白陽の残骸

iroha

文字の大きさ
上 下
19 / 20

番外編(過去):約束事

しおりを挟む
「ここが、紅玉のおへや?」
 大きな翡翠色の瞳がまん丸くなる。

 獣同然に、見えない檻の中にいた己のを見つけたのが、この子どもだった。
 最初に出会った時。その子どもは泣き喚いて、あれこれと言いがかりのような文句をつけてきた。それもその時だけで、落ち着いてみれば存外言葉数は少ないらしい。

 ふわふわとした白銀の髪も、今日は整えられている。
 まだ年端もいかない子どもなのに、城の中では感情をなるべく抑え込むようにしているのがすぐに分かった。


「狭くて驚いたか? 」
 ようやく見つけた己の片割れと話をしたくて、黒獅子に己の部屋を用意させたのだが――。

「せまくないよ。本がね、おへやの中にあるなあって思って」
「ああ?」
 それは、黒獅子が己への嫌がらせで部屋に置いた小さな書架のことだ。かつては手慰みに人の書いた軍記ものを読んだこともあったが、ただ字を追うだけで何とも思わなかった。己に、人に似た情感を求める方が間違いなのだ。

「もしかして、紅玉って……字がよめる?」
「読めるし、書けるな。これでも……」
 己の名のもとに国を縛る言の葉を綴ったことすら、かつてはあったのだ。
 国といっても、もはや廃墟すら砂塵の底に消えただろうが――そんな馬鹿げたことを思い出してしまい苦笑すると、子どもの柔らかな髪をかき混ぜる。「せっかく、部屋におじゃまするから、ちゃんと髪をまとめてもらったのに……! 」と子どもが文句を言ってきた。

 しかし、唇を尖らせながらも、期待に満ちた表情で見てくる。

「おれ、字がよめるようになりたいんだ。おしえてって言ったら、めいわく?」
 そう言って小首を傾げながらも見上げてきた生き物に、思わず柔らかな髪を撫でていた手が止まった。

「迷惑かどうかは、報酬次第だな。……お前は、俺に何を与えられる? 」
 子どもの必死な様子に、少し意地悪めいたことを言った。「ほうしゅう……」と、翡翠と名乗った子どもが真剣に考え始める。あれこれと考えながら表情が変わるのが、面白い。

 それから、子どもは何かを思いついたようだ。

「あのっ、しゅっせばらいでお願いします! おれが大きくなったら、ちゃんとお返しするから」
「出世……? 」
 できなくてもちゃんとお返しするから、と懸命に言い連ねてくる

「ええと、今できるのはお歌とか、くだものをしぼるとか……」
 子どもは、真面目な顔をして指を折り始めている。そのいじらしい様子に、とうとう耐えかねて笑いながら小さな身体を抱え上げると「わあ」と少年が驚きの声を上げた。

「承知した。お前が一人前になるまで待つとしよう――我が一対殿」
「ふえも。れんしゅうしているから、ちょっとまっててくれる?」
 この部屋に来るまでの間は、ずっと澄ました顔をしていたのに。己にだけ見せてくる、年相応のかお。

「ここで練習すれば良いだろう。楽士程とはいかないが、分からぬところは教えてやれる」
 気づけばそう返していた。

 それから、子どもはまた驚いた風に綺麗な翡翠色の瞳を丸くして――「ありがとう」と小さな声で告げると、花が綻ぶように、笑った。


Fin.
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

虎に転生した俺がご主人様を見つけるまで

新月 炬鳩
BL
トラック転生ではなく、虎転生。 前世で虎にじゃれつかれて頭をうって異世界転生した主人公、トラマル・ガリョーは前世からの夢である【理想のご主人様】を探そうとしていた。 しかし腐男子であった影響で理想の受けを演じクールぶっているうちに、月日は20年も経過してしまい… 大人になった彼は果たして夢を叶える事は出来るのか!?

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

蜂蜜とストーカー~本の虫である僕の結婚相手は元迷惑ファンだった~

清田いい鳥
BL
読書大好きユハニくん。魔術学園に入り、気の置けない友達ができ、ここまではとても順調だった。 しかし魔獣騎乗の授業で、まさかの高所恐怖症が発覚。歩くどころか乗るのも無理。何もかも無理。危うく落馬しかけたところをカーティス先輩に助けられたものの、このオレンジ頭がなんかしつこい。手紙はもう引き出しに入らない。花でお部屋が花畑に。けど、触れられても嫌じゃないのはなぜだろう。 プレゼント攻撃のことはさておき、先輩的には普通にアプローチしてたつもりが、なんか思ってたんと違う感じになって着地するまでのお話です。 『体育会系の魔法使い』のおまけ小説。付録です。サイドストーリーです。クリック者全員大サービスで(充分伝わっとるわ)。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

処理中です...