抱縄~ダキナワ~

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1-① 出会い

第三話

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 《ロク》

「なるべく力を抜いてリラックスして、難しいだろうけど」

 そう口にしながらも、本当は自分にも言い聞かせていた。目の前にいるのは、自分よりも五歳は年下の女の子だ。本当の名前さえ知らない、今日初めて出会っただけの。

 自分を律し、制することに終始していた。まるで初体験の時のようだ。ロクは四年前を思い出した。
 大学生になり、初めてできた彼女、莉奈りな。同じサークルで出会ったという在り来たりなものだった。しかし、初めてできた彼女という存在に、心は弾んでいた。初めての一人暮らしの部屋、そこで彼女にキスをした。出会って三ヶ月と六日目だった。そしてその一週間後には身体を交わしていた。

 初体験だということを悟られたくない、という想いで必死になり快楽などあったものではなかった。
 それでも莉奈とひとつになったという事実が大切だったのだ。それがあの時の自分の全てであった。おそらく莉奈は相手が初めてであったことなど、見抜いていただろう。あの鋭い女なら。

 そんな記憶が過ったが、二、三度まばたきをして、緊縛に集中を戻す。今の俺は斗真ではなくて、ロクなんだ、そう鼓舞する。
 何度も想像し、自分の身体を使って練習してきた手順を思い返す。胸の下に回した縄に閂を入れて、背中の縄に結びつけた。

 ……できた。

 サナの様子を確認する。
 緊張と興奮で何が起きているのかわからないようだった。肩を揺すり、その縄を味わっていた。確認すると、リラックスしたように大人しくなった。

 初めて、女の子を縛った。ロクは少し乱れた縄を揃えようと、サナの右の二の腕に手を掛けた。そうすると、サナはビクッと反応をした。拘束によって、肌が敏感になっているのかもしれない。

「……どう? 」
 ロクは声を掛けた。いってしまってから、情けなくなったが、それでも自分の縛りはどうなのか、大丈夫なのか、確かめたかった。
「……大丈夫。でも、とてもドキドキして、恥ずかしい……」
 サナは絞り出すように答えた。初めて出会った男に、会って一時間後に緊縛されているのだ、とても理性を保っていられないだろう。


 ※


 ――緊縛に興味を持ったが、それを実現させることは困難だ。どうやって緊縛の技術を習得すればいいかわからない、相手もどうすればいいかわからない。
 しかし、自分の気持ちを抑えることも出来なかった。
 調べると、地元の駅にアダルトグッズを取り扱った店があり、そこにSMの用品を扱っているという情報が目に入った。
 人は人に興味がない。ここですれ違うほとんどの人が、自分の人生に与えることも、関わることもない。ただ、それぞれの人生を生きて、そこを歩いているだけだ。それでも、人通りの多い駅前で、その店に入るのは勇気が必要だった。
 雑居ビルのテナントのひとつだが、他のフロアにあるのは、個室ビデオや風俗店だった。意を決し、雑居ビルへ飛び込む。エレベータで六階へと上がった。エレベータを出ると、赤い照明が目に焼きついた。 コスプレ用と思われる衣装がぶら下がり、狭い店内には、無数のアダルトグッズが並んでいた。
 レジに店員の姿は見えないが、微かに「いらっしゃいませー」という声が聞こえてきた。どうやら、高めのカウンターの向こうに座ってるらしい。

 店内は狭かったが、ジャンル毎にまとめられていて、ローターやバイブが並ぶコーナーや、男性用の自慰グッズが並ぶコーナーなど様々だ。他に客はいなかった。
 その中に、あった。まず目に入ったのは鎖だった。壁にメッシュパネルがあり、そこに手枷や足枷などがぶら下がっていた。上部にはおどろしい紅い文字で《SMコーナー》と書いてあった。
 枷、目隠し、猿轡、マスク、鞭等、アダルト動画でしか見たことないような用具が、当たり前のように並んでいる。コーナーの下に目をやると、お目当てのものを見つけた。《なめし済麻縄》。

 麻縄はそのままだと、チクチクと固く、人の肌には的さない。そこで、煮沸したり、毛羽を焼いたり、オイルを塗ったり《なめす》ということをしないと使えない。しかし、物によっては緊縛用に最初か、なめしてある麻縄も売っているのだ。
 なめし済の麻縄は、学生には辛い価格であったが、まだ実家にいた身としては、なめし作業を行う余裕はなく、背に腹はかえられない。

 太さと長さに注意して、四本手に取った。他のグッズにも興味をそそられるが、今は予算がない。あとはレジに持っていくだけだが、相当な度胸が必要だった。そもそもアダルトグッズを買うことさえ初めてで、それがSM用の麻縄なのだ。
 これをレジに通した瞬間に人を縛ることが好きだと宣言することになる。普通のアダルトグッズでも一緒に買って誤魔化そうか、いや誤魔化せるわけがない。それに予算もない。

 葛藤の末、遂に自分の心を偽れず、レジに麻縄四本を差し出した。レジで退屈そうにスマホをいじっていた若い男の店員が立ち上がり、淡々と値札を見てレジを打つ。
「9,052円」
 深夜のコンビニでガムを買った時のようなトーンで無機質に値段を告げられた。一万円札を差し出し、お釣りを受け取った。
「あざーっした」
 そういうと、男はすぐにスマホに視線を戻した。これだけ緊張して麻縄をレジに持っていったのに、なんて拍子抜けする対応だろうか。しかし、親切な対応をされても困るな、とすぐに思い直した。
 逃げるように、エレベータのボタンを押した。一階にいたエレベータが上がってくると、六階に止まった。急いで乗り込もうとするが、中から客が降りてきて慌ててしまった。

 しかし、無事に買うことができた。自分は遂に麻縄を手に入れた。RPGで大切な宝物を見つけたように、カバンに入れた麻縄を抱き締めた。

 先ほどまでの重い気持ちが階数表示とともに抜け落ちていくようだ。陰鬱としたビルを抜けた身体に黄昏の照明が当てられた。何一つ大人になれない自分が、ひとつ大人になったような気がして、子どものような早足で夕闇を払うように駆け出した。
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