とりあえず口を開く。

「元……本当に何もないし、大丈夫だから……」
『あー。いや、はっきりと言わせてもらうぜ。……なお、声が震えてる。やっぱり何かあったんじゃないか? もしかして既に誰かが会いに来たとか……!?』
「いや、何もないよ! ただ、置いてある紙を見ちゃって……」
『あっ、しまった! そこに共演者リストを忘れちまったのか……直、悪かったな。別に秘密にしてたわけじゃねぇんだ。先に伝えたら直が一緒に来てくれない気がして何も言えなかった。凄く自分勝手で悪いとは思ってるんだけど、直にはなるべく俺の近くにいて欲しかったんだよ』
「……元」

 本当は勝手に決めた事に対して文句の一つでも言いたかった。それなのに俺は、元の声を聞いてるだけで先程の恐怖がだいぶ和らいでいくのを感じてしまい、何も言い返せなかったのだ。
 でもそれは元一人だけじゃなくて、皆が近くにいるから安心できたのだと思う。
 もし今いる場所が車の中で収録に龍二がいる事を知っていたら、俺は終わるまでずっと震えていた筈だから……。

『あー、なんか柄でもない事言ったせいで周りがうるさくて悪いな。……お前ら、俺は直と話をしてるんだから静かにしろって』

 電話の向こうから、ひかるゆうが『なに直ちゃん落とそうとしてんの!?』『元、変われ』なんて騒いでる声が聞こえてきて、俺はクスリと笑ってしまう。

『直、今笑ったか? よかった、少しは元気がでたみたいだな』
「うん、ありがとう。心配かけてごめん……」
『直は俺達の我儘でここにいるんだから謝るなよ。それと、もうすぐ本番が始まるから暫く連絡は出来なくなる。でも俺達全員で隙を見て確認するから、直はこまめに連絡しろよ?』
「うん、わかった」
『それとさっき確認したんだが……その部屋についてるテレビ、音は出ないが一応収録現場の一部が見れるらしいぜ』
「え、本当?」
「ああ、つけてみろよ」

 俺は急いで備え付けのテレビをつける。
 そしてチャンネルを変えていくと、パッと明るい部屋が映し出されたのだ。
 収録現場にはきっと定点カメラが置いてあるのだろう。四人が俺に向けて手を振っていた。

「あ、見えた!」
『そうか、よかったぜ。流石に何時間も楽屋で暇させる訳にはいかねぇからな』
「なんか、気を使わせてごめん……」
『だから直が謝る事じゃないから。それよりも、直はそこで俺達の活躍を見ながら待っててくれよ!』
『直ちゃん、直ちゃん! 僕頑張って直ちゃんを笑かせにいくからね?』
『おい、光! 携帯を取ろうとするなって……』

 電話越しに皆の声が聞こえてくる。それが凄く嬉しくて、俺は少しだけ収録が始まるのが楽しみになっていた。

「皆、収録頑張って。C*Fが爪痕残すのを楽しみにしてるから!」

 そう言って電話を切ると、すぐにその収録は始まった。
 その番組はゴールデンタイムの大人気バラエティ番組だった。二組のゲストチームがスポーツにトークや謎解き等、さまざまな事に挑戦して勝ち負けを競うのだ。
 特に今回はスペシャル番のため勝ち抜き戦になっているようで、もしここで勝ち上がり爪痕を残せたらC*Fはさらに有名になるだろう。

 そう思いながらテレビを見ていた俺は、ある人物を見つけてしまい固まった。
 共演者リストを見たときから覚悟はしていた……だけど、なんでだ───?
 どうして龍二はこっちを向いてるんだよ!?
 もしかして龍二は俺がテレビ越しに収録現場を見てるのに気がついてるのか……?
 俺は画面越しなのに龍二と目があった気がして、顔を背けてしまう。

 落ち着け俺……実際に龍二と目があったわけじゃないし、画面越しならまだ耐えられる。それにカメラに映っている限り、あの男がここに現れる事はない。
 だから画面にいてくれた方が安心できると自分に言い聞かせて、俺は改めてテレビを見る事にした。
 そしてC*Fがいい感じに番組を盛り上げ始めた頃、いつのまにか俺は恐怖よりもメンバーの応援に熱中していた。
 そのせいでこのときの俺は少し気が緩んでしまったのだと思う。


 収録が始まってから1時間が経とうとしていた。
 スペシャル番なので収録は今日だけではないとは思うけど、見ている感じでは順調に進んでいるようにみえる。
 そして今の俺は凄く困った状態になっていた。

 ───どうしよう、凄く御手洗いに行きたい。

 俺は遊園地から急いで帰ってきたせいで、ずっと御手洗いに行けてなかったのだ。
 しかもこの控室には御手洗いはついていない。
 だから御手洗いに行くには、ここを出るしかないわけで……。
 絶対に出たらダメなのはわかってるけど、あと何時間もここで尿意を耐える方が無理だ。

 そして必死に思考を巡らせた俺は、一つの策を思いついたのだ。
 龍二がテレビに映ってる間にお手洗いに行けば鉢合わせる事はないだろう。
 そうなると、あとは時間との勝負だった。

「丁度次は龍二のグループが挑戦するみたいだし、行くなら今しかない……!」

 こうして俺はお手洗いに行くため必死に走った。
 それはもう、久しぶりの全力疾走だった。
 でもそのおかげなのか、俺は龍二と会う事なくお手洗いについたのだ。
 後は楽屋に戻るだけだと、この時の俺は気分もスッキリして完全に気が抜けていたのだと思う。
 だからC*Fの楽屋目前まで人がいる事に全く気がつかなかった俺は、その人物を見て驚いた。

「え、なんで……?」

 俺の目には、何故か青山龍二が立っているように見えたのだ。しかも龍二はニタリと笑いながら俺に手を振っていた。
 ……嘘だろ、今の時間なら龍二は間違いなく収録中の筈なのに、どうしてこんな所にいるんだ?
 まさか幻覚じゃないよなと、俺は何度も目を擦ったのにそこにいる龍二は消える事はなかった。

「……楽屋にいなかったのは驚いたけど、こうして待ち伏せしたのは正解だったね」

 その声を聞いて龍二が本物だとようやく認識できた俺は、パニックをおこして逃げ出そうとした。
 しかし慌てたせいで足がもつれた俺はすぐ龍二に腕を掴まれてしまい、恐怖で動けなくなっていた。

「どうして俺から逃げようとするのかな?」
「ひっ……」

 ニヤリと笑う龍二は楽屋の扉を開けると、俺の腕を引いて一緒に中へと入ったのだ。
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