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弟と俺
22、刻を遡る前1(優視点)
しおりを挟むやり直す前の世界で、優がどうなったのか。
優視点でお届けします。
─── ─── ─── ───
その日、俺は兄貴が死んだ事をマネージャーからの電話で知った。
「はい、わかりました。通夜と葬式はでます。……はい、今後の活動についてはそれが終わってから考えてもいいですか……」
マネージャーと話をしながら、自分が一体何の話をしているのだろうかと何度も考えていた。
電話を終えてからも、俺はその事実が現実だと思いたくなくてその場に暫く佇んでしまったのだ。
そして呆然としている間に、俺は気がつけば兄貴のお葬式に出ていた。
周りに涙を流す人達を見て、俺は兄貴が本当に亡くなった事を少しずつ実感してしまったのだ。
そしてお葬式が終わり、兄貴がもうこの世のどこにもいない事を完全に理解した俺は涙をながしていた。
何故どうしてと思うのと同時に、もしかして俺のせいなのではないかと後悔が押し寄せてきたのだ。
あの時、俺があんな事を言わなければ兄貴は自殺なんてしなかったかもしれないのに……。
俺がどれほど涙を流しても、もう何もかも手遅れだった。
そんな俺をずっと横で見守っていた母さんは、完全に精気のない俺の心情を察したのか、俺の背中を撫でながら言ったのだ。
「ねぇ優。ニュースやワイドショーでは、誹謗中傷に耐えられなくて直が自殺したなんて言われてるけど……直はそんな簡単に自殺なんてする子じゃないと、お母さんは思うのよね」
「……っ、だけど……」
「それにお母さんが警察から聞いた話だけど、亡くなった日に直の部屋にはプレゼントの用意があったらしいの」
「……プレゼント?」
一体誰に贈る為のプレゼントが……?
俺はこんな時なのに、兄貴がプレゼントを贈ろうとした相手に嫉妬しそうになってしまい首を振る。
「それとね、亡くなった直の手にはこの写真がしっかり握られていたらしいのよ」
母さんが取り出したその写真は、5歳になった兄貴の誕生日を俺が祝っている時に撮られたものだった。
「きっと直は優の誕生日を祝うつもりだったのよ」
「俺の……誕生日?」
そういえばあの日、兄貴は俺に欲しい物は何かと聞いてきたけど……まさかあれは俺の誕生日プレゼントを贈る為だったのか?
それなのに俺は、兄貴にあんな事を言ってしまうなんて……!
その事実に気がついた俺は血の気が引いていた。
「直の事だもの、それを優に渡すまでは自殺なんてするわけないわ。ただ酔いが回り過ぎて判断が出来なかっただけで、だからこれは悲しい事故だったのよ……」
「…………っ……」
きっと母さんは俺を慰めようと思って、その話をしてくれたのだ。
だけど例え亡くなった理由が事故だとしても、きっと兄貴が泥酔するまで酒を飲んだ原因は俺にある筈だ。
そう思ってしまった俺は、どうしても自分を許せなかった。
その後、母さんからその写真を預かった俺は葬式が終わるとすぐに寮へと戻っていた。
そして俺はメンバーの顔を見る余裕なんてないまま、自室に引き篭もった。
べッドに横になり、俺は改めて写真を見る。
そこには俺に祝ってもらって、驚き過ぎて泣いてしまった愛おしい兄貴の姿があった。
「兄貴……兄貴……」
そして、この抑えられない感情をどこにぶつければいいのかわからなくなった俺は、写真に写る5歳の兄へとキスをしてしまったのだ。
「好きだ、兄貴……」
俺は子供の頃からずっと兄貴が好きだった。
それは家族への愛情なんかじゃない、本当に兄貴を心から愛していたのだ。
確かに子供の頃はその気持ちまでわからなかったし、俺はただ兄貴と一緒にいたくて子役をやっていただけだった。
だけど気がつけば兄貴は天才子役となっていた。そのせいで兄貴とあまり一緒にいられなくなった俺は、少しずつ焦り始めてしまった。
丁度その頃、兄貴の為のアイドルグループが出来ると聞いた俺は、そのグループに入る為に死に物狂いで特訓した。
その結果、俺は兄貴と同じグループに入れてもらえる事になったのだ。
俺は兄貴の隣に立てる事が嬉しくて、舞い上がっていた。
そのせいで兄貴には何度も怒られた。
でも俺は全然苦じゃなかった。
だって兄貴はメンバーの中で、俺だけを見ていてくれたから……。
俺はそれだけで凄く嬉しかったのだ。
そしていつか兄貴の実力を追い抜いたら、俺は兄貴へ告白するつもりだった。
そして月日が流れるほどに兄貴を思う気持ちが大きくなってしまった俺は、好きと言う感情をそろそろ抑えられなくなっていた。
実力もついたし、もう少しで告白できる。
そう思っていたのに……丁度その頃、兄貴のスキャンダルが出た始めたのだ。
最初は俺だって全く信じていなかった。
だけど新しい記事を読むたび、兄貴が俺から遠い存在になっていく気がした。
そして次第に俺の事を見向きもしなくなった兄貴の事が、俺は信じられなくなってしまったのだ。
あんな奴より、俺の方が絶対に兄貴を幸せに出来るのに……。
俺がそんな憎しみの感情を、兄貴へと向けるようになったのはいつからだろうか?
このままフラストレーションが溜まれば、俺はいつか兄貴を襲い犯して無茶苦茶にしてしまいそうだった。
そしてあの日、兄貴の腕に夜がつけた赤い手跡を見つけた俺は怒りのあまり、兄貴をこのまま監禁して俺だけの物にしようかと本気で思ってしまったのだ。
しかしなんとか我に返った俺は、このままだと本気で兄貴を壊してしまうと恐怖した。
だから俺は兄貴に嫌味を言って、少しでも兄貴を今の俺から遠ざける為に『俺の前から消えてくれ』なんて、酷い言葉を口走ってしまったのだ。
俺がもっと冷静だったなら、もう少し上手い言葉を選べたのかもしれない……。
それにこんな事になるのなら、俺は兄貴を監禁してしまえばよかったのだろうか?
だけど俺がどれ程後悔しても、兄貴はもう帰ってこない。
そうだ、全部俺が悪い。
兄貴が酒を飲んで死んだのは、俺のせいだ。
俺が……俺が兄貴を殺したんだ……!
そして自暴自棄になった俺は、その日から部屋に閉じこもるようになった。
勿論、芸能活動も暫くは休養する事にした。
ネットでは『あんなクソ男でも優君の実の兄だもんね、かわいそ~!』なんて書かれているのを目にしてから、俺はネットを見るのもやめてしまった。
その為、もう何日ここにいるのかもわからない。
ただ俺は兄貴がいない日々が辛くて仕方がなくて、何も手につかなくなってしまったのだ。
そしてある日、部屋に閉じこもっているそんな俺のもとへ、メンバーの1人がやってきたのだ。
正直、今の俺は誰とも話したくなかった。
だけど、そいつは俺に言ったのだ。
「もしも時をやり直す方法があるとしたら、どうする?」
……そんなの兄貴がいる時に戻りたいに決まってる。それで今度こそ絶対に失敗しない。
そうぼんやり思ってしまった俺は、ソイツの話をなんとなく聞いてみようと思ったのだ。
だけどその話は聞けば聞くほど胡散臭いし、とても現実的ではなかった。
何より、時をやり直すためには俺自身を捧げなくてはいけないと、ソイツは言い出したのだ。
だけど何故かこの時の俺は、全く迷わなかった。
兄貴のいない世界で生き続けるよりも、俺は小さな可能性に縋りたかったのだ……。
そして俺はソイツに教えてもらった通り自分の部屋に祭壇を作り、自らの命を絶つ事を決めた。
もし本当に時が戻るのなら、今度こそ兄貴にこの気持ちを伝えて幸せに暮らしたい───。
俺は、強くそう願いながら祭壇に置いた写真を見つめたのだった。
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